2004年 08月 18日

掲示板 返却 セガール展

朝から雨。

かみさんは職場で制服を着ることにしたようだ。社内の友人とお揃いで買ったらしい。
朝の通勤にラフな服装で出かけていった。仕事の後に芝居の稽古と飲み会があるそうだ。




このサイト内に掲示板をつけてみた。
その場所は判りにくい…。判らない処に置いた掲示板に「誰が書くんじゃい!?」と恫喝されそうだが、「掲示板がある」という密かな安心感? 安堵感??をしばらく味わわせてほしい…のよ。
そのうちに判りやすいところに引っ張り出すかもしれない。明日にも…





「あおもり版画トリエンナーレ2004」に2点応募したうち落選した作品が戻ってきた。
入選したのは「イシキノリンカクB」。余白をずらして大きくとったのが自分では気に入っていた。
「受賞・入賞者一覧」というリストが同梱されていた。
県内では三浦栄子さん 淺沼 弘さん 松江喜代寿さんとの4名。
前回と同じ顔ぶれ。





午後から母と伯母を誘って弘前 デネガの「セカール展」最終日を見に行く。
伯母は眼が悪く全盲ではないが1級の障害者手帖を持つ。会場で作品に手を触れさせてもらった。
美術作品を見るためには眼の見える見えないに関係なく想像力が必要だ。その想像力を一番刺激するものが視覚であり聴覚だろう。触覚だけから純粋に刺激を受けて何か作品鑑賞への手がかりのようなものを見つけだし感じるためには物理的な形や素材感・材質感というのはあまりにも頼りないもののように思う。(そう書くと視覚健常の驕りか或いは別な角度での想像力の無さ…と叱られそうだが)
すこし見えたものを手で触って補完する…付き添った母がタイトルを読み聞かせ、伯母の行動はその言葉と断片的に見える形を探り確かめるために手で触る…そのようなものと感じた。すこしだけ見える方が想像力を掻き立てることもある。すこしだけ見えたことを触って確かめるときに想像の先にあることとは別種のところに連れ去られてしまいかねない…そんな危うさも感じてしまった。
見える分だけ触ることを恐がる自分というものがいる。




告知に「田園祝祭写真展」(常盤ふるさと資料館あすか/南津軽郡常盤村)を追記。
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by aura-21 | 2004-08-18 23:37 | 展覧会


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