AURA版画工房 日誌部 「むげたほげ」

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2010年 08月 28日

プリンプリンモリオカ

午前中にK額縁店へ。出来た額装を取ってくる。
ピシッと作られたその額に助けられてなんとか作品が作品らしい顔でふんぞり返っています。毎回ありがとうございます。
これは今月末搬入〆切りの某公募展用。額の裏側に応募カードの紙片を張る。すこし梱包も必要。一旦家に持ち帰る。

部屋の隅に拡げて梱包作業は明日にすることに。さぼるなぁ、、



そろそろ正午を打つ時刻に盛岡へ向けて車を走らせる。
今回は八甲田を十和田市に抜け国道4号線を南下してきました。
土日1000円の高速料金も時短になっていいのですが、高速は軽自動車に負荷をかけるしガソリンを食います。なんだか無駄なことも多いんだもの。

プリン展の最終日で搬出。
旧石井県令邸での「Prints -日本人の感性- 展」初日。
ギャラリー彩園子「鎌田 悟 展」最終日。
今日半日で廻れるかな。


ギャラリー彩園子1。
鎌田さんの個展情報は土沢のブログで知りました。そのブログはほとんどが菅沼 緑さんが足で稼いで書いています。近県のアート系ブログやWebサイトはとても興味深く貴重な情報源です。自分たちの企画展示を手前味噌に告知しているものよりも、その管理者が見て歩いた他の展覧会の情報やアートの感想にリアリティを感じてしまいます。本人であっても第三者的な視点を持っているかどうかは、それらを読み歩くときのポイントだと思っています。
在廊中の鎌田さんは初対面でしたが奇遇にも弘前大学出身で村上善男さんの教室だったということで最初からなんだかお話が弾みました。共通の友人もいて、その近況などを話すことから始まって、鎌田さんの作品についても伺うことが出来ました。作品だけ見ていても知り得る情報には限界もあります。作家の話すワンフレーズから広がり深まることがたくさんあります。
アクリルや墨を使って描かれた作品画面の中で大きく占めている黒のベタ面に対する創作課程。元々は版画専攻(シルクスクリーン)から派生した仕事であることから来る黒に対する感覚を話して頂きました。描く黒と版画による黒ではやはり違います。版画でもその版種(凹版、凸版、シルク、リト)によって違ってきます。描く事でもそのマチエールに工夫を凝らしているそうです。灰などの異物を混ぜたり寒冷紗(これも版画作業中で出逢う素材)を貼り込んだタブロー画面のマチエール。今度は版画でまた挑戦してみたいと話され創作への情熱をジワリと感じさせられました。
土沢ブログに載っていた作品、その不定形さに興味を惹かれて(自分も不定形の版で作っているので)実物を見てみたいと伺いました。Web上の画像で見るよりも硬質で陶器のようなマチエールに驚かされました。やはりタブローの作り込んだマチエールはなかなかWebだけでは伺い知れない強度があるものです。
作品を拝見したらすぐに立ち去るつもりでしたが、世代も近く、現在秋田市在住ということで秋田での美術の状況なども伺っていたらついつい話こんでしまいました。
もう少しお話したかったです。また、お会いする機会があるといいな。




遅い昼食(早い夕食か)に「直利庵」へ。半天丼と大もり。
先日も頼んだ好きなパターン。美味しいです。腹も膨らみます。
歳のせいかな。腹持ちが良いのか消化が悪いのか、少し食べてもなかなかお腹が空かない。




旧石井県令邸へ。
夕刻17時半からオープニングパーティ。その準備も出来て作家や参会者が集まっている。
2階の展示をすこし駆け足で見て回ってから、1階の大きな展示室でのパーティに紛れ込む。
c0156162_04270.jpg

企画された岩手大学教育学部芸術文化課程 近藤研究室の近藤 克先生のご挨拶でスタート。
次いで参加作家が年齢順に自己紹介。
9名のうち4名は現役の学生。他は世代に広がりのある地元在住作家の皆さん。
最年長の大宮政郎さんは82歳。現在、多摩美術大学美術館で「大宮政郎 展 -呼吸する北異のマグマ-」が開催されている。私も盛岡に住んでいた時から大宮さんの展覧会を拝見していた。
続いて田村晴樹さん、岩渕俊彦さん、出町隼人さんと続く。学生参加者の挨拶の後に近藤先生の挨拶がありようやく乾杯に。
乾杯の音頭は「啄木・賢治青春館」館長の中村光紀さん。
盛岡に於ける作家主体型のこうした彩りの参会者という状況も変わらない。世代を越えて集まれるこの街の空気。いろいろな街ごとに違うその状況が興味深い。

なかなかうだる暑さの中、幾つもの語らいの輪が出来る。

テーマを「日本人の感性」とした版画展だが、版画を作り始めた学生は別として、参加作家についていうと5人とも「版画家」だけの顔を持つわけではない作家たち。だから「これって版画なの?」と思える作品が並ぶ。だからこそ意味があると思う。職人的な技も版画の魅力といえるが、アーティストとしての創造性や独創性を思うとき、版画世界の中だけで終わる技法にばかり振り回されたところには感心はあってもクリエーティブな感動はないかもしれない。創造性は限定されればされるほど、そこから外れ脱線しようとするエネルギーから都度に再生されるものではないだろうか。かろうじて「版画らしき部分」と「版画じゃない部分」が混ざり合っているところから次の版画の概念が広がり生まれるのではないか、と思う。「版画らしい」だけではもう既に版画ではなくなっているのではないだろうか。
伝統技法も確かに基本のひとつだし必要なのだけれど、それだけを後生大事にしていてはその伝統すら薄まり弱いものになるのではないだろうか。(私自身も猛反省が必要です、基礎も不確かでなんだけど、、、)

会場構成は一作家一部屋の作品展示かと思ったら、全員の作品をシャッフルしてどの部屋にもそれぞれどこかに誰かの作品が並ぶ展示方法だった。すこし雑然として見えるし、個々の作家の仕事をじっくりと見たい要望には添っていない。
ここから導かれる版画の全体像や総体と相対を見せる狙いだろうか。
見せ方としてはどうなんだろう。


大宮さんからは多摩美術大学美術館で開催中の「大宮政郎展 -呼吸する北異のマグマ-」の図録を頂きました。一瞬「北極のヒグマ」と読めそうです。
「橋本くんは遠いところから来てくれたからあげるね」
調子にのってカタログのポートレイトのところに「サイン」もしてもらいました。
ありがとうございます。
「展覧会には多摩美の学生さんもたくさん見に来ていますか?」と伺うと
「今の学生さんはあまり展覧会はみないみたいだね」とすこし残念そうに話された。
現代の美大学生気質は「少ない努力で有名になること」を考えているようだ。
創作も現在人気の流行っているもの(手法)の模倣が多いと聞く。真っ向、自分から新しいことをする学生もいるだろうけれど、むしろ既成のセンスやアイデアの焼き直し的な「サンプリング・アート」がお盛んなのかな。また、有名になりそうな若手作家を青田でセレクトして展覧会を企画運営する側や評論する側になってその恩恵で?一緒に有名になる事を考えているようだ、とも話す。
、、、なんだかどこでも聞く話。
「もちろん、時代の潮流にいち早く乗れるかどうかはその作家の能力だし、乗れないとその先だったないんでね。でもね、乗ったら乗ったで今度は自分のものを創り出せるのかっていう問題も次に来るんだよね」と。
アート・マネージメントという言葉が猛威をふるっている。マネージメントが不要とは思わない。でもつまりは流行作家のマネージャーになって紹介者とか発見者という立場を独占したい風潮にも見えてくる。それだけで終わっては、社会との関係も何もみえなくなるように思えるのだが。
まぁ、社会そのものの方も変ってきているんだろうけれどね、、、。
いつの間にか仲介業者ばかりが大きなお顔をしています。

パーティもたけなわ。辞して「クラムボン」へ。プリン展搬出。
すっかり終わって会長の三河さんと鎌田さんが待ちわびていてくれた。
おつかれさまでした。

すぐに次の展示の方々がおみえに。



帰りも国道を走り帰宅。
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by aura-21 | 2010-08-28 23:21 | 展覧会


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