AURA版画工房 日誌部 「むげたほげ」

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2009年 11月 01日

陸奥新報 のれそれカッフェ その2

「街とアート」


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 美術展は画廊や美術館から飛び出して日常風景の中や自然野外で行なわれる事がますます多くなってきました。その代表的なものに「越後妻有アートトリエンナーレ」があります。越後と一緒に語ると他が萎縮して見えてしまいそうですが、それぞれの土地事情に合わせた地域密着で地元主導に特徴を見い出そうとした展覧会は各地方で多く試みられています。
 アーティストは思い描いたイメージを絵や彫刻にするだけでは足りなく、地球に穴をあけ山を塗りつぶす程の衝動を時々実行に移す生き物のようです。アートを特殊な場所に置いてみたり、展示する場所から逆に作品の構想を考えて環境とアートが共鳴することを夢見たりする生き物でもあります。アートは置かれた場所によって様々に見え方が変化し、置かれた場所の方もそれで少し空気の色や匂いが変貌します。脆弱さも強靭さも違和感も含めて色々現われてきます。見えないものを出現させ感じさせるのもアートです。アート作品の置き場所探しは作品の目的や表現上の面白さにも直結しその意味を明快に際立たせてくれます。
 岩手県花巻市東和町土沢の商店街を会場に11月3日まで1ヶ月間行なわれている「アート@つちざわ」は展覧会として4回目を数える「街かど美術館」です。その街も日本中に点在する斜陽のシャッター街のひとつではありますが、宮沢賢治「銀河鉄道の夜」の始発駅のモデルが土沢駅と伝えられたり、街ゆかりの画家 萬鉄五郎の記念美術館があったりと創造的文化と人物の文脈がある土地です。今年も百人ほどの作家がこの街のあちこちに作品を設置しました。店舗の中、住宅の中、倉庫、車庫、空地や空き家、街路へ。街の人の生活の息がかかる距離にアートが入りこみます。(私も街の皆さんに助けられて展示をさせてもらい感謝しています。その内容は次回に書きます。)しかし、これは「街おこし」ではないと感じます。アートにそうした機能が備わっているとは思えません。アートが街を再興する奇蹟の最終手段であるかのように誤解されているように思います。何十年も継続的に取組む歴史があれば可能かもしれませんが、アーティストは自らの創造性に自信と信念を持つべきではあっても、それ以上の事を背負ってはいけません。街とアートを連結するエネルギーの所在は応援し受け入れてくれるその街の人々の「自分の街を思う心意気」なのです。そしてその心意気がアートにも手を差し伸べてくれるのです。街ににぎわいが戻る力は人の情熱に他なりません。

陸奥新報「のれそれカッフェ」掲載)
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by aura-21 | 2009-11-01 15:02 | 作品画像


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