AURA版画工房 日誌部 「むげたほげ」

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2011年 07月 30日

盛岡へ 県美&プリン

盛岡へ。11時に出る。
高速道路の割引がなくなり、国道を4時間近くかけて走る。


夕刻からのクラムボンでの「第10回 プリン展」展示搬入が目的だけれど、盛岡に来るとアチコチ寄りたくなるのです。毎度同じ箇所を巡回するようなルートです。

15時過ぎて盛岡は「直利庵」に。
遅い昼食というか早めの夕食というか、、、まぁ、「おやつ」なのかな。
「大もり」と「野菜そば」の2つを頼む。麺食いだす。


腹も満たしてから「岩手県立美術館」へ。
'70、'80年代生まれの美術家たち、IMA(いま)ここで
Strength of Art / Treasure for Iwate   Born in 1970's and '80's: Ten Artists from Iwate

その半数が知っている作家さんで彼らの仕事を興味深く思っているし、もっと見たいと感じさせる仕事をしている。1971〜1975年生まれだったんだね。アラフォーだ。私のようにオーバーザ50になっても未だに自分の仕事らしきものに確固とした手応えの感じない輩と違って、彼らの仕事には太くて軽やかなスタンスがありありだなぁ。。。いいなぁ。

鎌田紀子さん。
彼女の人体はやはり「座敷童」だよなぁ。各作家を紹介する県美学芸員によるキャプション。鎌田さんの文章は館長の原田 光氏が書いていた。そのつかみ所をすり抜けるような子供姿の作品は「座敷童」のようで、囲い込もうとする手を気持ちよくすり抜けるかのよう。この地 岩手の大地から産み出されたかのようにその背景に作品はシンクロする。

千葉奈穂子さんの映像は2009年の「アート@つちざわ」で制作した映像。土沢の会場はバーで、そこで見るのとはまた違って洗練されすぎてる。あの場所で見た記憶が強くて、ちょっとそっちに気分が持っていかれちゃうね。初めてみた写真の作品、あの自分のルーツを探る写真、そのテーマの土俗性というか大地から生えてる感じが力強い。そして不鮮明に焼き付けて作品にしてしまうことでこちら側にまますます広がるイメージを与えてくれる。ちょっと恐い感じも漂う。心霊的。
鎌田さんの座敷童や千葉さんの霊的なもの。岩手は遠野物語だけでくくっては見落とすことがたくさんあるけれども、被災に負けないエネルギーの出所は不思議な源であって当然ではないだろうか。そんなところと大地の底の方で繋がっているのが彼らの作品であるに違いないな、、、と思った。

平面だとどうしても厳しい視線も送っちゃうけれど、でもいいねぇ、、小野嵜くんの平面。
どうしてもブライス・マーデンやウーファンと近づけて見られるかもしれない。でも随分と彼の仕事になってきたように思う。最初から美術を知っている誰からも「似ている」と言われてしまいそうな道を彼は知っててあえて歩んでいる。自分をつかみ出そうともがいたのだから、その労力は無駄じゃないと思う。三戸町の版画研究所でエッチング版画をしていた当時の彼を知っているからなおさらに、彼の挑戦していることの正体をもっと正確に嗅ぎ分けようと思う。多少肩入れしているかな。

浅倉くんの仕事も彼のやり方で異彩を放ち光っている。彼の作品については以前に個展を見て感想を書いた
やはり「妖怪」の気配がある。(どうしても遠野物語から脱げだせないのかなぁ私)
岩手という場所性と作品を関連付ける視点はたくさんあっていいと思うんだけれど。不可解でも不思議なことであっても、人間が産み出したことにこそ明日に繋がる何かがあるのだと想いそっと確信している。アートの作り方にも見方にも正道などはない。幾分の衝動もあってそれが生まれ、見る側も衝動的に「好き」とか「いい」と感じる。衝動の正体を直観的に肯定したい。経験を積んだ直観もありそうだ。経験と直観は相反するものではないだろう。
、、、と書いているうちに、何が書きたかったんだっけ、、
そうそう、いい展覧会です。



クラムボンへ。
「第10回 プリン展」の搬入。
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by aura-21 | 2011-07-30 23:57 | 展覧会


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