AURA版画工房 日誌部 「むげたほげ」

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2011年 10月 10日

蒔苗正樹展

遠くから来ていた親戚が帰って一段落。明後日にはまた妹が帰省する。


今日まで開催している蒔苗正樹さんの個展
「naming ネイミング - わすれられた たくさんのなまえ」
を見に、新町のGallery NOVITAへ。
namingをどのように作品の中に取り入れるのだろう。身近なところにある「名前」にまつわることを、優しく拾い上げる蒔苗さんの作品とその視線はとても詩的です。
鉛筆のお尻部分をすこし削ってそこに持ち主の名前を書く。初めて自分のモノを持って大勢の中に入った小学校時代の懐かしさが甦る。同時に「名前」の表情がある。短くなったそのエンピツの削り方や柄の色や使い汚れた具合にも持ち主の個性のようなものが覗き見えてくる。そこには居ない人の心情や、もしかしたら人生までも、広がって見えてくるようだ。表現力という威力だろうな。見る側の感受性に訴求する力だ。
入口には彼の個展に毎回登場する「うさぎ」、その木彫が、かわいらしく、あどけなく、そして悲しそうな眼をして壁一面に並んでいる。20人(匹)ほどだろうか。(参照:蒔苗正樹展 行ってきました^^
哀愁があり素朴さが愛くるしい着色された木彫の「うさぎ」。
気に入った「うさぎ」には自由に名前を付け購入が可能です。半数以上の「うさぎ」はすでに持ち去られて、代わりにサインペンで名前を付けられた写真が並んでいます。購入者が命名権を得る。そうやって作品に参加することも作家の狙いだろうか。
その売上げは全て震災義援金に寄付される。
なにか心憎い流れです。わたしも一匹、名付けて持ち帰りました。

人でもモノでも名前を付けるのは他者です。自分で自分に新しく名をつけることもありますが、多くの場合には誕生と同時に別の人が付けるのが名前です。他者があって成り立つ関係、付けられた名前も周囲が一番多く口にして呼びかける。何かアートと関係のあることを含んでいそうな「naming」を考えさせられました。


眼と手の所作がある。個々の作品に漂うものにはそれらの比重の係り方があって眼に負うものと手に負うものがあるだろう。どちらが欠けてもいけないが、その割合加減がうまくいったものに関心させられることがある。その両方に振子のように揺れるのもひとつの展覧会での面白みです。



久しぶりに立寄ったNOVITA。オーナーの森内さんからまた年末の「あかりのありか」のお誘いと参加者への呼びかけを頼まれた。実はこのところパソコンの調子が悪い。スイッチを入れても立ち上がらない。メール送受信以前の問題。メルアドもこの箱の中から取り出せないでいる。
なんとかしないと、、、と、焦る気持ちで帰宅。

雨。






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by aura-21 | 2011-10-10 21:31 | 展覧会


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