AURA版画工房 日誌部 「むげたほげ」

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2004年 12月 11日

「あかり」再制作 にんげんだもの

珍しく土曜日出勤のかみさんを送る。
母を内科に送り迎え。
画材店からエッチングのプレス機の見積もりが届く。
ベットプレートのサイズでちょっと悩む。やはり大きい方が素敵だ…



一昨日9日に搬入・展示した「あかりのありか」展の自作品が非常に気に入らなくて気持ち悪い。作りなおすことにした。その作業を始めたら気分がのってきて予定の外出を取り止めることに。本当は午後から国際芸術センター青森の若江漢字展初日とそのあとのフォーラムを聴こうと思っていたのだが…。
まず自分のことをやり終えないと…やはり気持ち悪い。

「あかりのありか」 ありかとは在処である。では、あかりとかなにか?
さまざまな比喩を呼ぶ「あかり」そして「ありか」。詩的に言えば、それらは見えないものかもしれないな…。
「目の前にみえているものじゃない」…ということ。

夜、DVDを返却に。その足で暗くなった会場NOVITAのあかりの灯された状態を見るためかみさんを一緒に連れて遠回りをする。

本当に「あかり」とは誰の何処に灯されているのだろう。



テレビドラマはあまり見ないがテレビ朝日の単発ドラマに断片的にチャンネルを合わせる…「にんげんだもの-相田みつを物語-」。この時間にどれほどの人がこのドラマを見ているのだろう。迂闊にも…カッコつけてとくにこんな感涙物語は見ることを避けてきたものだが、「家族を巻き添えにしながらも創作し続けることの出来た幸福な作家」の生き方に、フィクションであることを知りつつすこし感涙し嫉妬し己を重ね合わせる自分がいる。「結局はきれいごとだよ…ドラマ、ドラマ…」と打ち消しながら、どこか密かに救われてしまう…。誰が主人公だったのか? 登場人物の総てがそれぞれに誰かを重ね合わせられることを自覚しながら否定しながら同調している。
このドラマに苛立ちながらも幸と不幸を希望と共に重ね合わせて見た人はどれほどいたことだろう。たとえトイレであっても居場所のあることは善いことかもしれない。

自分が自分に正直で忠実でないことを恥じる…

かみさんはこれが見たい番組ではなかったようで、横でパソコンしてたと思ったら「疲れたから寝る…」と布団をかぶって寝息をかきだした。



今日の東奥日報朝刊に昨日の郷土館の記事が掲載されていました。
七尾謙次郎さんに手伝えたことはもちろん、公開制作の解説会を新聞記事として取り上げて頂いたことに対して深く感謝します。



DVD「ロード オブ ザ リング 王の帰還」を見る…が、深夜1時から見始めたため終わったのは朝 4時を過ぎていた。寝不足になる…
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by aura-21 | 2004-12-11 23:18 | 展覧会


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