AURA版画工房 日誌部 「むげたほげ」

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2002年 06月 04日

花翳 清宮質文の一文

明後日6/6からの版画展「六月微風」の作品額装があがってきた。今回は全部で24点を準備している。例年よりも作品数は少なめだ。会場内にゆったりと展示してみようと思っている。
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「花翳 (はなかげ)」




版画家 清宮質文の雑記帳に「版画というものは…」という一文がある。
近年、版画が美術作品として改めて注目を集めてきたのは、
◎ その複数性によるためではないのである。こゝのところがどうも間違えられているようなのである。
◎ どんな印刷物でもサインして 「これは俺の作品だ」 と云えば、それはたしかに彼の作品ではあるだろう。 こういう人々にあってはかなわないのである。あまりに子供じみていて話にならない。
◎ 版のもつ美術品としてのよさ、味ひ、面白さなど分かっていないのだから話にならない。

版画のもつ一枚の絵としての面白さがわからずに、ただ沢山同じものが出来るからいゝとこれだけを版のとりえとしている版畫家が意外に多いのには驚く。これらの中には無意識ながらたまたま、版として面白いものが出来たりはするが、これでは發展性はない。

あなたはどうして版画を作るのか
○ 同じ絵が沢山出来るからか
○ 版を用いた絵が面白いからか

かつて何百年か以前に、人間が始めて自分の心(感情)を意識したとき。それは「悲しみ」ではなかったろうか。

神奈川県立近代美術館「清宮質文展」カタログ 1997年 より
解読:町田新五氏による



このメモは断片的であり内省的であり、彼の版画への考え方である。私自身は複数性を全否定はしないし彼もしてはいないだろう。
自分自身がモノプリントで今回の制作をしてみて感じるのは、版画という技法を通して作ったから出来た「絵」である…という、まさにその点を引き受けていかないと彼が指摘しているように「発展性はない」だろう。複数性を尊重するのもその先の「発展性」に於いてだ。
現代の版画作家は既にちゃんと把握している部分であり「今さら…」であることは解っているつもりだが、書いてしまった…。






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by aura-21 | 2002-06-04 01:14 | 作品画像


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