AURA版画工房 日誌部 「むげたほげ」

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2008年 08月 03日

巧くはなく

日中暑さの中。この調子なら夜の祭りも最高だろうと思いきや夕刻には雨もぱらついた。

母と一緒に従兄弟の遺作展を見に五拾壱番館ギャラリーへ。
従兄弟 松江吾朗が亡くなってはや9年が経つ。国鉄職員だった彼はサークル活動で絵を描いていた。労音の代表も勤め忙しく様々なことに関わっていたが生前には絵を描いているなんて親戚関係には一言も口にはしていなかった。私の個展へも立ち寄ってはくれたものだが、描くその中身に隔たりを感じたせいかもしれない、あまり私の絵について触れて語られた記憶がない。
今回、こうして彼の絵を見て感じるのは努めて素朴なその姿勢だろうか。周囲の全てに親身になってひと肌脱ぐその献身さ。親族からも、そして今回改めてお会いした彼の旧友たちからも感じた彼の愛され方だった。人格者というよりもその自然でしかし頑固なその人柄が強く人を惹き付け愛された理由だろう。
アートのためのアートではなく、描きたい対象を稚拙でも絵にして留めておきたかった絵だ。彼が最初に描いたという少女の顔は産まれて数日でこの世を去った彼の娘の死顔だった。案内状に使われたその作品は、技術がどうこうではなくその想いが描かれてある絵である。眠っているような愛らしい顔の輪郭は画面いっぱいに広がり、ルドンの絵に登場する象徴的な空中に浮かぶ顔だけの精霊にも思える描き方。亡くした娘の片鱗を描き留めずにはおかないその動機に胸を打たれ、始まれなかった親子の関係を想像する。自分自身の想いのために描く。描き留める。そんな素朴でプライベートな動機。
最初で最後の、親しい友人に囲まれ出来上がった、小さいからこそ意義深いものを感じる展覧会。友人たちに「寡黙の世界」と題されたこの展覧会は、人柄を偲んで催された。
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by aura-21 | 2008-08-03 05:23 | 展覧会


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