2008年 08月 12日

作品 ハマル

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田中屋画廊での展示作品の一部





最近は「はまる」とか「はまっている」とかいう言葉がどうも嫌いだ。
穴のようである。いたるところに待ち構えている陥穽(かんせい)のような響きもある。陥穽と書くと深刻である。しかし実際には深刻さなどない。そのお気楽さがなんだか軽くて嫌なのかもしれない。
その数も種類もサイズもいろいろなんだろう。趣味の多様化。入っていたい穴はたくさんで、その違いとかがよく識別できなかったりちょっとの違いで別な種類のものだったりするようだ。この識別する力が弱い自分。「そんなに違うことなの? その2つは?」と思っちゃう、そんな自分が嫌なせいもある。
「はまる」とは一時的な避難であり、腰掛けくらいの気分かもしれない。明日はまた別なものにはまっていても責任とる必要もないし、、、的な。また同好の士の会員カードくらいの識別だろうか。同じ病院に通っている人同士の診察券にも近いような、、、違うか?。
共通項にあることの安心。「はまった」ことで人生に大きな変化や不調をきたすような類のものではない。もしそうなら、「はまってる」とは形容しないだろう。
「私 今 ギャンブルにはまってるの、、、」というような妙な誤解や深刻さが相手に伝わるような内容は、実際には口にしないような気がする。
と思うのは、、俺だけ、、、。(笑)
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by aura-21 | 2008-08-12 22:59 | 作品画像


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