2008年 09月 23日

弘前 松江さん版画展 久渡寺

晴れ。秋分の日で祭日。ひとりで弘前へ。

田中屋画廊で開催している松江喜代寿さんの版画個展最終日。
今回はコラグラフが中心だが、その中でも作風が幾つかある。多種多様さ。
昨年のあおもり版画トリエンナーレで入賞した青森の祭(ねぷた・ねぷた・立佞武多)をモチーフにした作品を会場のメインに展示している。他に小品多数。

「ねぶたをモチーフに選んだ理由はなんですか?」、、ついつい質問。
松江さんの顔つきでは同じ思いのような気がした。それは青森に住んでいる多くの作家はあまり「ねぶた」が好きではないかもしれないということ。あの巨匠ムナカタや具象系の作家には多く「ねぶた」をモチーフにしている作家はまったく居ないでもない。しかし、私の知る現役現代作家の範囲では「ねぶた」と無関係を決め込むか距離をおいて「あれは祭りだから」という態度でいる作家が多いように思う。自分もそう。自分がそうだから他の人までそうだと思うのはいけないが。しかし、あの「ねぶた」という表現はこの街の人のエネルギーを1点に集約して放射するという力がありそれには魅了される。だからこそ自分のオリジナリティや自分独自の表現方法を見つけようともがく時に、巨大な障害物と写るのではないか。自分はそう感じる。
別物なのだが他からみたら同一に語られる表現としてのパワー。どうしても敢て距離を置いたり「青森でのねぶた以外の新たな表現手法の(幽かでも)別なひとつになりたい」と願う作家根性だとも思う。客観的に祭りとして、その中のひとつの造形として、民族学的な風土が練り上げた造型としてあの闇の中で光り躍動する(音と人の情念や魂を込みで)情景の中のモノとしてみた時に、そこから何か触発されるものをねぶたという造形以外の方法で出そうとするとむずかしい。そのむずかしさにあえて挑んだのが松江さんだろう。闇の中でコラグラフのヘイター法の黄色が映える。立佞武多の造形がトリエンナーレでは評価された。他の2点も試行するバリエーションかもしれない。
数人による版画グループ展にみえる程に隔年での個展ではその八面六臂な版画の試行が並べられている。中心にはメゾチントを見せているが、やはり版画家はあらゆる技法に精通していないとならないようだ。
つくづく自分は版画家ではないな、、と実感する。
そしてその実感は何故かさほど残念な気もしていない。

盛会の会場を後にして、16時過ぎの弘前を久渡寺方面に走る。



途中に弘前大学のI教授のアトリエ。
そこまでは訪ねたことがあるがこの道の先は今回初めて辿る。判りやすい。道の突き当たりが久渡寺である。もうそろそろ西の空の陽が長い陰を連れて輝きだす頃。まだ境内の遠くで幽かに人の気配のある中を長い石段を登る。

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敷地内には幾つかの赤い鳥居(お稲荷様)に社、そしてお堂が同居する神仏習合の様相。古くから民間に溶け込んだ様子が偲ばれる。思いつきで立ち寄った場所だけにささっと見て歩くだけに。またいずれ例祭でもある時に訪ねたい。パワースポットとも聴いているが、青森空港そばから山の方に入った石神神社とも、何か同質の気が漂う(ような気がする)場所だ。

帰路、浪岡に再び出来た天然温泉「和の湯」に立ち寄る。手ぬぐいひとつ。
ここら浪岡一帯は湯の色が黒い。和の湯も同じく。つるつるとして黒い。

夕食に間に合って帰宅。
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by aura-21 | 2008-09-23 02:37 | 展覧会


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