2003年 10月 05日

成田 亨の残したもの

午前中のメールチェック、北海道立文学館より連絡あり。ポスターの地色や書体を変更してみたい旨。「当方了解」のメールを出す。


晴れ…七戸に向かう。

七戸町 道の駅 鷹山宇一記念美術館にて開催中の「成田 亨の残したもの」展。正午過ぎ到着。昼食を蕎麦屋「松雪庵」で食べてから柏葉館でのシンポジウムを聴く。
「怪獣、特撮、そして美術 〜成田芸術の理解のために〜」13:30〜
パネリストは藤川桂介氏・椹木野衣氏・樋口真嗣氏。司会 美術館整備室 工藤健志氏。会場は普段の美術系シンポジウムとは(気のせいなんかじゃない)違って見える。自分達の少年時代のヒーローについて語られる場所に純真な眼や研究熱心な眼で臨む人々…ま〜簡単に言うと「おたく」な人々…が集っていた。特撮関係者もいたのかな?
ま〜それは美術、とくに現代美術についてのそれとは違った空気のものだった。

成田 亨と同世代の藤川氏(5歳若い)より当時の逸話から口火を切ったシンポジウム。特撮の現場からは成田 亨の様々な仕事が制約から産み出された智恵や表現であることの紹介がされる。美術評論の椹木氏からは美術という枠組み上の(ある種不確かさのある)ファインアートと、(日本独自な位置づけの)サブカルチャーという両方の隔てを越えて現代では成田 亨の仕事も美術の域で語られるべきことという意見。美術論側から「美術である」という視点に、現場側からは商業主義の中で努力し模索したことであり美術(=芸術)になりたかったが美術(=芸術)に成れたとは(当時)思えずに仕事をしていた…という未だ「美術(=芸術)への憧れ」的ニュアンスを感じた。時代は変わったのだろう。成田 亨の仕事は熱狂的人気を獲得しそれは今でも連綿と続いている。熱狂した人々(ほとんどが少年)も当時のウルトラマンや怪獣に対して「芸術としての美術」という認識は特別にはなかっただろう。どっちでもそんなことはよかったのだ。ヒーローの在り方は…ね。

成田作品の雲や波の具象的表現の「上手さ」、また海上や空中を飛ぶ戦闘機…そこには当時 成田が見た戦争画の影響も指摘された。現代の日本の美術史の中ではこの戦争画の存在や解釈を巡って(政治的)意見が多くある。怪獣に立ち向かう科学特装隊もやはり戦っている。戦争的イメージ。それは「ガンダム」にも繋がっているだろう。本質的には戦争反対…なのだろうが…。戦争画からヒーロー特撮もの、そしてまた美術へというような流れを興味深く聴く。

司会の工藤氏から今回の他の出品作家における共通項は「手仕事」と語られた。現代の美術ではハイテク駆使ですこし忘れられている手技を大切にしている作家が集っている。「上手さ」…である。

シンポジウム終了後会場で山形文蔵さんと会う。美術館前に車を置いてシャトルバスで来たそうだ。(美術館・柏葉館・山勇の3ケ所は離れている)「私の車でお送りしますよ、ご一緒しましょう。」
建築設計士をリタイヤし最近また絵筆を持った山形さんは「亨はワのケヤグだね。(亨は私の友人だ)」と話す。若い時に同じデッサン教室?(青森市内に当時あった「カララード」で週2回の割り合いで裸婦デッサンが行われていた場所だそうだ…山形さん談)に通ったそうだ。数年前に浪岡で阿部合成展があった時にも成田 亨が来青し一緒に飲んだそうだ。成田はもう体調を気づかって飲まなかったそうだが。送る車中にての断片聞き齧り…

「山勇」会場へ。ここの展示は参加作家の角 孝政氏と伊藤隆介氏。山勇は昔の醤油屋だった家屋。かなり古い。展示物が空間とマッチしている。そことの時間にも呼応しとてもおもしろく佳かった。

鷹山宇一記念美術館に戻り入館。飾られたカネゴンやウルトラマン、怪獣のデッサンは以前にも見た事がある。今回は成田 亨が新制作協会に出品した彫刻も並んでいた。しかし…どうなんだろう。どうしても「ウルトラマン」や「怪獣」の仕事と較べると取り立てて見るべき所は少ないように思うのが私の感想。あのヒーローのデザインをした人の別な仕事…という意味では「こんな仕事もしてたんだ…」という感じ。
会場に来ている人たちはシンポジウム会場にも来ていた熱烈なファン。どうしても「おたく」っぽい。眼の色(視線)や動作が普通の美術展とは違って見える。今回の展示内容からすればそうなるのは当然か…。同じウルトラマンや怪獣を扱ってもデパートの屋上や遊園地のアトラクションのようなノリではない場所だし…な…。

シンポジウム会場で買った
成田 亨著「眞実 ある芸術家の希望と絶望」 成田亨遺稿集製作委員会編  ¥3.000
を見ると成田 亨が美術家・芸術家として終始すべてに立ち向っていた姿勢が読める。ために特撮現場では冷やかに対していたようにも。結局は彼の思う形ではなったが、別な形で美術の殿堂に入ったのではないだろうか。様々な記憶と夢を子供たちに与えることで他に類のない形で入ることが出来たことは間違いないだろう。日本の歴史に残る勇者を形作った人物として。

これもまだ少数意見か…未来の人の判断に任せよう。
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by aura-21 | 2003-10-05 01:56 | 展覧会


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