<   2001年 03月 ( 31 )   > この月の画像一覧


2001年 03月 31日

2通の手紙 「紙町銅版画工房」

手紙が2通。E-mailではない。
「紙町銅版画工房」ご案内。盛岡市内に銅版画の工房を4月5日より開設スタート。
初心者からプロまで幅広く制作と版画の社交の場?として活用して欲しい計画。初めての人への指導から制作経験者まで、製版・摺刷のみも請け負うという。刷り師的な対応もしてくれるようだ。
盛岡市近郊にお住まいで銅版画に興味ある人は訪ねてみては如何でしょうか。




紙町銅版画工房(Kamicho Intaglio Studio)

c0156162_22563315.jpg


  〒020-0887 盛岡市上ノ橋町 5-27 上ノ橋レジデンス1F 
Tel.& Fax. 019-652-6316
  (循環バス「でんでんむし号」上ノ橋町バス停そば)
・週1回2時間(月4回)月会費 8,000円 / 材料費 1,000円
             
・コース   1. 木  10:30am 〜 12:30pm
       2. 木  2:30pm 〜   4:30pm
       3. 木  6:30pm 〜   8:30pm
 
       4. 金  10:30am 〜 12:30pm
       5. 金  2:30pm 〜   4:30pm
 
       6. 土  10:30am 〜 12:30pm
       7. 土  2:30pm 〜   4:30pm
       8. 土  6:30pm 〜   8:30pm

・トータル月4回なら、1〜8からどの時間帯でも自由にお選び頂けます。
・銅版画プレス機はベットプレート 90×45cm 使用





もう1通は「母校からのお知らせ」という高校の同窓会名簿の案内だった。
どこから知れたのか(こんなHPを運営してたら、そりゃバレルって?)毎回案内が来る。私は欲しくないので返事は出さない。同封の「データ未確認者一覧表」という資料がオモシロイ。妹も同校だがちゃんとこの未確認者名簿に名前が載っている。同級生で学校の先生をしている奴の名前もあった(先生だからって関係ないか)。彼らはそうしたくて非通知にしていると思うので、私から「密告」するようなことはしない。
「データはお金になるんだ〜」とつくづく思った。

2001年、早くも3ヵ月が終った…




にほんブログ村 地域生活(街) 東北ブログへ
にほんブログ村
[PR]

by aura-21 | 2001-03-31 22:55 | 版画
2001年 03月 30日

ペンを持つ手

ペンを持つことが少なくなった。こうしてキーボードにばかり向かう。そのせいか最近は字を書くと下手くそだ。それがあまり心配な気もしていない。ペン習字のような字にたいして敵意すら持っていたから。学校の先生のようなきれいな字というのは解りやすくて良いけれど、なにやら隠し事をしている外面的なだけの印象が強かった。私も小学生のときからお習字教室に行かされて、そこそこ普通に読める字を書いたが、天然ヘタッピ文字に憧れていた。それは偽らない人柄…を感じていたからだ。
私はヘタヘタ文字を書けるようになって偽らない人柄になれたかどうかは判らないが、書きたい事を書き留めておけるくらいに考える部分に比重を置けるようになった気がする。断片的でヘタヘタ過ぎて自分でも後から読み返して意味不明な時が多いのだが…。
[PR]

by aura-21 | 2001-03-30 22:54
2001年 03月 29日

みため

ただ見た目だけの興味というのはだんだんに薄れるし、その方がいいことなのかもしれない。一度複雑になると今度は単純化へと向かいだす。
そして、世界は私の産まれるずっと以前からあるし、私が消えた後にも在り続ける。
全く同じ形ではないにしろ…



風景はすぐに壊れる。市郊外もいつまでも田圃と畑ばかりじゃなくなってきた。
[PR]

by aura-21 | 2001-03-29 22:53
2001年 03月 28日

限りがないな

限りがないな…。日記というかこの「ツブヤ記」は。足踏み状態…


リンク集に「盛岡ゆべし学会」を加えさせて頂きました。
「ゆべし」というのは何か…見れば判る! harumaki様 ありがとうございます。


検索エンジンでこのHPもさがせるようになった。ネット社会のインフラが隅々まで開通しだしたということでしょう。
例えば、何気なくここに有名人の名前なんかを書き込んでおけば、このページまでヒットしてしまう…ということなんだろうか? まさかね〜
[PR]

by aura-21 | 2001-03-28 22:53
2001年 03月 27日

Webデザインとか

朝、屋根を滑って落ちる雪の音で眼を醒ます。このところの晴天で屋根に雪は残っていないはず…と思いきや、深夜から朝方に降ったらしい。積雪3cm。昼前には消えた。


外国の「Webデザイン」をとりあげた書籍。掲載されたアドレスを訪ねると載っているデザインとは既に変っている。(もちろんデザイン系統の統一性はあるしクオリティも高い)たかだか3年前の書籍でもデザインの刷新で消費されてしまったのか、残ってない。スピードの速いこと速いこと〜。何年ぐらいで取り替えるのか。時流を泳ぐためにはビジュアルも不動のままでは遅れをとるのだろう。はたまた、ただ飽きられたからか…?
どんどん進むデザインの進化(?)もいいけども、素敵なデザインが消えているのも少し寂しい。掲載されていたのと同じデザインのページに接続出来るとちょっと嬉しい。オリジナル = 原本を手に入れたみたいで。眼でしか触れないだけど、自分のモニターに出ると自分のものみたいで、ちょっと嬉しい。
(時代と歩調を合わせるのがデザインである以上ちゃんと古くなるのもデザインの宿命かもしれないね…)

腐食製版ばかりにのめり込んでも絵が見えなくなるばかり。
7版をまとめて試し刷りしてみる。
[PR]

by aura-21 | 2001-03-27 22:52
2001年 03月 26日

雪解け

この冬は雪が多かった。が、降り積もった雪が自重で締って固まる間が少なかったせいか融けるスピードも早いようだ。道路にはもうない。空地には白いお山。剪定で拾ってきた桜の枝をバケツに入れて室内に置いてある。全ての蕾が膨らみだした。屋外の桜はまだまだ…

思考停止だけにはならないように…と心がけているけど、ぜんぜんだめ。何を見ても聞いても自分でもう一度考えてみる癖をつけようと努力中。思考のフィールドってあんまり拡がれないもんだね。忘却率は自慢自慢。
脳内物質の過剰供給か欠乏かによって働きが勝手に左右されているような気分じゃ…

昨日から今日にかけてまたHPの所々をいじっている。悪い方向に…?
[PR]

by aura-21 | 2001-03-26 22:54
2001年 03月 25日

版画追加

明日は父の命日。昨年13回忌も済ませ今年はなんの法要にもあたっていないので例年の函館への墓参は止めて夏のお盆に行くことにした。ここから拝む、許せ父よ。例年どうり前日にはお坊さんに来て読経してもらう。昼近くに住職来た。

7点の版画についてのデータページをアップロードする。
[PR]

by aura-21 | 2001-03-25 22:56
2001年 03月 24日

ARIA  首藤晃展

青森では新しい建物や空間の愛称には青森の「A」が頭に付く名前がよくある。
この項にたびたび登場する市のアートプラザは「ARIA」。先月完成した駅前のビルは「AUGA」。県の社会教育センターは「ALIS」。もっと探せばありそう。だけども…まぎらわしい…当工房は「AURA版画工房」…AOMORIのAじゃないんだけど…


午後からご町内に住む秋元さんの運転で弘前のスペース・デネガへ「首藤 晃展」を見に行く。秋元さん今年買ったばかりの新車を駐車中に当て逃げされた。修理…痛い出費です。途中、陶芸家の小島さんとご主人を乗せて、新車の匂いのするワンボックスで出発。


首藤 晃さんは今春 弘前大学の院を卒業した。これは卒業制作展でもあるらしい。
1999年からスタートしたシリーズ「海人」。今回の作品は舟の形をした棺とその周囲に泡の軌跡のようにちらばる96個の作品の2種類からなるインスタレーション。彫刻作品…と書いてもいいが、台座の上に止まっただけの彫刻よりも、現代の美術では展示されたその空間の空気をも塗り替えるような緊張する心地よさに結果的に関心を誘っているように見えるので「インスタレーション」と表記したほうが感じがぴったりする…ので、そう書く。タイトルは?と聞くと「センスイカン…カンは棺です…ちょっと時節柄このタイトルはどうかと思って…案内状に使わなかったんですが。」首藤さんの作品は鉄を中心に補助的に木などを使っている。以前は海辺で拾ってきたジャンクをつなげて溶接し、人が乗って動かすことを暗示させるような道具/機具的作品を作っていた。今回の潜水棺も舟の後部に座席が付き操舵のようにクランクが出ている。クランクを回すと後ろのひれが上下する。スムーズな動きではないが空想の中では永々と水をかきわけ飛んでいきそうだ。船上はしっかり閉じられた鉄の扉…棺という暗示は神秘的に見る側のイメージを飛躍させる。暗褐色の壁面に囲まれたこの展示スペースにはどこまでも深く潜行する舟形と永久の比喩の棺によって「精神の静謐」が漂う。束の間、泡のような96個のオブジェが舟を取り巻き見守る魂のように見えた。
「いい展覧会でしたね…」と帰りの車内での聲。
[PR]

by aura-21 | 2001-03-24 22:48 | ART
2001年 03月 23日

船水さん

午前中から図書館へ。返却と貸し出し。Web系の書籍を借りる。
インターネットコーナーでちょっとアクセス。自宅のマック君よりも接続が早いので、自分のHPのチェックやリンク先を詳しく?見てまわる。


ARIA「ニュー・センチュリーズ VOL.3」船山 流展。船山さん在廊。
写真も素材として使ったインスタレーション。どうしても見え方として私には写真のウエイトは大きいことのように思える…の・だ・が。
「主客倒錯」「観賞⇒鑑賞」「展覧会とはどういう空間なのか」「見るという行為」など、作者自身の問いかけるテーマが彼自身の言葉でちりばめられている。自分がやりたいことを自分のやり方で見つけだしたいというのは表現を志す者全てが内側に抱えていることだろう。「作品を介して対話を求める」現代の美術家であるから、「写真家」(写真技術に精通した人)の名にだけ留まっていないで、枠のどちら側かへ半歩でも倒れ込むやり方を出発点に選択したのか。会場に貼り出された感想は来た観覧者だけではなく作者自身も自分を第三者的に見て言語化したもの。3種類のメチエが交錯している。「写真・写真自体が写し撮った対象・向けられる視線」と「写真が組み込まれたインスタレーション(仮設状況)」とそれらをひきとろうとする「言葉」。関連はどうあるのだろう…私はすこし戸惑いを持って見た。手術台の上で出会うミシンと蝙蝠傘…あとは自由に感じてください…感じたそれらが「主たる展示物」。多方向に引き裂かれる感覚は残るが、すんなりと納まりのいい展示に終らせないシカケは不協和音として残響している。見えないものをつかみ取ろうとする表現者(作者)にとってここでの実験は、周囲がそれを簡単に是か非か…と結論づけてしまってはいけない事に思えた。


(…写真。写真を撮りたいという気持ちは何処へ行くのか、何に向かうのか…。写真を素材として使う表現では、その写っているものは「意識する/無視する」両方に跨がってどうしても意味が生れる。)
[PR]

by aura-21 | 2001-03-23 22:47
2001年 03月 22日

追加

今年制作の版画を7点新たにアップした。各作品についてのデータはまだ作成していない。随分と前回から時間がかかったな。

延滞中の本をなかなか返しに行けない。外出するとほとんどその日の時間の半分以上を使ってしまう。帰ってきてもなかなか仕事に助走をつけられず、なにも作れない1日になってしまう…というのは言訳だが、それに近い気分になる。


「ちゃんと仕事をしているか!?」「時間は無限にはないぞ」「描いた全てが良いわけもないし…」「そして…作るコツを覚えてしまうと絶対マズイゾ! コツで作るな!」…と、いつも自分に言い聞かせている。なかなか実行に移せないな。
[PR]

by aura-21 | 2001-03-22 22:46 | 版画