AURA版画工房 日誌部 「むげたほげ」

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2003年 09月 30日

平和な一日 この街の版画文化

曇り。母は友人と一緒に浅虫温泉へバス遠足。青森市の高齢者に配付される市バス無料カードを存分に使ってみたいらしい。かみさんは友人と11:00 AMからカラオケ「思いっきり歌うぞ~!」に出かける。
私は家で仕事中。平和…




昼前にノースプラットフォームの小山内さん宅へ。
来月 弘前のさくら野である「スローライフ工房展」のpublicityに私の版画を使いたい…ということで持参。デジカメにて撮影。ありがとうございます。

そこでアクシデント…車のキーを車内に置いたままドアロック。
初体験! どうすりゃいいの? テレビで見たようにハンガーの針金を伸ばして窓の隙間に入れたら簡単に開いた。助かったけどもこんなテキトウなドアロックじゃ~全然役に立たないな~…私のこの車が問題なのかぁ?

事務所に上がり珈琲をいただいていろいろ世間話など。




13時半から朝日新聞社 青森支局のS氏来訪。昨日の電話での件。
「海峡フォーラム」「版画の街」「棟方志功」「版画文化のこの街での今後について」などの意見や考えを聞かれる。建設的・ポジティブな思いでお話をした。しかし部分的には現状の問題にも触れざるおえない。問題点のひとつには版画教育の小学校卒業後その先の受け皿がない。教育版画は指導出来ても表現としての版画は各人の資質に負う。むしろ鑑賞者を育てる土壌・施設、多元的にその機会を広げるという視点がもっと重要なのでは…と話す。
版画という複数芸術の表現手段にはもっとプライベートに個人コレクションなどを通して鑑賞と体験的に見る目を養う機会もあるのでは…これはいささか営業と受取られると困るのだが…でもそうか…。

まだまだ美術との距離、深く関わることや美術を自分の問題として引き受ける力が弱いと思える。作らなくても関われる美術、見ることも美術に能動的な姿勢である…ということを話したつもり。
どんな記事になるのか…。Sさん、よろしく。

刷り終えた版画をしばらく眺めて。…どうも、気に入らない…。
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by aura-21 | 2003-09-30 22:22 | 版画
2003年 09月 29日

版画について取材 CRE8VE 思考眼 残務

朝方快晴だった天気が急変し雷雨に…そして11:38 AMには小さな揺れ…地震まで来た。



版画作品を早急に用意しないと…終日在宅…、しかしなかなか進まないものです。手を止めてぼんやりしてると…電話とか来客とかあります…(^^!)




朝日新聞社青森支局のSさんより電話。
青森市の版画をしている人から意見やお話を伺いたい…という。
来月開催の「海峡フォーラム」では版画を取り上げる。その関係で地元青森の版画状況の下調べという。地元で実際に制作している人から現場の参考意見を聞きたいのだろう。明日拙宅を訪ねてくることに。


20時ころ*CRE8VEの二人が先日の「思考眼展」会場での記録撮影を編集したビデオを持って寄ってくれた。1時間ほど版画室でおしゃべり。ビデオをありがとう。


映像をみたら私の観覧者を撮影する姿なども映されていた。また彼らの感想も聞けた。どう見えていたのか心配だったが…(我ながら…)わりと変てこでおもしろそうに見える。貴重な記録となった。ありがとう。
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by aura-21 | 2003-09-29 22:22 | 版画
2003年 09月 28日

朗読劇

妻も出ている劇団雪の会公演 朗読劇「瀋陽からの手紙」2日目の舞台マチネ(14:30~)を見る。
身内が出ている芝居についてどうのこうの書くのはムズカシイ。思っていたよりも頑張っている姿を見てすこしホッとした…。

シンプルなセットと衣装の朗読劇。時間的流れがシャッフルされながらもセット・装置ともに同じなので物語の筋を途中から追えなくなった。シンプルな方が良かったとは思うのだが…さてそれはどうなんだろう。
2日間で280人くらいの入場者。青森の地元演劇関係での入場者数の実態をよく知らない。妻に聞くと「まぁまぁ多い方」だそうだ。
野坂さんご夫婦、中川クン、小野さんも見に来てくれた。ありがとう。途中、眠くなかったか心配で恐縮…私がそう思うのも変だが…してしまう。

公演後には妻も肩の荷が降りたようでスッキリした表情。
本番終了後に本町の「ジパング」で打上げだそうだ。私は帰宅し家で自分の作業…あんまりはかどらなかったけど…をする。




打上げ終了した妻から電話、迎えに行く。

車の左側ライトが切れている。いつからだろう…
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by aura-21 | 2003-09-28 22:22 | 家族
2003年 09月 27日

「思考眼展」打ち上げ AIR歓迎会

今日・明日は妻も出演している朗読劇「瀋陽からの手紙」の公演日。
朝からナーバスな彼女。夕方からの公演だが昼過ぎに会場集合というので送ってゆく。頑張れ〜!

午後から版画制作中。北海道文学館のポスター原画もあるし10月弘前 さくら野百貨店で開催の「スローライフ工房展」(仮称?)の準備もある。版画5点を刷る。5時過ぎに終えてシャワー。6時からある「思考眼展」の打上げに出かける。丁度朗読劇とバッティング。すまん、明日のマチネは絶対に見に行きます!…と私はバスで飲み会へ。


会場の国際ホテルに着くとロビーに*CRE8VEの神さんと野坂徹夫夫妻。2階 中華「慶喜」へ。幹事の野呂さんと森内忠大さんは既にお待ちです。6時開始と6時半開始という情報の混線があったようだ。今日同じく6時半から国際芸術センター青森のAIR参加作家を囲んでの歓迎パーティーがこの近くの店である。そっちと時間が混同したのか。
続いて村上三千朗さんがスタッフと一緒に来場。日沼禎子さん、佐藤助役、浜田館長も来て全員揃った。

円卓を囲んで。ここのエビチリ、焼そばは上手い。ビールから紹興酒へ。話が弾む。
鎌倉の近美の倉庫から出てきたという棟方志功の巨大な版画の話題、浜田さんによると赤坂のグランドキャバレー ミカドにあったものだそうだ。私は東京時代にそこでバイトをしていた。確かに入口に大きな志功の版画があった。しかし画面内容が思い出せない…それが今 鎌倉にあるとは。

村上さんは退院してからお酒もたばこもやめたそうでウーロン茶。仕事柄会合が多いでしょうから辛いのでは。「酒の味なんて忘れたよ」と。





時計を持たないのでいつ頃終わったのかな…野呂さんと一緒にその後AIRの歓迎会に合流。お座敷では宴もたけなわ…各班に別れて飲んでました。
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次は「フィッシュボーン行こう」という禎子女史の声を背に、私はひとり「港屋」へ。
カウンターで祥子先輩(マスターの奥さん)に話相手になってもらってひとり水割りなど。
その港屋にて。朝日新聞社青森支局のビルにある会場で弘前市在住の漫画家 山井教雄さんの「一コマ漫画の世界 - 山井教雄作品展 & 講演会」を見てきマスター夫妻。作品も興味深いが展示会場の存在も初めて聞く。自社企画だけ開催する空間だろうか…けっこう広いという。見に行こうと思う。告知欄に。


運動不足と財力不足を解消するため?徒歩で帰宅。途中「王味」でラーメン…これじゃなんの解消にもならないな…
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by aura-21 | 2003-09-27 23:59 | AIR
2003年 09月 25日

県展 版画の街考

雨…欲しかった湿り気が気持ちのいい雨。

義母の誕生日。昼前からお義母さんと妻につきあってお祝を一緒に買いに行く。印伝の小さなケースを贈る。還暦おめでとう。
もうひとりの母は小学校時代の同窓会だそうで市内のホテルで昼食会。





「県展 2003」を青森市民美術展示館で見る。出展作品に幾つかおもしろいものはあったものの、「作品」云々よりもやはりこの「県展」という「組織」の奇妙さに満ちた形に強く「?」を感じる。
2000年に県展の組織改革があった。今年はその改革から4年目4回展を迎えて組織としての不透明さは崖っぷちに立つ。これがもし「県」という冠が付かない展覧会だったら別段気にも留めたくないのだが。

たまたまテレビのニュースで「県展 2003」が始まった事を知った。毎回知らない間に始まって知らない間に終わっている印象の県展。ま~敢て注意を払いたくない気分もあるのだが。大賞受賞者が書道で24才の人に決まったとか五所川原の立ねぶたを版画で描いた県展最年少13才の入選者があった…とか話題はそれなりにある。

個々の作品については審査(県外からの審査員5人に依頼する形)というフィルターがあり一定の基準は通過したのだろうが、総応募数259点、入選作品220点とあってはハイレベルな審査によるとは思えないのもしょうがない…。
なんとか展示数に見合う数を残さなければいけないという苦心にむしろ審査員が気の毒…である。(上記作品数は地元紙より参照)

会場には色違いの名札で「招待」とか「賛助」の名目で作品が39点(落選した数と同数…偶然か)展示してあった。依頼された審査員は知ってか知らずか…展示会場の内容的全体像は審査員には無関係なのだろうか? こうして展示されると審査員も認めた作品のように見える。うやうやしく各フロアーの一番目立つ場所に掛けられたそれら作品が何故この場所にあるのか…判ったような判らないような…中途半端な存在理由…というかこの組織のいまだに引きずっている旧体質を感じる。

各階ごとに「書道」「絵画」「写真・水彩・版画」と別けられ展示作業も各部門に別れて行われたようだが…これが酷い。展示には素人…な面が露出したようだ。或いはこの展示館が持つ限界か。入選作品数とこの館のキャパが釣り合わないからか…。会場はまさに上野の公募団体展さながらの作品間隔(感覚)としか言い様がない。これは例年のことのようだ。進歩がないぞ。

会場にいた県展実行委員会の某氏と立ち話。彼は委員会内でも若手(私と同世代くらい)だが他の委員と考え方を異にして浮いている(四面楚歌?)状態なようだ。若手の改革派? 老獪(ただ新しい事には鈍感)な委員会組織では彼の考える建設的意見も全く通じないようす。また委員会に行けば既に決まってしまったことを突き付けられるそうで…「いつ決まったんですか?」にレスはないそうだ。実行委員会なのに?…こりゃ~ブラック・ボックスだな。
考え方の違いはみなさんあって当り前なのだが、どうも理論よりもなによりも実利的に組織に寄生して自らの地位や見栄(くだらないな~)を確保したい輩が多いようだ。彼らの作品には質的研鑽の気配も新しいものへの理解力も見えない…そんな者たちの手に美術の(「県」が冠されていることで何か公的イメージのつきまとう)組織を預けてしまっているというこの街の文化に対する盲目な点が危惧される。

これだけ書いておいて…「ま~どうでもいいことだが」…もないが。
この組織が今後どうなってもそれは自業自得だが、その誤解や美術組織としての方向性の不毛さを周囲にまで波及させるような迷惑だけはかけないでくれ…と静かに願う。





今夏の「N-project」の中でイベントとしておこなった「ミチバタ版画」を「版画の街・あおもり」の関連イベントと勘違いしている人がいるようだ。私は個人的に「版画の街・あおもり」という運動に疑問を持っている。この日誌でも何度かその考えを書いてきたつもりだ。

青森が「版画」をテーマに活性化したり元気になることに反論はない。しかし現在のこの「版画の街・あおもり」という形態は「何かが違う」と感じざるおえない。私から不用意にこの事業形態に近づく気はない。

数カ月前に「版画の街・あおもり実行委員会」に連名を打診されたが、私自身が作家としてニュートラルな立場を維持したいためにもはっきりとお断りしている。今年の「棟方志功生誕100年記念事業」にはリンクイベントとしての「N-project」と「思考眼SHIKOGAN展」ACACに参加させていただいた。しかしこれらと「版画の街・あおもり」事業を同質と考えてもらっては困るし、私自身そうは考えてはいない。
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by aura-21 | 2003-09-25 22:51 | 版画
2003年 09月 24日

凶兆 委員会

ゴミを出しに早起き。今日もいい天気。

今年5月24日に我々が結婚披露の(市内の親戚だけで)食事会をひらいた蕎麦処「わさび庵」が出火、全焼というニュース。
かみさんは「不吉だね~」と私の顔をのぞきこむ。
お前のその表情の方が私には恐いって~の…不吉って…何っ?





久しぶりに県立図書館へ行く。館の2階、青森県近代文学館も見る。





市役所 生涯学習課から先日の鎌田さんが。青森市生涯学習推進委員会委員就任依頼書をご持参いただいた。早速署名してお渡しする。
何やらいろいろ目を通す資料などをいただく。ちょっとめんどい。
10月1日に市役所で委嘱状交付式があるという。…もう来週じゃないか!?
就任する委員には先日のNプロ実行委員会で一緒だった嶋中さん高樋さん小畑さんの名もあった。さっと見たリストには弘前劇場の畑澤さんの名前もあった。話はしたことがない。最近はなかなか見に行けないでいる弘劇。畑澤さんは黙って立っているだけでエキセントリックなオーラを出す役者さんだが他にも色々活躍してて同席できるのが楽しみだ。市内の高校の美術教師でもある。彼の日記はおもしろい。弘劇HPの日記執筆陣はみなさんおもしろい…読ませてくれる。




版画を5点刷る。もっと作らなきゃ!




先日の「思考眼展」の打上げ日が幹事役のN氏からメールで届く。
参加…と返信。しかし同じ時間帯にかみさんも出る朗読劇の初日や、国際芸術センター青森のレジデンス作家のウエルカムパーティーがある。返事しちゃった順。
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by aura-21 | 2003-09-24 23:48
2003年 09月 23日

墓参り 原画

晴れわたった行楽日和の上天気。
妻のお伴でMAKI氏の墓参り。明後日が命日という。
青森からすこし山手に入った青森市を遠望できる墓所。何かお供えする花か供物でも持っていってはどうか…?と言うと彼女は「行く事が一番大事なんだからいいの…」と前を向いたまま話す。新しいその霊園はきれいに区画整備されている。広くとった一郭にこざっぱりした墓石が立つ。彼岸の先客が持ってきた萎れた束のうつむいた花。高い空に雲が流れている。墓の前に数分間黙って立つふたり。すこし陽が翳るだけで風が冷たい。

帰り道と交差している新しい道路を見つけた。まだ通った事のないその道を走ると山の中のG公園に出る。休日のため「突然こんなに多くの家族が…山の中に!」と驚くほどに人々がスポーツしたり肉を焼いたりしている。行楽とはそんなものか。そこから岩木山展望所にでた。




「思考眼展」の画像をこのサイトにアップする作業は思うように進まない…残務作業がたくさんあるな…




北海道立文学館の平原さんよりメール。
今月中に「北海道立文学館 特別企画展 函館‐青森 海峡浪漫 ~〈北の20世紀〉を紡いだ作家たち~」のポスターなどに使う絵を準備することに。
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by aura-21 | 2003-09-23 23:45
2003年 09月 22日

生涯学習

秋晴れ。妻はパートの面接。しばらく休養したいのであまり乗り気じゃない顔つきの彼女を会場まで送る。

午後から仕事場で制作中。まだ気分が出ないところへ青森市生涯学習課から電話。
何やら拙宅に訪ねてくるという。「何~?」
担当者は先日のNプロでもお世話になった佐々木淳一さんと主事の鎌田さん「はて? 何の用事?」
来月からの「青森市生涯学習推進委員会」委員メンバーに加わってほしい旨。他にも知っている人が数人打診され引き受けたようだ。月一回集っていろいろ討議してほしいそうだ。面白そうなので引き受けることに。お手柔らかに…。委員はだいたい20名ほど。若手(私でも若手に属してしまうようで(^^!)へへっ)の起用で今までの委員会にさらに動きをつけたい…とか。他にも私より若いメンバーも入るので彼らのお話を聴くという感じ。来月 正式に市長から委嘱されるらしい…どうしよう、来てゆくフォーマルな服がない。
2人は忙しく且つあわただしく?帰っていきました。


その後夕方まで7点ほど版画を刷る。
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by aura-21 | 2003-09-22 23:44
2003年 09月 21日

マネージメントの種子

国際芸術センター青森にて。
13時からNPO三澤さんによる報告は先日横浜市であったARTのNPOの講演会の模様。1時間内では討議も質議も出来なかったが、むしろもっと今後話合う時間を持つことが重要課題…とひとまず次会へ継続。

1999年の秋に行ったトヨタ・アートマネジメント講座の種子は蒔かれたのか…。私には先日の「N-project」が形作られたこともそのひとつの現れ(成果?)に思えるのだが。

引き続いて同じ場所で…14時から秋のAIRで来青した作家とサポーターの顔合わせ会。6名の各作家による自作スライドやビデオを使っての紹介と今回この青森にレジデンスして作りたい作品プランを聞く。3時間ほどかかったが作家は自分の作品についてもっとたくさんの事を話したいようだった。
今回はどちらかというとインターフェースというかメディア系というか土地の人のプライベートな記憶を素材として扱う作家が多いという印象。またAIRのテーマが「バナキュラー・スピリット」(土地の精神)というだけにどうしてもそういう作家が選ばれて来ている。
単純に何か造形物を作り上げるだけではなさそうだ。




先日のAIRSミーティングで「サポーターは単に作家の制作補助要員なのか?」…という問があった。私もAIRの毎回のレクチャーやワークショップで見かける顔にサポーターチームが多く「自分達が何かサクラのように感じる」…と発言してセンターの日沼さんに「ショックで寝つけなかった…」と回覧メールをいただいた。傷つけるそんなつもりはなかったのだが…。

作家の制作サポートをするとどうしても作家サイドの気分になる。ステージでいうとバックステージ・スタッフの気持ちになってしまい自分たちも観客ではあるのだが袖から他の客の入りを見てついつい自分達を勘定にいれないでしまった…そんな感じだろうか。

センターでは制作時点から作家のそばで何か体験が出来るということを重要なポイントとしている。確かに制作準備の作家にとっては特殊技能のあるサポーターがついてもらった方が制作はかどるし作品内容や質にもそれは跳ね返るだろう。しかし本当に特殊な作業が必要ならば作家やセンターがその人たちを雇えばいいのでは…という意見もある。サポーターをタダ働き労働力とだけみなしているのか?という件の疑問もここから持ち上がる。(正確には交通費の支給や手伝う部分によっては規定の手当ても支給されるのだが)解釈で意見の別れるところだ。

作家は展覧会の会期に間に合うように例えサポートが1人もつかなくても仕事を進めるだろう…だから無理矢理に手伝わなくてもいい…しかしこのような貴重な体験はなかなか出来ないだろうしセンターはその段階から参入できる門戸を開いている…拒んではいないし強制もしていない。作家と(途中のサポートを経験しない)オーディエンスとの間で、サポータ-或いはボランティアの役割やその受取り方や解釈を巡って「美術」や「サポーター」についてもっと考え議論しなければならない局面に来ている。
それは「ArtのNPO」についても同じことだ。
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by aura-21 | 2003-09-21 22:41 | AIR
2003年 09月 20日

お彼岸 沢山アートフォーラム

秋のお彼岸。お団子や花を買いに行く。
午後から墓参り。母方の祖母の眠る青森市内の霊園へ。


その帰りに「沢山アートフォーラム」を見る。
ひところの「沢山アート財産区」の時よりもメンバーは少なくなったが、自分達の創作行為(特に野外という条件で)を確認する意志の継続してある人たちやその賛同者で集っているグループ。中心メンバーは木彫でこの春に国際芸術センター青森でアーティストインレジデンスにも参加した石岡豊美さん(この沢山地区在住)。多くの参加者は石岡さんの指導のもと木彫に参加している。
他にも野外ながら「絵画」やもちろん「インスタレーション」もあるのだが、いかにも「現代美術」的な今風の美術を空気としてだけとらえていて、その作者自身の言葉はあまりみえないようなものもある。
こういう野外展はその作品の狙いや素材が周囲の状況と反発したり共鳴しなかったら失敗に終わる場合が多いと思う。素材も吟味が必要だろう。逆に木彫は彫るというその制作過程にだけ集中することで解りやすく見える。会期が10月末まで…と長いので出来上がったものよりもこれからまだまだ出来ていくのに付き合う…というようなフォーラムだろうか。
丁度伺った時には石岡さんによるキノコ汁の製造中?で、私も美味しくいただいた。ごちそうさま。今度は差入を持ってまた見に行こうと思う。





思考眼 SHIKOGAN 展」の作品アップロードに着手。まだまだしなきゃならない作業量は多くて…少しづつやることにする…。
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by aura-21 | 2003-09-20 23:38 | 展覧会