AURA版画工房 日誌部 「むげたほげ」

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2004年 03月 25日

葬儀の記憶

晴れ。そろそろ桜の便りも聞かれる頃。しぶとく残っていた雪の山もやっと融けた街並。かみさんを仕事に、母を病院に送る。
明日の函館行き準備、NOVITAに寄ってから駅へキップを買いに行く。
函館⇔青森 往復自由席 特急 ¥5,500。

14時に東京より妹が駅に到着、迎えにゆく。
16時半、お逮夜でお坊さん読経。17回忌の卒塔婆も。もうそんなに経つのか…。

父が亡くなった時には私はまだ東京にいてフジテレビというところで大道具をしていた。局に常駐する東宝舞台の契約社員だった。ちょうど「オレたちひょうきん族」という番組の大道具サブで1st.の「ひょうきんベストテン」を担当していた頃。冠婚葬祭はスタッフ同志で結束が強く、お金を出し合った香典や花輪が式場に届いた。冠婚なら「ひょうきん」の名札を付けた祝いのスタンド花を贈るが、葬祭には「ひょうきん」の文字をちょっと使えない。「フジテレビ美術スタッフ」の名で花が届いた。「ひょうきん…」大道具担当チーフの樋口さん(大道具の雄さん)と今井さんはわざわざ青森まで駆けつけて葬式に参列してくれた。

随分遠い昔のことになってしまった。今も当時の仕事場の知人数名とは年賀状くらいのやりとり。ぽつりぽつりと減っていった。住処が変わるとまた新しい人たちと出会い、過去は過ぎ去り塗り替えられる。




告知に
・「孤独な惑星-lonely planet」(水戸芸)
加藤 泉さんからメールでご連絡いただく。12名の作家による展覧会。
・青森演劇鑑賞協会プロデュース公演2004「渡辺源四郎の一日」
畑澤聖悟さん作・演出。60才以上の一般の方をオーディションで募ったキャストによる公演。
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by aura-21 | 2004-03-25 23:19 | 想い出
2004年 03月 24日

Zeit展

快晴の青森市。
先週までの個展中の非日常から少しづつ日常に戻る。
作品展は明後日26日まで展示中。27日に撤収/搬出の予定。




26日は父の17回忌、明日午後にお寺からお逮夜のお勤めに来てもらう予定。妹も合せて帰ってくる。仏壇に供える花や果物を買いに出る。





国際芸術センター青森にて「Zeit」展を見る。
青森市在住のコンテンポラリーアートに取組む作家8名に今回は神奈川からの現代美術家2名が加わり今月30日まで展示。会期中にパフォーマンスやギャラリートーク、ワークショップも開催される。

2002年夏に同会場で行われたZeit展に参加していた市内のメンバーが出会った松永 康氏をゲスト・コーディネーターに神奈川で制作をしている作家(青森では初展示)との共演が実現したと聞く。青森側のZeitメンバー全員が他からの作家との珍しい美術的交流を本当に望んでいたのかどうかは別としても、結果的にはお互いの反響をいつものメンバーから今回初めて出会う作家との共鳴にまで高めれれば何か発見できることに違いない。

展示場の関係で作品の置かれる場所には苦労の痕もみえる。作品の物理的ボリュームや見せ方の問題は上手くいくことばかりが次へのステップへの鍵ではないにしろ、どうしてこういう配置にしたのだろうかと聞いてみたいところもある。作家が多すぎるようにも思えた。誰とはいえないが作家をもうすこし削ってもいいのではないか…とも感じたが、むしろ所狭しと並べることにも狙いや意味があったのか。

関原律子氏と作佐部 潮氏が感覚的にも物理的にも圧倒した作品だと感じが、両者の作品はまだ未完成状態だった。
関原氏は作品の狙いからいくとあの36本の蝋燭に火が灯された状態が完成形なのだろうと感じた。空想で燃えている状態を暗示するのが目的だったとしても、むしろ火の灯された状態こそ作りたかった作品だろう。私が観た時には蝋燭は消えていた。いや、あの作品の構造だと蝋燭の上に天上から吊るされた黒い布に引火することは歴然としている。最初から館の使用規約上 裸火が難しい会場では展示内容の軌道修正も必要だろうにそれをせずに最後まで押し切ってしまったのだろうか。作品そのものよりも見せたい気持ちと見せられる条件との調整を作家はどう捉えているのかが気になった。
作佐部氏の作品はまだ制作中であった。中空に岩と鉄のバン線の束が吊るされた状態で緊張と均衡の保たれた設置が狙いとみえる。生憎設営は順調にはいかないようで吊るためのワイヤーの位置や強度やテンションに手こずっているようだ。人手の少なさもあるのだろうか? 作佐部氏はこの作品シリーズで展示経験も多く見せ方も素材の扱いも心得ていると思う。期間中の安全な完成を願う。

他に感じたことではMAJIO氏と広瀬 優氏の作品に関連して。
MAJIO氏は青森や弘前を中心にライブ・ペインティングや店舗内装に絵を提供したり昨年の空間実験室での展示など若手の中でも活躍している。彼の後輩世代も彼を目標として絵を描いている者が多いと聞く。氏のWebでは多方面にファンがいて盛況である。
多くの絵描きにとって制作スピードの速さは逃げるイメージを必死で定着させようとする格闘であり 画材は自分の一番生身の部分を掴み曝け出す武器である。彼も絵描きとしてその武器をとり格闘していると思う。しかし描かれた作品には奇妙に素材感が抜け落ちている。描きたい気持ちだけ先攻してしまったようだ。格闘の痕跡は聖戦でありながら意外に濁っていて汚い。今回は暗幕で遮光した空間に画像投影する展示もあった。ここでは完全にテクスチャーは存在しない。むしろWebと共通した感性か。絵描きがそのテクスチャーをどう捉えるか。実物の絵とWeb上のそれとを等価に考えるかどうかはこれからの人に向かって持論を押し付ける気はない。が、描きなぐるスピード感から描きこむ時間へと見せ方のシフトダウンをさせる研究も時にはいいのではないか。それは実際に描くのに要した時間そのものとは違う。

広瀬氏の描かれたキャンバスを壁面に十字架状や堆積させた形に並べた作品ではキャンバスに描かれた内容と展示形態との関係が説得力をもってこちら側に伝わってこないのは何故だろうか…と感じた。あの十字架状に並べる形は一見して宗教性を帯びる。氏を知っている(と思っている?)私にはそれが非常に唐突であった。借り物? 彼にそういう一面があったのか?クリスチャン?…と訝る。単に納まりのいい十字架状に(絵の内容とは切り離して)飛びついてしまったかのような。あるいは十字形の並びは彼の意図とは別なものの指図のように感じた。茶色の絵のキャンバスはもっと正面性で観覧者に対峙させるべき内容を盛り込む仕事のように思う。
むしろ黒い線の重なりに隙間として神経質な細い白線が見える仕事の方に氏の独自性を感じた。
(また勝手な感想を書いて反感持たれるのかな〜)
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by aura-21 | 2004-03-24 22:22 | 展覧会
2004年 03月 23日

疲労なのに、、、

今日は晴れた。もう春の陽気。玄関横の軒先きに福寿草開花。
かみさんを仕事に送って私も10時から県病で血管腫の定期的な診察。一分もかからず別段異常なし。また様子を三ヶ月後に。
さりとて健康に気づかわない自分にも困ったもの。





疲れている…ちょっと昼寝をするつもりがDVD「リベリオン」を見てしまった。
SFヒーロー銃撃バトルものと思って借りたが(確かにそうなのだが)「華氏451」のような世界の話。戦争を繰り返さないために国家の権力で暴力の根底にある人間的感情を規制してしまおうとする行き過ぎた世界。単なるSFだと思えない現代社会の比喩。ガン=カタという銃を使った武道の型のような動作は最近SF映画の中にみかける和洋折衷というか東洋西洋の交配というかなんというか…。

芸術を焼き払う仕事の主人公。冒頭で美術作品を密かに隠すアジトに踏み込み「モナ=リサ」とおぼしき絵などを発見して焼き払うシーンがあるのだが…美術をご存知の方には笑っちゃう場面…というのも、モナ=リサはキャンバスにではなく板に描かれているのである。この映画では明らかにキャンバスでした。もちろん未来という設定の「映画」ですから「モナ=リサ」らしき絵…という匂わせ方をしただけだと思います。




夕食後にフラワー温泉。
帰宅後にもう1本DVD「チェルシーホテル」
アメリカの芸術界に影響を与えた数多くのアーティストがここで作品を生み出した…といわれるNEW YORKのホテル。そこでの複数のドラマ。表現の現場として映像化されたというよりも人間模様の背景として撰ばれた場所…という印象。
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by aura-21 | 2004-03-23 23:02 | 映画・演劇
2004年 03月 22日

夢の家から神話の森へ

晴れ。日常に戻る…すこし個展の残務。

作品は3月26日までNOVITAに継続展示していただいてます。
ありがとうございます。どうぞ見て下さい。




マリーナ・アブラモヴィッチ トーク・ショー「夢の家から神話の森へ」青森市駅前 アウガ5階。18:30開演。300の客席は半分以上空席が目立ったが、内容は濃いものだった。むしろ作家はよりも熱心にしかもノッテ話していた。(今日誌記載中、半分酔った頭で書いて、全く伝わらないので残念だが割愛…)

今日のセンター浜田館長も鋭く急所を突く質問をマリーナ氏にぶつけ、それがまた響いたトークショーになったと思う。マリーナ氏からの応酬もあったのは、質問内容が作家としての重要なポイントを押さえていたからだろう。

極限まで苦痛を伴うことを避けてしまっているうちは決して新しいこと大切なことに出会わない。自分の嫌いなこと厭だと思うことにぶつかって挑戦していくことから多くのことが学び開ける…というようなことをマリーナ氏は最後に語った…と思う。(今、酔ってて言い回しを忘れた…)

講演会後のパーティーに参加。20数名の見知った顔の多かった会になった。遠くの席にマリーナさんを認識しながら近くの友人たちの美術談義に耳を傾ける。時々自身も発言する…。




こうして毎日(自分自身の制作もそうだが)美術に関わるなんらかの行動(ウォッチャ−)とか活動(サポート)をしていると、別に何か組織やグループの構成員として登録していなくても自由にやっていいような気がしている。いや組織やグループもいいが前提に各自が個人として動くということが意識として重要なので、その方が美術に関わる態度として主体的でありお気楽的でもありいい…ということだ。
グループ活動を否定するのではないが、グループに振り回されないで…と思う。制作集団のグループだけに限らず、最近活況を呈しているARTサポートのグループに於いてもそれは重要だろう。確かに個人では思いもよらない運動と結果が出せるのが組織での活動であるが、組織であることで時に奇妙な見え方や考え方と受け取られる時も(既成の様々な組織やグループをみていて)あるように感じる。個人と組織、その双方のいい点を見定めながら自分のことをしていかないと…と、制作する者/鑑賞する者のひとりとして思っている。




フランス在住の作家 佐藤 達(さとうさとる)さんから初メール。
お元気ですか?  9月に青森で個展とか。メールから伝わってくる元気な様子。会えるのが楽しみです。





本日 八甲田神社 宮司 小笠原定彦氏より届いた郵便物はご尊父 小笠原壽久氏の遺稿をまとめた書籍「神考記」。帯には「日常生活には、お守り・護符・祠・古塚・古跡・神木・使わしめなど、神霊がやどるものが少なくない。これらに畏敬の念を忘れ損なったらどうなるか。はたして神霊世界からの応報はないのか?無理解のもとに破損行為が著しい現代人に、八甲田神社の創立者が書き残した本当にあった不思議なメッセージ。」とある。
目次をみると99の小話集。最近シリーズで出ている「新耳袋」のような百物語と勝手に比較してしまうと怒られそうだが、筆者の体験した不思議な話を集めて構成している。宗教理論というよりも民間伝承や因果応報(これは仏教の用語?)に近いものだろうか。




「BankART1929」情報を追加、告知へ。
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by aura-21 | 2004-03-22 22:57 | レクチャー
2004年 03月 21日

「風景にメス」

八戸へ。 ICANOF「風景にメス」展。
14時からの第12回 八戸芸術大学レクチュア「マルグリット・ディラスの映画」を講聴。
講師は岡村民夫氏(法政大学・表象文化論)。
ディラスの映像を断片的に交えて。見たことのない映画についての話ながら興味をそそる。

レクチャー後、会場で会った舩水さんとその友人の沼田さん(共に写真表現者)と珈琲店で話し込んでしまう。一緒に夕飯(番丁庵で蕎麦)を食べてから帰宅。




サイト用の素材置場をCさんの管理するハードディスクに寄宿。
お世話になります。
これで大きな画像もアップできます。
近々、画像の追加や画像URLの移動をしようと思います。
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by aura-21 | 2004-03-21 22:53 | レクチャー
2004年 03月 20日

北のデザイン

晴れ。春分の日だったことも忘れてた。

かみさんは先週私の個展でできなかった洗濯に忙しい。
昼食後の買物に付き合う。ビデオレンタルショップにて数本借りる。



昼下がり、私はテレビの前でうたた寝。かみさんは寝室で昼寝。
やはり個展の疲れも出てきたのか…。



17時過ぎに急に母が頭痛を訴え救急センターへ。
何か肩などの疲労からくるもののようで深刻にならず一安心。痛止の薬を貰って帰宅。



アウガ5F。明日開催の「第3回 北のデザイン会議」にて先日亡くなった村上三千朗氏の仕事を紹介するべく会場にポスターやその仕事を展示。いつものARTizanメンバーの顔も。お手伝い。




個展に毎回来場してくれる浜田正二さんが今回はお見えではなかった。浜田さんも4月に県立郷土館の企画展示室で展覧会がありその準備中と伺っていた。今年91才の浜田氏。青森の美術の状況に立会って来た人だ。
今日、偶然にWeb東奥で浜田さんの記事を見る。
青森刑務所の壁画…なんとも残念なこと。
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by aura-21 | 2004-03-20 22:47
2004年 03月 19日

この夜の恍惚と不安

晴れているが風は強い。NOVITAへ。作品の掛け変え。
内容は同じだが入口側の作品を内部に移動。会期の延長をしました。どうぞ見てください。



harappa「この夜の恍惚と不安」を見る。写真家4名のスライドとDVDによる写真展。19時ギリギリに会場到着、開演はすこし遅れて始まった。見知った顔多数あり。

こう書くと怒られそうだが…音楽にカラオケがあるように写真にも携行に便利なスライドやDVDがあるような。でもその起動力・機能はかなり大きいもの。会場には実物の写真も展示されていたが「この夜の恍惚と不安」をかきたてるためには時間の共有を意識させる趣向がいるのかな。
・「東京ブギーバック」(13分37秒) 山本周平
・「激情装置 love machine」(20分) 蔵真墨
・「PARK CITY」(30分) 笹岡啓子
・「NEW YORK」(20分) 北島敬三
・「PORTRAITS + PLACES」(37分) 北島敬三

(順不同に感じたことを書くと)
いきなりの津軽三味線のBGMは何故か判らないが厭な感じ。青森に居ながらもその郷土臭の強いモノに対して理由のない拒否反応だろうか。確かによく知りもしないで感じているものなのだが。写真は東京の今の若者の風俗/文化をドキュメントした感じ。

被写体の人間がおもしろい。見られること撮られることに慣れた表情や肉体を持った人よりもそこら辺のどこにでも居そうな人が写っているのだ。NEW YORKの雑踏だろうが広島だろうが渋谷・新宿だろうが。そしてフイルムに定着された時から普通なのに異形なもののように見える。手が手じゃないような足が足じゃないような顔が顔として見えないような。人間ってこんな動物だったけ?…写真の力。

北島氏の時間をかけた同一人物のポートレートをデジタル処理でDVDにした作品。止まった瞬間を写しただけのはずの写真に「狭間」のような見えなかった画像、存在しなかった写真がサブリミナルに出現したような。例えば目を閉じたポートレートと目を開いたポートレート。同じ人物はモービングで一枚からもう一枚へ写真はデジタル的に変化する。二枚の写真の両方に跨いだところにもうひとつの何か違った表情というか写りこんだ気配がある(ように見えた)。長い年月をかけて同じ人を追写(そんな言葉があるかな?)したシリーズはこうしてDVD処理されて見せられると印画紙とは全く別のものとなったが解りやすい部分が増えたような。

笹岡氏のスライドについてその後の懇親パーティーで北島氏は眼の構造や写真機の構造と今回のスライドショーの会場の構造を関連づけて話していた。ここでは観客は会場に入ってすぐにスライドやDVD機材を置いたスクリーンの裏側(裏方)を見る。観客はスクリーンをはさんでそこと反対側の客席に座る。スクリーンには裏から逆向きで投影され画像が観客席側に抜けて見えるわけである。網膜とレンズと対象と…という関係。
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by aura-21 | 2004-03-19 22:43 | レクチャー
2004年 03月 18日

個展最終日 生誕百年

本日個展最終日。

お忙しい中を「間に合いました…」と会場にいらっしゃる方々も。
みなさま本当にありがとうございました。

村上朱美さま、ヒグチゃんさま、熊谷吾良さま、野坂徹夫さま、岩井康賴さま、かまたちかこさま…皆々様、
本日も多くの方のご来場を感謝いたします。



会場NOVITAさまのご好意で3月26日まで作品はNOVITAに展示しております。
どうぞご覧下さいますよう。





今年は斎藤義重さん(1904 - 2001)の生誕100年。
昨年が棟方志功生誕100年ということは義重さんは志功の1歳年下だったのか…。県の美術館整備室の方より聞いて「あっ」と思いだす。その略歴を見ると義重さんは弘前市で生まれている。(多くの資料には東京生れと表記され、実際に誕生したのは弘前だがすぐに父親(軍属)の転勤で青森をでている)
県ではささやかでも青森で作品展を…と、計画しているそうた。それも誕生の5月に。もうすぐですね。青森は県立美術館を現在建設中。この迫った会期に合せて押さえられる空間も少なく現在検討中とのこと。大きなインスタレーションも設置できる場所は…? あれば楽しみです。
恩師でもある斎藤さんのために何か手伝えることもあろうかと思います。



私はアート・ウォッチャ−でありサポーターなのさ(いまさら…)。




「あおもり版画トリエンナーレ2004」の募集要項が届く。
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by aura-21 | 2004-03-18 22:35 | 個展
2004年 03月 17日

ご来場感謝

晴れ。日中の予想最高気温は17℃。確かに暖かい。
そんな日に限って厚手のコールテン(古い)の上下に身を包んで個展会場へ。(しまった!)

本日もたくさんのご来場者に感謝いたします。


正午、女子美の佐々木宏子さん、空港への送迎バスの連絡で時間があって…と立寄ってくださる。
一緒に昼食、一八寿司を森内さんにご馳走になってしまい…私まで…ごちそうさまです。

平日の方が来場の方々とゆっくり話せるような印象。
昨日の東奥日報に写真付きでこの個展の記事を載せていただきました。今日はそれを見てまた寄ってくれる人もいるかな…という印象です。
小・中学校の同級生も見に来てくれました。

毎回応援して来てくれる人、今回初めて見て下さった方々。
ありがとうございます。


高木眞知子さま、高樋全子さま、三上圭子さま、お菓子をありがとうございます。
いや、しかし…個展の度にいただく「甘いもの」にまたコレステロール値上昇〜〜〜〜〜〜。

しかしもっと制作しないと…。今のうちに…。ささささっ
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by aura-21 | 2004-03-17 22:30 | 個展
2004年 03月 16日

個展中 描き殴る

毎朝の日課。その後に期間限定の日課は個展会場への通勤。
すっかり春らしい一日です。

平日ながら濃い来場者との会話…時には話に夢中で他のご来場者と言葉も交わせずお帰ししてしまい…すみません…。

彫刻家Tさんよりインクについての指摘。インクの調合でもっと絵の内容を深めたり変えることが出来るかもしれません。参考になりました。
でも、あまり技法にのめり込むと危険だと考えているので、程々に…

来週から開催する美術グループ「Zeit」のSさん、Oさんが前後して来場。話を聞いているとグループでの組織的行動や議論が苦手なようです。DMやリーフレットも意見やセンスの食い違いから二種類作って統一化できていないもよう。口下手?でデザイン下手?なのがカワイイ?




書きなぐる意味不明さ…書き手の意識の混濁か読み手に文脈がないのか。絵の場合には描きなぐる気持ちよさがありそれが見る者に伝わる場合がある。多くはキャンバスや紙の表面よりも離れたところにまで及ぶ波紋や電波のような響きこそ今 感じているもの、感じてほしいものだったりする。文脈はそんな場合にもちゃんと存在するし必要なのだが、時には感じるためには邪魔だったりする時もある。
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by aura-21 | 2004-03-16 22:22 | 個展