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2005年 03月 31日

ガソリン/灯油の値上がり

雪は降ってもすぐに消える。残ってしまうほどには気温も低くない。
退院した母の用事であちこち運転。

午後から仕事。

15時過ぎに床屋。店内は順番を待つ客が多い。どうしたんだ?
早めにあたってもらう。

ガソリン・スタンドへ。明日からガソリンや灯油が値上がりするというので、スタンドも車が混雑し行列状態。とりあえず満タンに。


かみさんを迎えにいって、その足で整骨院。今日ももしっかり二人で施療してもらう。
夕食後にも灯油二缶を買いにかみさん運転で別なスタンドへ。やはりここも混んでいる。


この日誌。身に降り掛かったことを書いているのか、頭の中に湧き上がったことを書いているのか。
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by aura-21 | 2005-03-31 00:18
2005年 03月 30日

時間的逆行 ストラップ 組織とART 忘れた画像

青森は雪。もう4月も目前なのに…である。
今はいつ頃の時代? ここは何処? タイムトラベルな気分である。
2ヶ月くらいは時間遡ってる。

「OURS」のサイトで頼んだ携帯ストラップが届いた。
私は携帯電話を持っていない(笑)が、それが欲しくて頼んでみた。
ネット画像でみるよりもマットな表面の仕上げは私的に好みの質感だった。
送金が遅れています。申訳ない。
今日中に郵便で出します。二日くらいかかるかな。すみません…



この街での話…。
ARTにおいて鑑賞する人々や制作する人々やそれらを繋げるためにオーガナイズする人々や…。各部分集合は完全に分業のように別れている訳ではもちろんない。繋がっている。跨がっている。はみ出している。越境している。そしてやっぱり別れてもいる。

制作しようとする者が何かと向かい合い対峙するために精神的にでも労働的でもある一定時間孤立するべきことがある。作るんだから当り前だ。しかし最近のARTの傾向は鑑賞者との「取結び方」「関る接点に作品が存在する」ということに大きく因っている場合が多い。鑑賞者との交流とか対話とか実際に手助けしてもらって作品が生まれる。とくに現代美術系では近年多く見られる傾向である。その場合には単に「鑑賞者」という言葉で括ることもある意味で適切ではない別な呼称を必要とする場合もあるようだ。かといって何と呼ぶべきかわからないが。
作家はそのコンセプトを起てる立案者であり実行者は観客側からすこし境界(これも曖昧なもの)を以出て作品の実現に手をくだし意見を述べるという形で関る。素材から関る事もあれば制作された体験型作品の内側に入って作品を鑑賞すると同時に作品の一部になり鑑賞者が同時に見られる側になったりもする。
作家にとって時には企画立案だけでその作業の大部分は終わり、アーティスティックに動く必要性ももうなくなるケース(作品)もありそうだ。(残るのは代表者・管理責任者・制作担当者としての渉外担当や作品理念の再検証くらいか)
そもそもアーティスティックそのものとは何か?…というように、それすら曖昧になりだす。それはアートそのものが何処にあるのか? アーティストの役割とは何か? アートとは何か?…にまで波及する、いや、既にしているだろう。

その答は各自の問の中から生まれ自らで答を出すべきものとなっている。それは自分の因って立つポジションに関係してくるから、決してひとつではないしその答えは枚挙に暇がない。

アートにおいての論争は何処までも平和的である。作品そのものが一番の武器であるが被弾しても死なない。生まれ変わるだけである。


もしアートが企画立案自体をもアートと看做すならば、時にアーティストよりもアートシーンに深く関れる組織も産まれる。その土壌がそれらの誕生を願い欲していたり、有志が牽引して周囲がその存在理由を認知し何か文化的な動向をそこに期待するということがある。シーンに応じて生成し、その役目を終えると消滅するものである。
時に某美術団体のように既に時代の要請を終えてもまだ時代錯誤に発言し続ける見苦しい組織もある。組織とは意義深い運命共同体だが時には悪しき害を無責任に吐き出す怪物である。個人で動く分には時代からの隔絶も個として引き受ければいいだけなのだから意義も害も個に跳ね返るのみだ。
同時に個では抜けだせない限界を組織や自分以外の手によって越えて形にしてゆくことも事実である。それは素晴しいことだが、もろ刃の剣でもある。


夜20時にAさん宅へ。荷物をかき回していて出てきた昔の8mmVIDEOフィルム、1992年の東京でのグループ展と「齋藤義重と遊ぶ会」と記されテープ。
どんなものが記録されているのか自分でもすっかり忘れている。
Aさんにお願いしてデッキを借りて見る事に、映像鑑賞会である。
保存用にDVDへも記録してもらった。ありがとうございます。
時々サッカーと記録映像とを交互に見る。日本 vs バーレーン戦、あの勝ち方(負け方)ってなんだかさっぱりしないな。
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by aura-21 | 2005-03-30 00:15
2005年 03月 29日

ホームランチ 身体が もも

今日はS M 様宅の昼食にお呼ばれされている。

前々からの予定で楽しみにしていた。メンバーは6名。
伺う途中でアンチャンの所によってパン購入。手土産に食パンというのもお間抜けでいいかな。(ここのパンは美味しいのですが選択したセンスがオマヌケでした)今日のランチメニューは全てS様の手料理。集合の時間は11時半、すこし遅れて到着するが私が一番先に到着してしまった。S様宅は初訪問。とてもロマンチックな異国風味のお家。
ドア・建具・什器には個人輸入で集められた建築材料 & 家具が使われています。
インテリアも含めてこの家の住人の嗜好が隅々まで行き渡っています。

料理は当初 カレーと聞いてましたがパエリア、ミートソースなラザニア、マカロニ。食後の甘いもの(差し入れ鯛焼きと粒餡をたっぷりまぶした餅)に珈琲、お茶。
食った食った。私は終始みなさんの話を聞く方で食べて飲んでばかりでした。
昼からワインくらい欲しくなるような食卓でした。

16時過ぎまで居ました。ごちそうさまです。また呼んでください。


かみさんを迎えに行く。帰りに整骨院。今日はしっかりと整体される。
身体の方、先生曰く「かなりひどい」らしい。もうすこし通院するように言われる。確かに全身力が入らない。握力もない。立っててふらつく。どうもこうもない。「ストレスからくるもの」というのだが、自覚なし。私もひとの子だったということでしょうか。

帰宅すると母、夕食の準備してくれている。今日からまた前のように日常。

夕食後に今日までのDVD アジアンホラーもの(ちとがっかり)を急いで見て返却へ。雪が舞ってる。書店で立読みしてたらスタッフの千葉ちゃんに会う。予期せぬところで彼女とは何回かあった。今予定している拙作個展の案内状デザインを近々発注に伺います…と立ち話。


今日から「ももひき」を脱ぐ(きっぱり!)、、、寒さに耐えられず手離せなかった「もも…」。
春の接近/到来を予感させる身体的な変化、というか衣替え。
でもな〜、また寒かったら、着込むし〜。夜には雪降ってたしな〜
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by aura-21 | 2005-03-29 00:12
2005年 03月 28日

退院 珈琲 記念品 老けたマンガ表現

3週間ほど入院していた母が退院。昼ころに病院へ迎えに行く。
午後に母の姉(92才)を県病へ見舞に行く。伯母もそろそろ退院のようだ。


県病前に出来たコーヒーショップ「Cafe des Gitanes」でお薦めのブレンドを100g 購入。おや〜、ともんちさんも来てたの? ここはともんちさんから教えてもらったお店です。次回の版画教室のことなど打ち合わせ。車に母を待たせていたので豆だけ買って帰る。今度飲みに来よう。


k-taさん。mixiで知り合いました。
偶然にその方のキリバンを踏んで記念品を戴きました。
素敵な手染めのスカーフです。京都「なぞやしき」で染色作品をインスタレーションされている作家さんです。

母の退院祝いというわけでもないが、今日は夕食は外でしよう。
蕎麦の「亀久一」へ。

母はテレビマンガが好きなようだ。サザエさんは欠かさない。
今日は「コナン・スペシャル」が放送されていたが、このマンガ、犯人探しで登場人物が年齢付きで紹介される。しかし、40才代はすっかりオッサンな表現なのである。私よりも年下なのに老人のようなこの絵は?……どうかと思う。

今日は疲れててテレビを見ている家族を残し20時前に寝てしまった。
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by aura-21 | 2005-03-28 00:08 | 珈琲・紅茶
2005年 03月 27日

日曜日 版画教室

朝寝坊。11時過ぎに起きだす。
洗濯。
かみさん珍しくひとりで運転して外出。


今日は版画教室。13時にKちゃん。銅版画(エッチング)の続き。
仕事のことや余暇のことなどを話す。

夕食は麻豆腐。かみさん手料理。

居間でひとりPCに向かう。
かみさんは二階で自分のPCやってる。そのまま何時に寝ちゃたんだろう。
私の方は2時半をもう廻っている、またまた夜更し。
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by aura-21 | 2005-03-27 00:07 | 版画
2005年 03月 26日

雪 函館行かない カレー

昨夜からの雪。
父の命日であり例年は函館へ墓参だが今年は行かずにいた。
今年の雪は函館でも多いことだろう。それに夕べからまた寒気が戻り降り出した。
墓は山の上、、、そこまでは登れないのではないか、無理に違いない。
七月のお盆もあるしまた今度の機会に…と今回は取り止める。


夕食にカレーを食べにゆく。カレーのIndyという店。本格的な香辛料の強いスープ状のカレーというよりも適度に日本人の口に合わせて作られたカレーが出た。

カツカレーとチャイ、かみさんはシーフードカレーに紅茶。土曜日のせいかアベックが多い店内。
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by aura-21 | 2005-03-26 00:05
2005年 03月 25日

逆戻り オタイヤ 版画教室 あすなろ交差点

雪である。またまた冬に逆戻りかともえるほどに。寒冷前線の接近か。
日本海側は日本中どこも?雪の模様。

昼にプチ入院中の母を迎えにゆく。灯油20�と車のガソリン満タンにして帰宅。
明日は父の命日、今日はオタイヤ。教室中に13時半にお坊さんがくる。

13時から版画教室。ともんちさま。銅版画、ドライポイント。
他にもいろいろある技法を試したいですね。

住職が来たのでちょっと抜け出して仏間へ。


東奥日報 毎週金曜夕刊の「あすなろ交差点」というコラムは今日で終了する。
丸3年間この場所でカットを掲載していただいていたがそれも今日が最後となった。
長い間ほんとうにありがとうございました。
年度の変り目、新しいことが始まる。いろいろ変わる。変わらず続けなければいけない事もある。

夕方から独り居間でPCに向かう。
mixiを覗く。書込みをあちらこちらに。
SkypeでKさんとチャットも。
ギリシャ哲学者はホモが多いという話になる。では女性の哲学者では誰がいるのか。私には思いつかなかったがKさんが数人名前を挙げる。しかしわたしには彼女たち女性哲学者がレズビアンに感じてしまう。哲学者と同性愛者がなんの根拠もなくオーバーラップしてしまう。
そういう業種ってある。いや…イメージの中で、である。

DVD「Lost in Translation」を見る。
外国からの旅行者には(映画の中で描かれている)日本(東京)がこれほどまで奇妙に見えるのだろうか。
まだ学生の空気をまとった結婚したての女の子と中年の男性。父と娘のような、同志のような二人。人生の中ですれ違う異国での数日間。相手の事を全ては知らない。お互いに自分のことだけで精一杯な気持ち。
旅の途中の見知らぬ地での出逢いは恋心を刺激するものである。映画はそのもうすこし先のシチュエーションを孤独感を讃えて映像に固定する。すこし劇的すぎるほどに路上のキスシーン。周囲の日本人は無表情な背景になっている。高まりはそこまでで二人は別々に離れてゆく。歳の差と生き方の差が近く遠いことが単純な恋愛ものにならず、それが美しく同時に物足りないのか。


かみさんは会社の飲み会。帰ってきたのは0時をまわっていた。
それまで、また私はPCの前にいた。
アルコールはボトルの底2cm残っていたウイスキー。物足りない。結局 夕食もカップラーメンで済ませた。

外は靴が埋るほどの積雪のようだ。明日の函館(墓参)は行かない事にする。
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by aura-21 | 2005-03-25 00:03
2005年 03月 24日

気巧 キリバン 消える昆虫

夕方に整骨院。私のカラダはかなりがたがたと指摘される。今日は院長先生の手技にかかり強いパワーを浴びる。それでもエネルギー?の30%ほどで処置しているとか。100%出すとどうなるのか? やっぱり吹っ飛ぶのか?というとそうではないらしい。種類がちがうもののようだ。

帰りにF-ビヨンドでノートを購入
帰宅後、夕食はニラレバ炒めを作る。


mixiで知り合ったk-taさんよりメール。私が2001番目の足跡を残した人としてキリバン記念品をお送りしたい‥と住所を尋ねられる。
染織家であるk- taさんからなにか素敵なものが届くようだ。わくわく。楽しみ。早速住所を送信。
同じくmixiに新規参入したN王子からマイミク登録の依頼。ほほ〜、彼も参加ですか。どうぞよろしくね。


暖かくなってきてトイレの植物の鉢から昆虫が湧きだす。小さなハエが飛んでいると思ったら、今度はかわいいナメクジ。彼らはどこへ消え行くのか、気づく
ともういない。窓が開いているわけもなく謎。
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by aura-21 | 2005-03-24 00:01
2005年 03月 23日

居間でPC 版画講習会 ディベート

テレビを付けたまま居間でPC。
iBookを使いだしてからこの日誌の更新が遅れがちである。
わざわざ屋根裏部屋のデスクトップ型パソコン(iMac)を立ち上げる気力が失せた?



電話あり。
来年度に4回ほど版画の講習会を頼まれる。障害を持つ人々をサポートするボランティア活動をしている方からのご相談。場所は基本的に県立保険大学内でやるそうだ。障害のある者の美術を体験する時間から、それが各人の意識の中で社会参画に繋がれば…という思い。私もその実態や社会のなかでそれらがどのように解釈され受け入れられているのかはよく理解していない。
お引き受けることにしたが、最初の日程(5月)前に一度お会いすることに。



テレビを見る。「学歴は重要か」とか「自分の人生の中でお金が一番大切か」とかいうテーマでディベート・バラエティが流れている。いまさらこんなテーマでまだ話す事があるのか? とすこし局側の視点の古さに呆れながらPCを立ち上げながら横目で番組を見ている。出演者もこんなことにムキになることなどないと解っていても「テレビの中のお仕事」としてディベート・ショーを盛り上げるのに必死に見える。
しかし日本人はこうしたことにムキになる。私もその場に居たらそうなったろう。日本人は口論で負けを認めにくい人種であり、論理と情とをごっちゃにする傾向もある。昨今の放送局と株主の話題もその両極で報道されて解りずらい。
さて、このテレビ番組も出演者の役割分担としてはサスペンス・ドラマと変わらない。視聴者の描く善悪は最初から決まっているし最後の落としどころもみえていそうだ。(が、最後まで見ないでチャンネルを変える…どうなった? 犯人とかは)

ところで最近のわたしは「mixi」に入り浸り過ぎかもしれない。
注意しないと。

久しぶりに0時前に就寝。
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by aura-21 | 2005-03-23 23:59
2005年 03月 22日

雪解けすいすい 個展準備?

晴れ。すっかり道も運転しやすくなってきた。かみさんを送る道路も混んでいないでスイスイスー。


今年の個展をどうしようか…と考える。
4月くらいに東奥日報で使ったカットを集めて一度展覧会をしようと思っていたのだが、準備にかかる時間も入れるともっと先になるだろう。例年6月にやっていたのだがこの2年ほどその時期が早まっていた。またその月に戻そうかな…いい季節だし。これからその準備には時間もとれるだろう。おっと会場を確保しないとととととっ。


NちゃんからARTizanのML。次回「AMA-pro」(6月12日予定)のゲストは「大人気クリエイター石橋義正さん」だそうだ。今度は是非見に行きたいな。
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by aura-21 | 2005-03-22 23:57