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2005年 04月 20日

ほぼ在宅 泣いて… 早寝 アクセス四萬近し

ほぼ在宅。
今日も朝の寝癖がそのままの1日。


作品展(六月に開催予定している東奥日報に掲載されたカットの展示)。過去の作品を引っ張り出す。掲載終了後に返されたものをそのまま1箇所にして保管していたので再度中身をチェック。
額装するものを抜き出す作業。
案内状(スタッフさんにお願いする予定)を作る作業準備。


DVD「泣いてたまるか 1(1話・2話)」を見る。
昭和だわ。熱く純粋だわ。人情です。


三戸町立現代版画研究所での銅版画講座を受け持つことに。
8月20日(土)〜 8月27日(土)(講座一週間、中一日休み)
15名が募集定員。近く募集要項ができるもよう。


そろそろカウンターが「40,000」を迎えそうです。
アクセスして頂いてるみまさま、どうもありがとうございます。


いろいろ考えさせられること様々。
考えがまとまらないままに今日は早く寝ることにする。
最近すこし夜更しし過ぎる。体調を整えないと。
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by aura-21 | 2005-04-20 01:37
2005年 04月 19日

在宅 ミチバタデータ準備

終日在宅。
朝の寝癖が夕方までそのままで1日を送る。

朝食に食べたお手製パンピザ。チーズがとろとろに熱くて口の中の上顎を火傷。薄皮がめくれて熱い食べ物はもうダメダメな1日でもある。


ミチバタ版画のプレゼン用資料をPCに放り込む。6月11日にお手伝いいただく人たちにむけての「ミチバタ版画ってなに?」の説明用。日中はそんなことをしてた。

毎度、夜になって慌てて仕事をする癖がある。夜というよりも〆きりギリギリになってやっと作業を始めるので寝不足を助長するばかりだ。
疲れのとれない悪循環な悪習慣。習い性である。直せるのか?



告知に第11回のND会をアップ。4月26日 18:30から。会場はNOVITA 4F。
内容は真武真喜子さん(ACAC学芸員)による「アートの時間 − 河口龍夫について」。
丁度ACACでは4月23日〜5月22日 河口龍夫展「時間の時間」開催中。
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by aura-21 | 2005-04-19 01:36 | ワークショップ
2005年 04月 18日

昨日と変わらず

昨日と変わらず、明日とも変わらない。そんなよくわからない1日とも言える。


書かなければいけない手紙を書いていない。
会うべき人とアポイントをとっていない。
先がないのにその備えを考える。
まだ描けないでいる長年の夢は正夢となるのか。

「芸が身を助けるほどの不幸かな」(詠み人知らず)
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by aura-21 | 2005-04-18 01:35
2005年 04月 17日

晴れ 教室 ハリーポッター

今日も晴れています。春。ホコリっぽいけど。
昨日・今日みたいな天気には花粉ますます乱舞ですね。顔半分以上を大きく隠してしまうマスクをした人をたくさん見かけます。


午後から版画教室。
今日は銅版画のソフトグランド・エッチングをしました。
べとべとして完全に乾かないタイプのグランドを銅版に塗布してそのうえに葉とかメの粗い布などを置きプレス機で押し付けます。するとソフトグランドに葉脈や布目が写ります。腐蝕するとその形どうりに線が腐刻されるわけです。

郷土館の佐野ぬい展は今日の17時まで。もう一度見たくて教室を16時で終了。でも家人は誰も急に思い立った私に同調してくれない。かみさんにもあの「青」を見せたかったのにな。ちぇ、つまんないな。
出かけずにパソコンに向かう。


95円で借りてきた「ハリー・ポッター アズカバンの囚人」を見る。
これだけ特殊映像満載なのにもともとファンタジーなので、普通のことのように淡々と見てしまう。しかし俳優陣(ハリーや同級生)の成長ぶりに驚く。物語りの中での登場人物の成長ではなく配役として。高校生が小学生の役をしているような。
大人顔負けな「ませた子供」の映画はたくさんあるけど、いつまでも子供らしさで語るファンタジーは…厳しいな。
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by aura-21 | 2005-04-17 01:34 | 版画
2005年 04月 16日

快晴 奈良美智展 アウガ

朝一番にHさんからの電話で起きる。
彼も実行部隊になっている「空間実験室2005」でサポーター募集後にスキルアップ講習会を開きたいそうだ。建築関係の職人さんとか作家を呼んでのARTやもの作りなお話をする会だという。私にも何か話してほしいというお電話だが何が話せるかは判らない。引き受けるも詳しい内容やメンバーや日時はまだ未定。

昨年の「空間実験室2004」でも会場設営など彼は中心で動いていた方です。



青森は快晴。今日から弘前では「奈良美智展」初日。かみさんと車で出かける。前回2002年の大盛会は記憶に新しい。青森県内のART NPO harappa 誕生のきっかけともなった展覧会だった。今年も(既に来年の予定もあるそうな)同じ会場でこの桜へのカウントダウンな浮き立つ季節に大規模な展覧会が行われた。

会場前には八戸からのバス2台も連なり開会セレモニーな盛上がり。
前回のようなヒートアップはこれからなのか、この日 展示をゆったりと見ることができた。
空間構成をgrafというグループとコラボレーションして作品が並ぶ。煉瓦倉庫の会場内に設置された小屋、貝殻の内部へでも入り込むような何層もの構造を持つ部屋、窓と覗き穴だけから見る作品。絵画との距離、物理的距離をgrafの小屋は親密に繋げる役目を担っているようだ。それは壁の穴や窓からの覗く行為、狭い空間に絵と一緒にいる緊密感。遊びと見せ方の工夫という相乗効果。楽しく会場内をうろつく。

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12時半より会場の一画では
横浜トリエンナーレ2005・弘前プレゼンテーション:「日常からの跳躍」アートサーカス
と題して今年行われる横浜市の展覧会についてディレクターの川俣 正氏よりプレゼンテーション。参加作家の奈良美智氏も交えてのトーク。

まだ作家全部が決定していないし、既に制作を進めている作家もいるそうだ。コラボレーションがキーワードのようで、奈良氏の作品も今回の奈良展のようにgrafとのコラボで展開されるという。

2000年青森市内で開催の「キッズ・アート あおもり」では奈良氏のスライドレクチャーに溢れるような観客だった。ARTへの興味よりは奈良氏の作品が起こした社会現象的な熱気だったのだろうか。
今回のレクチャーはその時にくらべると静か。美術展のプレゼンでもあり興味を持つ人々が中心に立寄ったこともあるのだろうか。みなさん熱心に聞き入るようだ。

前回の横浜トリエンナーレを見たが、トリエンナーレとしては2004年(昨年)が開催予定だったとも聞く。名称を引継いだことで何を前回と引継ぐのか、何処が前回と異なり変化させた点になるのか。
開催が待たれるし、各美術ジャーナリストのレポートも楽しみである。



アウガ5階「デザインのある暮らし」。ARTよりも生活にはいりこむデザイン。
そこがARTに付合って生きていると思っている私には「羨ましい」部分のいっぱい詰まったデザイン。ゴミ箱という何処にでもある目的をデザインする公募部門に集まったプランの数々をみる。
県内の建築・デザイン・インテリアコーディネート・家具など展示は多岐に及ぶ。 ADA あおもりデザイン協会 



二人で外で夕食。焼肉にしよう。まだ入ったことのない気になってた某焼肉店へ。
肉は美味しかったが最後に頼んだ冷麺には…そのまずさに驚く。何度か盛岡で冷麺を食べ歩いたこともあるので言わせてもらうと、ここのは驚くほどひどい。
次回、来ることがあっても焼肉だけにしておきます。
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by aura-21 | 2005-04-16 01:32 | ART
2005年 04月 15日

タイヤ交換 版画教室あり 夕刊

かみさんを送って帰宅後すぐにスタッドレス・タイヤを交換する。自力の交換に朝方の快晴は助かった。テキパキと終える。

母の用事で運転手。そのついでに私も銀行へ。
カダケスから送られた小切手($47)を外貨で通帳に入金しようと窓口へ。手数料を聞くとこの額面の半分ほどの金額を提示される。えっ? 1万円以上の額面でもないと手数料が高くつくだけ…。「ちょっと考えさせて下さい」と止めて持ち帰ることにする。
この小切手をこのまま使うには、またカダケスの参加出品料として返送して代価としてもらうのがいいだろう。まだ要項は来ていない。小切手は無くさないように。


午後から雨もよう。

昨日、午後からパソコンのことでA画廊のCさんを訪ねる予定だったが、同時刻から版画教室のあったことを忘れていた。千葉さんに謝りのメール送信。
13時から教室。Oさん。お喋リしながらも銅版画を完成させ2枚刷るOさん。他にもドライポイントを作って16時過ぎには帰っていった。来週Oさんは映画「真夜中の弥次さん、喜多さん」を見る予定だそうだ。私も気になっている久しぶりの日本映画だ。



かみさんを迎えに行き帰りに接骨院。途中コンビニスタンドで東奥日報の夕刊を買う。先日の取材記事がそこには掲載されていた。思いのほか大きい囲み記事に驚いている。しかもカラー。 関係者のみなさま、ありがとうございます。

私がこのHPを始めてそろそろ5年目になる。
コンテンツはご覧の通り版画(教室)に関すること・日誌・作品画像が中心。更新するごとに段々コンテンツを増やし告知やリンク集、手伝ったイベントの報告アーカイブなど、見やすさに注意しているがどうだろう。雑然としていないか。
告知では聞こえ届く地元のART関連から遠くで開催される友人等の展覧会などを中心にアップしている。横の繋がりこそ要な訳である。関係者に感謝しながらも、自分ではお節介なことだと思っている。

今後個々人での情報発信はもっともっと多様化個人化するだろう。ネットを取り巻くモラルやコンセンサスが今以上に普及し一般化すれば、書く側も読む側ももっと有効に利用でき、感覚的な共有もたくさん生まれることだろう。 そう願うばかり。

それまでこの「お節介サイト」な役目は(誰も頼んでいないけど)勝手にやっていきたい…です。

どうぞよろしく!



横でDVDを見ているかみさん。「星に願いを。」
断片を盗み見しててもストーリーの追える映画だな。純愛? 盛り上がりや感動のポイントなども解りやすい。ロケ地 函館の街並が映画を引き立てて上手く使われている。函館で撮られた日本映画を私でさえも数本知っている。そんな雰囲気を持つ街 函館に今年もまた行きたいな。かみさんはそのロケされた喫茶店に入ってみたいようで画面を食い入るように見ていた。
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by aura-21 | 2005-04-15 01:29
2005年 04月 14日

キリバンの粗品 展覧会

午後から街へ。

mixiのカウンターキリ番を踏まれたk-taさんへ何かを贈ろうと思案して早10数日。すっかり忘れられたかもしれないと失礼してしまった。
今日、その「物」を物色。時間かけながらも県産品の食品としました。
ご笑納あられますよう。


そのデパートの8階 美術工芸サロンで地元県人作家の2人展を見る。
抽象と具象を展示する同じ団体展に所属する作家。具象を展示している方は普段は団体展に抽象的色彩の強い作品を出品しているのだが、この会場には写実な風景画が中心に並べられている。もうおひとりの作家も多方面の公募展に精力的に出されている方。同世代のお二人はともに教師をしながら絵を描いてきて同じ時に退職し以後それぞれ絵を描き続けている方々だ。
あぶらぎったギラギラさをいまだに持つ70歳の作家たちです。

ほかに展覧会を2ケ所見る。
クラフト店での3周年記念の2人展。一方は風景を描く油彩の方。最近はあまり目にしない感じの渋めな画風。すこし色見の濁りが気になったがこうした素朴さに久しぶりに出逢った。古風な目線と地道で奇を衒わない絵。横長の2点が印象的。
市民美術展示館での小品展グループ展。よく解らないが小品には小品の大型作品には大形作品の難しさがありそれはそれぞれ違う質のものだろう。小品の構図や構成をそのまま拡大しても絵になりにくいのと同じでその反対もある。小品展に並ぶ作品にはその事を知っている絵とそうじゃに絵が見える。小品を侮ってはいけない。物理的な大きさが必ずしも作品の発言する声の大きさではない。小品の方が難しいという意見もある。ここでも厳しい感じ。

A画廊へ寄る。明日ちょっとPCのことでお願いに伺う旨を話し、世間話などして帰る。丁度かみさんを迎えに行く時間でもある。


告知に。版画家の鈴木吐志哉展(楓画廊/新潟)を追記。
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by aura-21 | 2005-04-14 01:27 | ART
2005年 04月 13日

告知を2つ

リサイクルゴミの日。

加藤 泉さんよりメール。東京での彼の個展情報。
加藤 泉 展「裸の人」2005年 4月9日〜5月7日(SCAI THE BATHHOUSE /東京)

村上善男さんから封書。氏の展覧会情報。
- 北に澄む 村上善男展 2005年 4月23日〜7月3日(川崎市岡本太郎美術館/神奈川)
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by aura-21 | 2005-04-13 01:25 | ART
2005年 04月 12日

箇条書きの1日

かみさんをいつものように仕事へ送る。 ゴミだし。


mixi チェック。はまり過ぎて困る。
時々mixiにも日記を書く。このAqua Diaryと2本も連載を抱えている(笑)
日記とはいえ同じ1日であるからネタに困る。回避出来ずにダブった時にはすこし視点を変えて書く努力をしたい。そうすれば複眼的に書いた対象がすこし立体的になるかも…技術がないのでまだ試してはいないのだが。


先日の東奥日報の取材された記事は今週15日(金)の夕刊に載るもよう。

夕方、かみさんといつもの整骨院。肩のこりがきつい。


先日に買ったDVD「泣いてたまるか 3」をまだ見ていない。実は2も見ていない。
渥美 清の連続テレビ番組には「棟方志功」もののドラマがあった記憶。
貧乏時代の交友関係や妻との話だったと思うが今断片的に振り返っても現実の棟方とは違う東北版「夫婦善哉」か絵描き「出世物語り」みたいな印象がある。
それは完全にフィクションなのだが、棟方役の渥美 清がやはり演技力とキャラでおもしろく引っ張っているドラマだったような気がする。
オープニングの「ダイヤモンドは買えないけれど軽石ぐらいは買ってやる」みたいなフレーズが頭の中に残っている。それはコメディアン渥美 清の特異の口調。(幽かな記憶の印象なのだが)これもDVDで出ないだろうか。確かめたい。



告知に。
小島郁子展「空とひとり」(ナノリウム/富士吉田市)
安田修平 陶展(青森中三 8階美術工芸サロン/青森市)を追記。
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by aura-21 | 2005-04-12 01:24
2005年 04月 11日

三戸から 青森市内の美術

11時、三戸町の版画研究所に勤める栗田さんが青森駅着。一緒に国際芸術センター青森へ。今月15日までセンターに滞在し制作中のPatricia Wilson-Adams さんの版画制作を見学させてもらう。お昼過ぎに事務所を訪ね面会を介していただく。市内在住のTさんも自分の版画制作でPatricia さんと一緒に創作棟で仕事をしていた。
Patricia さんはその作業の手を休めて自身の作品のスライドや制作途中の作品を見せて説明してくれる。外国の作家はこうした「理解してもらう」機会を非常に大切にし尋ね来た者に時間とエネルギーを割いてくれました。
ありがとうございます。
銅板にエングレービングと電動ドリルを使ったドライポイントによる版画です。非常に素直な温かさのある手仕事です。小さな本や版をキルティング的に縫ってつなげる版画は額装されるのではなく壁面にインスタレーションされるもののようです。

Patricia Wilson-Adams Exhibition
刻まれた記憶—詩と風景の版画(ENGRAVED MEMORIES)
4 月24日(日)〜4 月30日(土) 感覚ミュージアムギャラリー

今回の滞在はそのための作品制作です。展覧会のご成功を!



そのあとに市内数カ所の個展会場をまわる。
神田正信 展(NOVITA)。弘前在住の作家。私はDMや印刷もの以外で初めて作品を見ました。油絵ですがそのマチエールがざっくりとアブソルバンな肌合いというのだろうか、ざらざらした肌理のあるテクスチャーは実物を見ないと判らないだろう。

栗田さんと(私は再度だが)一緒にMAJIO個展へ。しかし会場の作品は昨日で撤収され30日までの会期は作家の都合で中止されたとのこと。
理由は彼の個人サイトでのちのち発表されると聞く。しかし、周囲の世話人、応援者の方々が中止理由に「?」なのだそうだ。どうしたのだろうか?
展覧会での展示遂行は作家と社会との約束のひとつみたいなもの。何かもっと別な理由があるのか? と勘ぐりたくなる。それくらい唐突な中止だった。

柳谷暁彦展「文字について」(西衡器 ゼフィルス 第1回企画展)。
かなりビビッドな色見と文字をモチーフにした油彩作品17点が並ぶ。今回は80号サイズが最大でそれ以下の小サイズの作品が多い。
会場に置かれた茂田有徳氏(美術ライター)のテキストを読む。

「… 文字をモチーフにした柳谷の作品には、確かに多くの他者の意識がひそんでいる。それらが色面に反映された柔らかな価値観と止揚されることで、歴史的な垂直性(時間)と同時代的な水平性(場所)の双方からとめどなく他者の声、すなわち「欲望」が流れ込んでくる。…(略)… 画面に描き込まれた言語 = 他者が我々を見つめるまなざしは、魔術的な作用をもって必ずや主体に何か働きかけてくるだろう。まずは、まなざしに「気づく」ことからはじめよう。…」

描かれるその絵筆の運びからいくと「油彩」という質の重さが気になるその塗りこめ方。筆触や絵具の厚さに強弱/硬軟の使い分けがあまり窺えず、私には些か剛直すぎて見え、力みがあるように感じた。

郷土館へ。佐野ぬい展(再度の入館、でももう1回位来たいかも)
閉館前の1時間を作品の前に立つ。やはり残念なことは会場の狭さかもしれない。作家自身が持ち込んだ作品を館側はひとつ残さず県民に見せたいという思いで詰め込んでしまったと聞く。入場者からの意見では柱が邪魔だったり会場が狭いという指摘は多かったそうだ。しかし作品を全部飾ってくれた館に対して佐野さんは何も言わず了解し感謝したそうだ。心情的には解る。

栗田さんを駅まで送る。


今年度の三戸町立現代版画研究所での講座カリキュラムで「銅版画」を依頼された。まだ内容や期日も未決定だが、そうしたオファーがあったので前向きに受けて立ちたいもの。どうぞよろしく。栗田さんの来青はその打合せもあった。
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by aura-21 | 2005-04-11 01:20 | ART