AURA版画工房 日誌部 「むげたほげ」

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2005年 10月 31日

ジターヌ作品入れ替え

洗濯。メールのやりとり。個展準備の締きりに気ぜわしかったのも昨日の搬入で一段落。次の事を始める前の小休止。

夕方にジターヌへ。
初めて「モカ」を頼んでみた。美味しい。これがモカなんだ〜。
豆も購入。

10月も今日でお終い。明日から11月か…早いものです。
ジターヌに掛けてもらっている作品を交換する。
昨年末に作って今年1月の岩手県美での「こども わーくしょっぷ」のリーフレットで使われた作品を額装してみた。小さな版画です。

親戚の婚姻届の保証人に名前を書き込む。初体験。

自分の婚姻届には誰が保証人になったっけ? とかみさんに聞くとそれぞれの「母親が書いた」という。すっかり忘れてる。記憶のいいかみさんは「婚姻届は書き損じがあってもいいように2枚用意したけど2枚とも書き損じがあって、訂正印を押したものを出した」という。そんな婚姻届じゃ効力ないから「私たちはまだ結婚してないかも」と嬉しそうに話す。どういう意味じゃ? 不吉。
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by aura-21 | 2005-10-31 15:36 | 版画
2005年 10月 30日

版画個展の搬入

五戸のギャラリーさくら(特別養護老人ホームさくら荘内)での版画個展が11月に開催となる。今日は1日早く搬入となった。
強力な助っ人 小田部君に手伝ってもらい作品12点を搬入/展示する。

新作4点は確保したが他8点は旧作品にする。旧作とはいっても青森市内で展示したことがあるのは2点のみ。作っても再度の展示機会が少なく結局は家の隅でそのまま眠っているばかり。もういちど並べてみたい。朝からごそごそ選びだす。

11時過ぎて 助っ人 小田部君到着。彼の大きな車に積み込んで出発。かみさんが家の車で後を追う。東バイパスの小巾亭で早めの昼食。国道4号線からみちのく有料を抜けて五戸のさくら荘には14時前には到着。
(みちのく有料ではかみさんの車は後を付いて来るのに必死だったらしい)

数年分の展覧、こうした機会は自分にとっても初めてだった。
旧作は2002年と2004年の作品。数年の時間差が歴然とした絵柄の変化に現れ見せている。もちろん手法は全て同じ「ドライポイント」なのだが。
今回の新作は手慣れたというよりもクドクなったかのようだ。
3年前の方が気負いのない「スッキリした作風ね」とは同行したかみさんの言。
確かにこうして並べるとそれがハッキリしてくる。

2004年の作品のうち2点は公募に出品したもの。
それが一番力んでいて全体の中でバランスを崩しているとも見える。
公募などの場合その力みが個展で見せた時にちょっと重くて煩わしく見えるのだ。多分それは多くの作家の出品作の中で大声で叫んで自分を主張することが公募作品に要求されるおおかたの傾向だからか。心休まるような種類とは違うので、こうした静かな個展会場では異質な響きというか異彩な空気をだしてしまうようだ。
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こんなことやあんなこと、、、など、こうしたプチ回顧な展示ではっきり見えてくる。



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[写真は盛岡の長谷川 誠さん撮影の画像を転載させていただきます 感謝]


夕方から大切な用事があるという小田部君と現場で別れて、かみさんと八戸方面へ。食事を済ませてから「イオン下田」へ。パンツとピンクのTシャツを買ってもらう。珍しくかみさんの見立て。これがすごい色のパンツ(下着じゃないよ)である。上には黒か紺系のジャケットが似合うだろうが気に入るものがなかった。かみさんは自分の気に入るものがなく何も買わずに店を出る。

家まで運転。20時を過ぎているが八甲田を抜けて帰る。「山道の運転が恐かった!」とかみさん「服を買ってあげたのに、恩を仇で返された」とご立腹。






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by aura-21 | 2005-10-30 21:35 | 作品画像
2005年 10月 29日

雨雨  支離滅裂  ARTというオブラート

母を病院まで送り迎え。大粒の雨の中を車で待つ。スーパーで買物。
食品が冷蔵庫内にスカスカだと落ち着かない母である。

帰宅後のメールチェックで驚く話を知る。本当かよ!? 
暫時静観か? 何か行動が必要な時なのか? 
どうなるんだ? どうするんだ!? 後任は?
組織というのは何を考えているのか。
目先のことじゃない「百年の計」を念頭に置いて動いて欲しい。



「ARTというオブラート」
黙ってひなたぼっこしている老人やスーパーで買い物をする主婦、通勤ラッシュに揺られて職場へ向かう人、遊ぶ子供…
それぞれにARTという名のオブラートをかけると「作品」になっちゃうような不思議さ。ARTが社会と繋がっていることを証明したいというのもあるが「なんでもあり」な手法で社会との連結や接点を無理矢理に求める姿勢にも疑問はわく。

以前にはその内容の難解さや時代の先を行き過ぎたかのような変さをカモフラージュする巧みな言葉が「ARTだから」であった。いまだに時々解らなくなるよ。
ARTは「ムズカシイもの」だったんだ。「ワカリニクイもの」だったんだ。高尚なものとは言わないが、なにやらそんな空気を匂わせて成り立ってたんだ。
が、いつの間にか逆にARTが表面を包む口当たりの甘いものにでもなったかのような「ART流行り」。その甘味は本当のことだろうか?

ARTが身近になったのか遠くになったのか。オブラートで包まれているものは何なのだろう? 包装するARTは何かを包み隠して見えにくくさせる。



午後から明日の個展 搬入の打ち合わせメールなど2回やりとり。簡単に。
O君に明日はお世話になります。どうぞよろしく。
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by aura-21 | 2005-10-29 15:33 | 雑感
2005年 10月 28日

製作作業中

日中、残りのパネルを作る。
昼過ぎ 資材屋のA商店までアクリル板を買いに行く。3mm厚の三六判を4枚使う。指定サイズにカットしてもらい 33,852円(断裁料 TAX 込み)後部シートを倒してギリギリ積載可能。割らないように静かに帰宅。

夕食後に3点を額装。明日あと1点を。



若い人の作品、中年の人の作品、老人作品というのがあるとしても、それは実際の年齢が作品に現れているわけではない。可能性を感じさせる作品であり、齢を重ねた技巧のある作品であり、人生を語るような深さを持つ作品であるだけだろう。作者の実年齢と違う場合が多い。

文化はゆとりとか安らぎは与えてはくれない。この忙しい時代にそんな流暢な活性剤など有効だろうか?
しかし一瞬でも立ち止まって周囲を見渡し自分の考えを再考し神経めぐらしたりすり減らすくらいのことをしないと、この先を生き損ねる危険はあるだろう。
現代の文化なんて〜のはその「世界認識を試す場所」なんだ。目の前のうさん臭い「文化」をよく知らずに先回りして「文化ですね〜」とか言い切ると墓穴に嵌る。文化かどうかは自分で決める。そのネタでしかない。
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by aura-21 | 2005-10-28 15:31 | 雑感
2005年 10月 27日

工作中 映像の弘劇

パネル用のベニヤや角材を買ってくる。
プレス機の周囲を片付けてパネルを平おきにしながら製作。場所ばかりとるので1枚づつより作れない。木工ボンドの乾きを待つ。仕事遅い。



DVD「愛と不思議と恐怖の物語」7人の巨匠がおくる7つのショートストーリー。

ツタヤの新作コーナーで発見。2002年8月に関西テレビで放映されたもののDVD化。7人の巨匠(鶴田法男、下村勇二、片岡英子、鴻上尚史、中田秀夫、ケネディ・テイラー、黒沢清)が贈る「摩訶不思議なオムニバスショートストーリー」(うたい文句より)
本作5番目に入っている「進路指導室」は中田秀夫監督。脚本に長谷川孝治氏、出演者は福士賢治さんはじめ弘前劇場の面々。これは見なければ、と新作1泊レンタル。弘劇ファンにはすでに周知のことだろうか。

家庭用ビデオ風な映像。それはどういう処理なのか詳しく知らないが、映画フィルムの質感とは違った画質、そういう感じ。どの監督も代表作はヒットしているけど本作品では気負わなく(すこし物足りない?)、実験的なショートムービーオムニバスです。パッケージから来るオドロオドロした感じよりはコメディとかサスペンス風味を土台にしているようだが「進路指導室」だけすこし重いかな。

「進路指導室」
弘前劇場の主だった役者さんの出演。映像に撮られるとちょっと勝手が違うようで濃すぎる印象も。それが持ち味の人もいるし脇で出てる方が印象強く残る役者さんもいる。主で演じてる役者さんの表情に変化が少ないせいか…怒っているようで恐い。
弘前劇場の芝居をみていると「映画的」で「絵画的」な舞台の構図を以前から美しいと感じていた。緊張感も。芝居ってどこでも舞台の配置/構図も計算されてのことだろうけど。芝居のほかにも朗読劇とかラジオドラマで弘劇の脚本は本線と複線の多層なニュアンスで動きの交差にわたしなんかは鳥肌がたっていいんだけど。
映画は指導室1場でのシチュエーション。煽ったり俯瞰したりのカットを多様すれば「映画風」に出来上がるかもしれないけれど観客席の目線が多い。無理に映像風味では弘劇らしさ(脚本も含めて)のスタイルが消えちゃうかもしれない…と思いながら。弘劇スタイルの空気感みたいなものへの固執がこうした感じに出来上がったのだろうか。主演の女性はヒロゲキの俳優さんか?「優等生すぎる孝行娘だなぁ」と感想。演技の良し悪しや上手い下手ではなくて彼女だけ色味が周囲と違う。映像では(いい意味でも)ごまかせるところや映像に合う演技とかがあるものなのだろう。
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by aura-21 | 2005-10-27 15:29
2005年 10月 26日

工作仕事 お食事会

11月の「ギャラリーさくら」での展示のため作品の額装準備。
主に工作仕事…

作業をしながら文化公共施設について想ったりもする。
具体的に「どこの」という訳でもなく。
いつも来客数だけで判断されるがそれは奇妙なことだ。街の文化の顔であり歴史であり、見えにくいものをどう公にしてゆくかの理念も含んだ形(建築も事業も)なのだ。その気になればいつでも利用出来て、行きたい時に行ける場所であるはずのもので、決して「ないがしろ」には出来ない。
病院は病気になった人(時)に必要であり病気でない時には必要ない…というものではない。同じだ。医療技術の蓄積のように文化の蓄積はどこかで誰かが遂行していなければならない。施設はそのコアとしてあれ!…というだけのことだ。
複雑怪奇な政治と経済の背景が臭いたつのは解るけども解せない。

…と、手が停まる。自分の作業も技術不足に財源不足…



19時よりSM邸にてお食事会。かみさん共々招待戴く。オジャマシマス。
ほかにも6〜7人の招待客とともに。
う〜ん、美しい洋風料理でテーブルは埋め尽くされる。
美味しく胃袋も満たされる。
先に車で帰ったかみさんを忘れて飲んでました。
最後は芋焼酎のお湯割りを抱えている私です。
ごちそうさまでした。
参加者のひとりに家まで送って戴く。ありがとうございます。

青森も日中の放射冷却か夜は冷えます。

かみさんはもうすっかり寝入ってました。
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by aura-21 | 2005-10-26 15:34
2005年 10月 25日

天気ばかりいい

最近は夜更しが多い。だから朝になってもぜんぜん疲れがとれていない感じ。
起きるのと寝付くのがシャキッと出来ない。体は正直に老化しているのだろう。

朝はかみさんを送ってゆくために時間になるとだらだら起きだし、だらしない姿で運転シートに座っている。その姿を「普段と一緒」という言も否定はしない。
朝に着込んだフリースを終日着たままで送る。
どこへも出かけない時にはそういう感じ。
少しばかりの身だしなみすら「どうでもよくなる」のは心がささくれている証拠だ。

きょうも天気がいい



五戸「ギャラリーさくら」は「社会福祉法人さくら会」施設内のギャラリー。
ギャラリー専門業ではない。展示される絵や版画や生け花などなどを介して地域や入所している人との交差点に小さな窓を開けて清新な風を通そうというような思いではないだろうか。だからそれだけ自分でどのように展示のご案内をしていいものか迷うところもある。あちこちにご案内しても距離的な問題だけではなく配慮が必要かもしれない。

絵(版画)の「出前」とか「貸出し」な感じだろうか。
見てもらうということでは同じだし、見てもらう人の数の問題でもない。数を念頭に置くのならば別な手法を採ればいいのだから。
ここは立派で素敵な空間だと思う。

展示内容は壁面の高さから普段のサイズよりも幾分大きめのものを選別しなければいけない。準備できる数にも制限があり過去に作ったものまでかき集めての出展になる予定。もちろん新作も潜り込ませたい。前回よりもバラバラな感じになるが4年分のミニ回顧な風味だろうか。

来年6月に弘前では初めての個展を計画している。
このところアルミのドライポイントばかりに熱中?しているので久しぶりに銅版画を展示しようかと思っている。準備に入らないと。雪の下での準備だ。
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by aura-21 | 2005-10-25 15:27
2005年 10月 24日

the Straight Story

月曜日。お天気はまずまず。雨の日の翌日は気持ちよく晴れ渡るから。

ホーウページをいじった午後には銀行へ。外貨預金から出品料をおろす。イギリスのミニ版画展への出品 審査料。
外貨引き出しには1ドルに付き2円の手数料。換金よりも安い。
作品送付のためのフォームを書き込んで出品料の15ドルと一緒に梱包。
「プリンテット マター」。

しかし要項書いてて気づいた。モノタイプってダメみたい。落選してもいいから出すけどね。この項目は前回の要項にはなかった項目。多分2年くらいもカタログ作って展示販売で英国内を巡回するのに「モノタイプ」じゃ採算とれないってことかもしれない。郵送の手数と作品ストックの意味も含めて入選作品にはあらかじめまとめて10部とか送って欲しい旨が書かれてた。見ないようにしようと目を閉ざしたんだけどさ。 出品料と送料の無駄かな?最近はなんだかこうした無駄が堪らなく愛おしい。自分のへそ曲がりなところに愛着してもしょうがないのになぁ。



DVD「the Straight Story」(デビット・リンチ監督)に泣いた。
老人ってなんだろ。苦い過去とか青春を抱えて歳をとる姿は誰もがみな一緒なのか。兄に会いに行く弟というまったく単純な物語にグッと来ちゃっう。俺ももう中年かぁ?
「歳とって最悪なのは若い時のことを憶えているってことさ」本当かい?
なんだかぼろぼろと涙して嗚咽と鼻水。どうしようもないね。まだその年齢を迎えてもいないのにこうも同調しちゃうのは「なぜ?」


この映画とは関係なく、敷衍して思うこと。
若者にとって大人はある意味で「敵」だった。大人にとっても「若者」は敵と映るだろう。中年になりかけた(なった)今の私にとって自分以上の年長者はいまだに敵だろうか? そして今いる20代は正体不明の敵だろうか?

自分の年齢をいまだに自覚できていないことを社会的に突き付けられる。
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by aura-21 | 2005-10-24 15:25
2005年 10月 23日

東奥美術展の画家たち

雨 昼食をアップルパレスにて「お得な限定ランチ」。

県立郷土館 「東奥美術展の画家たち」展 - 青森県昭和前期の美術 - を見る。

私は美術の歴史や流れを垣間見れる展覧会も好きだ。青森県の美術史に残る作家が多く含まれたこの展覧会は、カタログなどでしか知らなかった作品(作家)の実物を見る貴重な機会となった。
「昭和6年に開始された東奥日報社主催の東奥美術展は県内全域をカバーした唯一の公募展」(同展 リーフレットより)であり同社のキャンペーンで熱気は高まった」

今 純三 野沢如洋 棟方志功 阿部合成 下澤木鉢郎 名久井由蔵 田沢八甲 鷹山宇一 橋本はな 常田 健 佐藤正夫 須藤尚義  小島一朗 等々。会場に並ぶ作品がその作家の当時の出品作や代表作と一致するわけでもないのだけれどもその時代の空気は伝わってくる。今から見るともちろん古ぼけて見えるかもしれないが若い彼らの苦戦の跡は今も現代の作家によって繰り返されていることだ。

昭和32年に一般の部門が廃止され「東奥児童画展」のみが現在も続いている。
「美術の登竜門としての役割を終えたが、青森県の美術界が大きく飛躍した時代、昭和前期の美術を牽引した東奥美術展の役割を再認識する必要がある。」(同展図録より 学芸:昆 政明氏)

13時半から今 純一郎氏による記念講演会「東奥美術展と今 純三」が開催。ホールにて聴講。純一郎氏の父親は今 純三である。青森県において(多分日本においても)銅版画の先駆けではないだろうか。氏による父像は家族だから語れる「困った父親像」を含んでいて話に血が通う。美術家として県史においても重要な作家であるが純粋であったがために寂しいものがあったかのようだ。

同展は11月27日まで青森県立郷土館にて。告知に追記します。

弘前からK君も聴きにきていた。
展覧会を3巡りしてから一緒にジターヌで珈琲を飲む。



昔の画家は洋行から帰朝した画家の輸入した洋画の最新トレンドをみんなでありがたがった。しかしこの傾向は現代でもあまり変わらない。ネットで検索すれば大概のことを情報として入手可能な現在、昔の人ような粗雑な白黒印刷物から想像力で多くをカバーして新しい傾向を貪欲に自らのものとしようとする時代とは違う。今は手軽な分だけその「想像力による補い」ということが少ないかもしれない。
見ている画像よりもその想像力の方に意味があるように思う。
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by aura-21 | 2005-10-23 15:21 | ART
2005年 10月 22日

雨。
午前中に母を病院へ。
かみさんを美容院へ送る。
自分は額屋と床屋。頭部がさっぱりした。
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by aura-21 | 2005-10-22 15:20