AURA版画工房 日誌部 「むげたほげ」

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2006年 03月 31日

年度末

年度末。明日からの新スタートに供えて準備が進む世間。新入学、進学、引越し。変化について行けないねぇ〜、私。
必死にすべての変化に追いつくためい歩調を無理矢理合わせることもないだろう。自分の中で譲れない不動な事を大切にすることの方が今は重要な気もする。
まぁ、そう言うわりには振り回されていますけども。



銅版画の展示も予定している6月の個展。版を断裁しながら、腐蝕のカンがだいぶ鈍っていることに「こりゃたいへんだ…」な気分。明日はまとめて銅板を断裁して版を作る計画。4月になれば…。いやいやもうたいへん。
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by aura-21 | 2006-03-31 17:20
2006年 03月 30日

雪雨 送別会

雪雨がしょぼしょぼと降ります。
肌寒く、だま春に近寄ったり遠のいたり。

銅版を切る。もう2ヶ月後には展覧会、ながらも、進んでいない。



大学の先輩 田村晴樹さんのサイト「日々の水彩」はほぼ毎日そのトップ画像が変る。
今日は紙版画が貼付けてあった。初めて見た彼の紙版画作品。1974年の作とある。

小学生や幼稚園児が最初に体験するのがこの紙版画だろう。
技法はシンプルなほど隠すことのできない自分の中のものがそのまま出てくるだろうと思われる。怖いことだがうなずける気もする。素っ裸の自分がそこに現れる。過日、ある方と話してて書の話になった。その方は「大作よりもその人の書いた手紙とか鉛筆書きの文字を見ると力量がはっきり解る」という。絵画でもそうではないか、とその方は言う。落描きやスケッチの類を見るとその作家の絵についての事がずいぶん解ってしまうともいう。
技法は時にその作家の本当の力を倍化して実像よりも図体を大きく見せているのかもしれない。いや、それも含めて作家にとって技法は「技」なのだ。武道もスポーツも音楽の演奏も技の切れ味を磨くことも鍛錬のひとつ。鍛錬が作家にも必要だということに異論はない。
美術家の誰に対しても「スケッチやイタズラ描きで描いたものまでも見せてほしい」とは言えないが、もしそういうものを目にする時に見えるその作家のくだけた部分やもっと気どらない部分に興味を持つ鑑賞者もいるということだろうか。そこから初めて見えるものもあるのだろう。興味の対象は多様化する。

夜19時よりTさんの送別会。県内での異動だが18名ほどが参集。
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by aura-21 | 2006-03-30 17:18
2006年 03月 29日

パンと珈琲 版画教室

お天気がまた冬に逆戻り。日中もずっと雪が舞う。
午前中にpote31でパンを買い、ジターヌの美味しい珈琲を飲み豆も買って帰宅。




午後から銅版画教室。雪の舞う中をご来訪。今日初めて教室に来るその方はネット上で知り合った方。お互いにネットでしか知らず初対面。あぁ…むこうには私の写真画像が知られているか(笑)。なんだかドギマギするねぇ、自己紹介。ハンドルネームで呼び合ったりして、もちろん最初だけね(笑)。
銅版はエッチングの1回腐蝕と試し刷り、アルミのドライポイント制作。
毎度自分の説明の悪さを頭の片隅で舌打ちしながら、説明をちゃんとしようとすればするほどくどくなる(自覚)。教えるのってむずかしい。
また作りに来て下さいね。
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by aura-21 | 2006-03-29 17:17
2006年 03月 28日

ラジオ

額屋さんに借金返済。店主と絵の話など。

デッサンの重要性は「デッサンを必要とする作品にとって必要だ」と会話の流れ。必要としなくてもよい作品もあるのは棟方志功、彼が東京の公募展に出品し落選を続けていた当時 指摘された事「デッサン力がない」。彼の作家としての成功とデッサンを極めたかどうかは決して連動していない…とも言える。
さて、現代美術ではデッサンはどう関係するのだろう。やはりその作家の作品を見てみないと一概には言えないが、デッサン力のあるなしでは作品の良し悪しは決まらないというあたり同じ感想に繋がる。デッサンを何と捉え、どう捉えるかに因る。



夜(8:05〜8:55)NHKラジオ「ふれあいラジオパーティー」に先輩の古山浩一さんゲスト出演。彼の肩書きのひとつに「万年筆画家」があるが「カバン・コレクター」でもある。
「男のカバン 女のバッグ」と銘打った今夜の番組タイトル「袋の口をひもで締める巾着や、印章や薬などを入れて越に提げる胴乱など、昔から袋物の種類が豊富な日本。しかし明治以降、洋装への移行とともにこれらも変化した。今では誰もが持ち歩くカバン、バッグをテーマに語り合う。」に他の2人のゲストとともにウンチク。ほほ〜。もっと聞きたかった。今月3日に青森で逢った時には「一緒のゲストに菊川 怜が出るらしい」と言っていたがバッグデザイナーの野谷久仁子さん(吉田鞄 次女)だった。後からメールで「真摯な方でした。今度工房を訪ねる約束をしました」とレスあり。
また彼のカバンが増えるんだろうなァ。



30日はTさんの送別会。参加者召集のメール。もちろん参加じゃ!
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by aura-21 | 2006-03-28 17:16
2006年 03月 27日

粗食

かみさんは会社の送別会で遅くなるそうで、粗食な夕食。
思ってたよりも早くかみさんは他の参加者のお土産まで4箱(20個)のお菓子を抱えてご帰還。ありつく。
なんだかなぁ、粗食をかみさんの戦利品でカバーしている我家って、ボンビーです(笑)
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by aura-21 | 2006-03-27 17:21
2006年 03月 26日

教室 さぼり

例年は父の命日で墓参なのだが初めて函館までの旅をしなかった。
今年はまだむこうも雪が多いのではないだろうか。


午後から版画教室。Nさん。



このところサイト(主にこの日誌)の更新をさぼっていた。とくに理由も意味もない。ちょっとさぼり気分。もともと自分が自分に課しているだけで志気が下がれば消滅することだろう。自分の中のバロメータ。疲れる時もあるのさ。

今月初めに行われた「ドキュメント Door Door Wonder Round 心の中の美術館・展」の様子をアップした発達保障研究会サイトのIさんからメール。ご覧下さい。
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by aura-21 | 2006-03-26 17:13
2006年 03月 25日

展覧会2つ

晴れ。春らしい気候の中、展覧会2つ。


寒葉斎 建部綾足展 (青森県近代文学館)
 
江戸時代の文人/画家。青森(津軽藩)を出奔した流浪の文化人?。その資料展。
そんな昔の時代の人の仕事はついつい埃をかぶって倉の奥底に眠ってしまったものを想像したが、彼の出奔の理由に人間的猥雑さを感じる時に、保存状態の悪い灼けた紙の上の魚の絵に何か暖かさや時間を越えた身近さを感じてしまう。生き様の片鱗を少しでも知る事で精彩を放つことがある。(如何せん、私にはただ絵を見せられただけでは古くさい骨董のイメージしか湧かなかった)。
並ぶ資料(書き写しの書物)に現代語訳でもついていればその意味も解りそうだが、まずもって音読できない文字列に…感動だ(?)。

三浦孝治展 (デネガ/弘前)

今年1月に一緒に展覧会をしてから早2ヶ月、もう次の作品を描きあげての個展開催は精力的です。(見習わないと!)
アクリル絵画。もっと感覚的に描く事を重視し画面上でいろいろ捏ねくり廻すことをやめ、瞬間的なイメージの表出をそのまま固定し展示することを狙った仕事。50号サイズを最大に小品が中心に並ぶ。多くは黄(或はオレンジ系)の明るい色面だがメディウムを混ぜざらついたマチエールに仕上げその上にクレヨンでプリミティブな線を走らせている。線のまま何かに形を結ばない。「線」は「絵画」に作者の「呼吸」を忍ばせる。画家は画面上に何かを写し取るよりも前に手の軌跡痕として走らせた線のその意味を思考し反芻し再確認し放置する。繰り返される試行。その繰り返しが会場に作者の気配と思想をにじませてゆく。約30点(新作27点)明日まで。
私も同じ考えで自作の生まれる瞬間に立ち会っているつもり。

かみさんの実家に寄りおばあちゃんを見舞う。
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by aura-21 | 2006-03-25 17:12 | ART
2006年 03月 24日

久しぶりのジターヌ珈琲

朝起きたら雪。うっすらと雪化粧というと風情だが、もう雪はいいよ。薄化粧が似合う季節は終わってて、汚いものをすこし隠すようなもの。昼間には消え去る。

「種を飛ばす」行動、別にサクランボの種飛ばし大会ではない。
今描いているヴィジョンよりもっと先に向けて種を飛ばす(蒔く)という感じ。
理想論かもしれない。どこか植物的な行動ともとれる。植物にとって死活問題。草の強靱さ。古代蓮の開花のよう。時間。


母の病院送り迎え。ジターヌで珈琲。やっぱりうまい! マスターは上京準備で忙しそう。
そのあと昼食に中華、毎度の龍園。
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by aura-21 | 2006-03-24 17:11
2006年 03月 23日

うろうろ

午後から外出。
銅板を購入。
蕎麦の「入り〆」で天ざる大盛りを食う。
書店をハシゴ。探してた文庫本を購入。他にも三冊ほど。本の買物は久しぶり。
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by aura-21 | 2006-03-23 17:11
2006年 03月 22日

鈴木正治展

休みをとったかみさんと街へ。それぞれ別行動。陽射しが気持ちいい。

NOVITAに駐車して鈴木正治展を見る。今年87才の正治さん。
1階と4階を使っての展示。彫刻中心の1階の展示作品が面白い。最近はちょっと宗教色強いので抹香臭く枯れてる水墨や禅問答みたいな木彫が多いけれど、1階に並んだ作品は青森の昭和モダニズムや前衛芸術(という言い方もなんだか古めかしいけど)の気質を彷佛とさせます。ここ青森にもこうしたアンデパンダンでダダイストな空気をまとって制作していた作家が居たことに触れました。しかし入口入ってすぐの「小枝」が謎です(笑)…作品なのか?
青森県立郷土館で2004年に開かれた「鈴木正治展」よりも作品をセレクトしてて見やすい印象です。郷土館では作品がごちゃごちゃと並び過ぎてて鈴木さんのしてきたことが散漫に見えにくかった感じでした。
4階では作品の一部展示販売も行われているようだ。



通りすがりにANPOSへ。今年10月に青森市駅前周辺を会場に「全国アートNPOフォーラム」が行われる。昼食に焼そば。


DVD「メゾン・ド・ヒミコ」
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by aura-21 | 2006-03-22 17:09 | ART