<   2006年 06月 ( 30 )   > この月の画像一覧


2006年 06月 30日

鍵閉じ込め アート井戸端会議

蒸暑い。

いつものように朝、かみさんを仕事に送った帰りに珍しくコンビニに立寄る。普段の朝ならまっすぐ帰るのだが飲みものが欲しくてトマトジュースを買って車に戻って愕然!… 鍵を閉じ込めてしまった。どのドアも開いていない。運転席と助手席の窓が4〜5cmほど開いている。が雨避けカバーが邪魔をしてるし5cmじゃ手も入らない。コンビニの数軒先にクリーニング店があった。まだ開店したばかりで掃除中。「スミマセンが針金ハンガーを一個譲っていただけませんか?」と頼んで調達。
前に乗ってた軽貨物の時にも鍵の閉じ込めをした。その時には窓も閉っていたのに見よう見まねで窓ガラスとドアの隙間に針金ハンガーを射し込んで引っ掛けてたら簡単に開いた経験があった。
今回は窓が開いている。針金の先を小さな輪にして窓の隙間から射し入れ内側のドアロックのポッチに巧く輪をひっかけて引いたら「カチッ」っと簡単に引き上げることができドアが無事に開きました。安心と同時にこの車のセキュリティーの低さも確認です。焦りましたがホッとしました。




夕刻より「アート井戸端会議 vol.4」。黒岩恭介氏を講師に「青森県立美術館を楽しむために パート1」が行われた。
会場は古川にある「みんなのホール」。スライドを見ながら「シャガール」について。参加者は5名。

黒岩氏の挙げる青森県立美術館の特徴のひとつに常設展示室の内容がある。その地域ゆかりの作家がこれほど多く一作家一室で取り上げていることの珍しさを指摘する。
近・現代の美術史上の作家を(地域性に関係なく)さまざま数点づつ収蔵/展示する美術館がこれまでに多かったが、ここ数年に新しく作られた美術館でも地域的傾向は少なく珍しいのではないだろうか。岩手県立美術館(2001年10月開館)も萬 鐵五郎・松本俊介・舟越保武を常設の特徴としているが、青森県美は棟方志功をはじめ今 純三、成田 亨、寺山修司、工藤哲巳、斎藤義重、工藤甲人、奈良美智 等々バラエティーに富んでいる。特徴となって来場者に青森の美術の作家性や表現の特徴の一端が伝わる事と思う。

開館記念展の「シャガール」。
県立美術館の所有する巨大背景画「アレコ」を目玉としながらも「今更 シャガールですか?」という見方もない訳ではない。(私も1980年に読売新聞社主催の「郷愁に生き 愛に謳う 巨匠 シャガール展」というのをまだ美術館のなかった巡回先の岩手県民会館で見ている)
美術館準備室在職時から推進監としてこのプロジェクトに加わっていた黒岩氏も「どうせやるならば新しい切口でシャガールを紹介したい」と、今展では「アレコとアメリカ亡命時代」に焦点を当てての展示となったという。

シャガールは作品を手元に置く間は何度も加筆しどんどん絵が変貌する傾向があるそうだ。アメリカ時代の作品がなかなか残りづらいことで今展用作品収集に困難さがつきまといながらも海外展を手作りで組み上げた事業は美術館では新しい試みではないか…と語る。(この種の展覧会は今まで大手の新聞社がやる形式の展覧会ではないか…という見方…確かに1980年に私が見たのもそうだった)

黒岩氏のお薦め作品は「天使の墜落」(1933〜1947)という絵。赤い天使が落下する絵柄。実物を見るのが楽しみである。

シャガールがアメリカにもたらしたもの、アメリカがシャガールにもたらしたもの…を明確に検証し提示できたならば今展も意味深いものになるだろう。黒岩氏はアメリカの抽象表現主義の先取りをしているのではないか…という私論ながら、異論はさまざま。
その辺のテキストは展覧会のカタログに詳しく掲載…の予定とか。

今月20日に斎藤義重作品の常設設置のお手伝いで美術館に行った時に「アレコ」を見せてもらった。感想は実物を見た方々がそれぞれに持つべきだろう。で、私の感想は…アレコそのものよりもアレコホールの空間が作品に対して狭すぎる印象…を持った。劇場のような引きのある場所で客席から遠めに見るのと違い、映画館の一番前の席で見上げて映画を見るような息苦しさをおぼえてしまったのだが。

常設・企画を含めて準備は着々とすすんでいることと思う。青森県における県立美術館の待ちに待った「登場」である。
美術館の理想と現実がこの県に何をどのように舞い降ろさせるのか…それが「赤い天使」なのか「白い天使」なのか…
もうすぐ開幕である。

黒岩氏によるアート井戸端会議「青森県立美術館を楽しむために パート2」は7月 8日(土)に同じ場所で18時〜20時で行われる。

その後に近くのカレーショップへ。車で行ったので私はアルコールは飲めないのだが、グラスに半分ほどワインを。(覚まして帰宅)
この店のカレーが前々から気になっていたのでよい機会。う〜む、辛い。
[PR]

by aura-21 | 2006-06-30 22:05 | ART
2006年 06月 29日

ミチバタの打ち合わせ 企画的

今日も晴れ渡った。

朝から忙しく資料の準備をしたフリして昨年の「ミチバタ版画」のため作った資料をたずさえANPOSへ行き10時から三澤さんとキッズ・アートの打ち合わせ。

7月30日に八甲田丸前の広場にて行われる。開始時間はまだ流動的か? 当日同じく八甲田丸船内でドキュメント映画「TAIZO」(一ノ瀬泰三)がある。
7月22日と23日に国際芸術センター青森で版画のレクチャーと刷りのデモンストレーション(ワークショップではありません)があり30日のミチバタ版画に繋がる刷りのデモである。内容を構成しないと。レクチャーはセンターの真武さんが担当。その打ち合わせも必要だ。センターは7月1日からのレジデンス展の制作/展示の追い込み時期。打ち合わせどころではないだろう。

帰路 「全国アートNPOフォーラム in あおもり」事務局のTさんを訪ねる。風邪か…微熱状態で頑張っている。
彼女が一番全体の情報を掌握している。調整の必要なことなどをいろいろ伺う。

14時、母を病院へ送り迎え。



19時よりアウガで「全国アートNPOフォーラム in あおもり」実行委員会。
21時過ぎまで。

終了後、商店街のG-Fさんとお茶。パサージュのお店。車なので飲めない。夕食をまだとっていなかったのでピラフと珈琲を頼む。

「全国アートNPOフォーラム in あおもり」では「上を向いて歩こう」企画(商店街の空きテナントで作家が住んで制作し展示する企画)があり参加作家を全国から募集している。私もなにか出来ないかと企画を考えてみた。参加できるかも未定ながら、その内容をG-Fさんに話す。
まぁ おバカ企画であった方がおもしろい。地元なので滞在する必要もないだろうと思っている。
タイトルだけ述べると「商店街の顔役」「芸術大明神」という2つのアイデア(まだ限りなく思いつきの粋を出ない)。
作品を展示するだけではなんだかもったいない。2003年に思考眼展でやった写真を利用した観客参加型の内容の流れで商店街主人と商店街をゆく人とを結ぶような内容にならないだろうか…と思い描く。それが「商店街の顔役」(仮称)
もうひとつは全く信心のないお札作り(木版がいいかなぁ)。G-Fさんに「この近辺は広田神社ですから了解をとれば…」と言われたがぜんぜん信心とは関係ないものを作りたい。いや、美術という信心か?(笑)ちょっとマジに企画を清書してみないと。

帰宅するとかみさん不機嫌。私が食器を洗わずにそのまま外出したので「疲れて帰ってきて皿洗いかよっ!」な不機嫌さ。すみません。帰ってから洗おうと思ったんですけど…パソコン室に退避。
[PR]

by aura-21 | 2006-06-29 13:49 | ART
2006年 06月 28日

気温上昇 カタログ

日中の温度が随分上昇したようだ。気付かないでいた。

終日「ぶぉ〜っ」としている腑抜けな感じ。
こうしている時が楽しい。困ったもんだ。(← 他人事なのも困ったもんだ!)

遅い朝食後に母の病院への送り迎え。待ってる車内の温度は高い!



先週 県立美術館の齋藤義重作品の設置をお手伝いしたギャラリストの松本さんよりお礼のカタログが3種類 届きました。展示のお手伝いの後に「よかったら後ほどみなさんに齋藤のカタログを送らせていただきます」というお約束通り、お忙しい中を送って頂きました。
ありがとうございます。
[PR]

by aura-21 | 2006-06-28 13:47
2006年 06月 27日

検診 借金返済

天気予報の雨は昼近くから的中。夕方には陽が射して蒸暑い。

県病で半年毎にある定期検診、口の中の血管腫。変わらず。次回検診は一年後。
しかしほんの5分ほどの診察に2時間待ち。待ちくたびれた…

ジターヌで珈琲、ほっと一息。出ると雨が降り出した。

午後から母を整形外科へ。週末からの足の痛みも和らいだようだ。

新町へ。雨が強い。
成田本店でボールペンの替え芯を購入。気に入って使っている一番太字の替え芯だが、カタログではもう製造中止のようだ。残っていた2本を買取る。カドリーユでモールスキンの無地のノート購入。奥の喫茶店でチャイ。

額店へ。個展で準備した額の代金、未納分を清算。売れた作品代を全部足しても額代に届かなかった。残念です。
玄関に積まれた額の山。(苦笑 あるいは 狂笑)


夕食は外食。
サンロード青森の中にある蕎麦店「雲海」。割引き対象の天ぷら蕎麦を頼む。
[PR]

by aura-21 | 2006-06-27 13:45
2006年 06月 26日

温泉

終日ほぼ家にいる。何をどうする訳でもなく…。

夕食後に「かっぱの湯」へ。
足を摩ってもアキレス腱はすっかり固まってて動き悪い。みんなに「リハビリしなさい」と言われ続けていながらもちゃんとしないからこーなる。
[PR]

by aura-21 | 2006-06-26 13:45 | 温泉
2006年 06月 25日

志功記念館 駅前探訪

晴れ

10時に棟方志功記念館前でSさんと待ち合わせ。10分前行動のSさんと遅刻常習者の私、10分遅れて着くと20分のお待たせ。
今日が春の展示「森羅万象 - 自然の表現 -」展の最終日。昨夜の井戸端会議でお話した学芸員の若井さんにも会いたくてSさんと一緒に訪ねた。(来週から展示替えで次回からは夏の展示「棟方志功名品展 1 - 神々への讃美」が始まる)
日曜のせいか、あるいは観光シーズンはもう始まっているのか、館内は混んでいる。沖縄方面からの団体さんか…方言が聞こえる。
年間入場者数が4〜5万人という志功記念館、この小振りなサイズでかなり健闘している。何度か平日に立寄ってはいるがその都度入場者は少ない印象を持っていたが侮れません。今日の人の流れはすごいですね。

どうしても観光としての利用が大きいのかもしれない志功記念館。夕べの「アート井戸端会議」でのように、観光という視点よりも本来的に文化・芸術の視点から話題にされもっと正鵠を打つ評価に繋がる「志功」であってほしいもの。やたら盲目的な顕彰で讃えるのではなく、そうあって欲しい。若井さんはそういう意味で真剣に取り組んでいる学芸員さんだ。
(Sさんと一緒に若井さんにお茶をご馳走になったから言う訳ではないですけどね(笑)



一端 Sさん宅に戻り 彼の車で駅前へ。昼食にプロントで生卵のせのカルボナーラ。この店は初めて。おいしい。
何故かパスタはカルボナーラをよく頼む私。

13時半、駅前でもうひとりと待ち合わせて行動。
7月に予定している「ミチバタ版画」の場所調べ、「アート NPO フォーラム」などに使われる八甲田丸とその周辺の視察。
ホームの西と東を繋ぐ連絡橋。出来てから随分経っているがここも7月に解放されるそうだ。
いたるところ利用の可能性が拡がる。

しかし歩いた。足腰が疲れた。今夜はグッスリだわ。

帰宅後にもう一軒 絵を届ける。これで全部かな。
[PR]

by aura-21 | 2006-06-25 13:43 | 版画
2006年 06月 24日

街の部屋 ムナカタ・イドバタ

午前中に母を病院へ。

NOVITAまで車で送ってもらう。嶋中さん 立木さんと久しぶりに会う、とりあえず「お茶」。

7、8、9、10月に複数企画連動&連続&連携して駅前や商店街の空きテナントを利用した「アートなイベント」が繰り広げられる。実行委員と一緒に下見に同行。空室物件が目立つのはこの街、人、生活者、しいては国にとっての問題でもある。景気と経済と商業。一時的にアートでこの場所を使わせてもらう(もちろん家賃は払うのです…かなり好意的な額で)は嬉しいのですが、ここで作ってここで見せることでナニがどうナニするのか?

歩いてみてますます判ります。随分と街中のいたる場所にポッカリと空洞があるものです。住めます。期間限定でもアートな活況を作り出してほしいものです。それはそのままここで文化的状況が次世代に繋がることです(ちょっと楽観的?)。アートという言葉で括っているものがその意味を離れ逸脱して「アート的」であることから経済や景気 つまりは人の心情に活力としてエネルギーを与えて欲しいのが止まぬ願いです。もちろんアーティスト作家が最初からそんなだいそれた思い上りでここに乗り込んで来るわけではないでしょう。彼らは自分の仕事(制作・作品)が社会の中でどのような意味や意義を持つのかを確認しにここへ挑みにくるのです。成功と惨敗と予測できない扱われ方に晒される為に挑むのです。
アートが容易く受け入れられる事の方が稀有なのです。だからアートなのです。まだ商店街側の抱くアートと作家のアートとそれを取り持つ仲介者のNPOや実行委員会の思うアートがどこまで合致しているのか、それすらも解りませんが最初の数歩は歩み寄っているのでしょうか?
まだまだ未知数。



18時より 第3回アート井戸端会議「棟方志功を楽しむために 志功記念館と県立美術館」。青森市新町の奈良屋ビル7階にて。
講師は棟方志功記念館学芸員の若井秀美さん、聞き手に青森県文学館館長の黒岩恭介さん。イントロに若井さんの好きな志功作品紹介から入って志功作品の特徴や学芸員として取り組んでいる事業(7月13日に開館する青森県立美術館とこれまでの志功記念館にて)の紹介から始まり後半は黒岩さんとのやりとりでの志功の魅力の一端に触れる。
その作品の大きさ・ダイナミックさ・荒々しさ・色、形・グロテスク・やさしい色合い・装飾性・絵と文字の共演・現代版画への繋がり etc.。
質問などから知れる柳 宗悦らによる「棟方教育…棟方という原石を磨く」という逸話、海外での受賞に隠された逸話(ヴィエンナーレでの受賞には日本的土着性の要素も作品評価の大きな鍵になったのではないか…出品作品は全て屏風仕立…)、志功像の日本と西洋での受け取られ方の違い、抽象表現主義との関連性 などなど。県民・市民の「知ってるつもり」な棟方志功像を再度捉え直す糸口になるお話。20時を過ぎるまで約20名の参集者に囲まれ行われた。

今日聞いた言葉で気になったフレーズ(志功の言葉ではないが)
・筆による作品は描く作家のワガママが出てしまう。
・大きさは質である。

その後の飲み会。13名ほど。どこの飲み屋も混んでいてやっと流れ辿り着くは「北のまつり」。ND会な風味? NDではよくここに来ましたねぇ(違いは県美の学芸員がここに居ないという事ぐらいでしょうか) 長いテーブルでそれぞれ固まってあちこちと話が弾む。
途中からそこに居なかった?県美関係者が4名合流してきて場の空気が変わる。

何名かで2次会へ。飲んだ飲んだ。
方角一緒な面子で乗り合いタクシーで帰宅。1時半を過ぎている。
[PR]

by aura-21 | 2006-06-24 13:42 | ART
2006年 06月 23日

雑感

晴れ。今日も暑い。

美術館、いろいろあって、全部良いとイイのだけど。
作品の前では美術をやってる人もそうでない人も同じ鑑賞者で時に批評家でもある。
優れた美術品や現代的な問題提起を含んでいる作品は、創作意欲を刺激したり、美術に限らない何かのヒントになったりもする。だから展示作品もそうした「刺激」を多く内包したものであってほしい。
そういうものもあれば、そうでないものもある。
「県ゆかりの作家」の作品にはもちろん一定のレベルがありキャリアがあり美術史的な意義ある評価があるのだろう。しかし作品によっては「過去の威光」であったり「県人顕彰」な性格の強いものも混ざっている。その線引きがどこから、、かは断定できない。見る側の感受性でどんなものからでも現代的な美しさや表現のヒントをもらい、何かを蘇らせることだってあるだろうから。
しかし、総じてローカル美術館には博物館的な展示が多くないか?
生き続ける美術と亡骸のような美術、見分けるのも鑑賞者側の力だ。
[PR]

by aura-21 | 2006-06-23 13:46 | 思いつき
2006年 06月 22日

個展後の

晴れ。

日中に三ケ所ほど個展後の仕事。
昼食に「あたりや」の天ぷら蕎麦をご馳走になる。

お花を頂いた方へのご挨拶。Sさん、Mさんへ作品お届け。
どうもありがとうございます。



大島 渚「悦楽」
あまりに時間というか時代が経ち過ぎててなんだかほのぼのと見てしまった。
現代の麻痺した性描写(そのままの実況映像が手軽にそこにある今)から較べると(較べちゃいけないのかぁ)映画は なんだか文学的だわ。
役者さんが本当にみなさん若いです。そこに若気のいたりだからこその挑戦を見ました。
[PR]

by aura-21 | 2006-06-22 13:40
2006年 06月 21日

街中の彫刻 齋藤義重 展示2日目

快晴。ホテル サンルートへ。
飯塚八朗さん、齋藤史門さんたちをお迎えに行く。
美術館へ向う前にアスパムへ。ラッセランド ねぶた制作小屋に囲まれてアスパムの海側に建つ赤い鉄の彫刻は飯塚さんの作品。1988年青函博の時に美術のコンペで何点か入選し設営された作品の中のひとつ。制作者のネームプレートはどこにもなく、赤い色も海風でところどころ剥がれている。

パブリック・アートの維持・管理はこの街ではどのようになっているのだろう。もちろんそれらの彫刻が永久的に設置される事の方が近年は稀で、有限設置(ちゃんと作家との契約書面の取り交わしがあり危険と判断された場合には文書に則り撤去される)である。美術品を持つことでフットワークが悪くなる場合も多々あるが、そこまで見越して公共に設置して欲しいもの。
これから始まる美術館についても準じて思う。



美術館のすべてがその館の周囲 敷地内に彫刻を置いているわけでもないようだ。聞くところではY美術館は建築家の意向で周囲に恒久設置の彫刻は置かないという。以前に置かれているのを見たことがあるのだが、あれも実は一定期間で撤去しているそうだ。有名建築家ほど作品を寄せつけない傾向がある…という批評を聞く。



美術館へ。昨日のつづき。今日もみなさん黙々と作業を進めております。私はというと足りない材料探しで2回もホーマック通い。東京方面なら簡単に見つかるような部品・素材でも青森ではなかなか捜せなくて、代用になるものを工夫する必要がある。取り付け金具などむずかしいです。

14時半の飛行機で帰らなければならない飯塚さん齋藤さんたちを空港まで見送る。今度はゆっくりお会いしたいです。再会を約してまた美術館に戻る。

午後の作業。高いところに設置する作業は私には恐いです。Sさんや館の若手女性スタッフが楽々と黙々と粛々と作業を続けています。

私はもっぱら目地埋めなどの細かい作業。モデラーでもあるSさんはその目地処理も手慣れていて仕事がきれいです。なんだか時間の経つのも忘れていたら18時を過ぎていました。
作品の一部、動線上へ置くことになる作品もあり、それは後から点検して設置を決定するそうです。その部分は学芸のKさんに任せて終了となりました。

齋藤義重の作品のインスタレーション作品と単体としてのレリーフ作品。その設置形式が図面的に決まっているものと会場毎に変化するもの。設置にはコンセプトとセンスが現れます。良し悪しの判断は開館してから見た人の声を元にまた直す必要のある部分は直してほしいものです。
私には「何故それを其処に配置するのか?」疑問に思う点もありましたので、担当の学芸員の説明など聞いていました。それでもあまり解りません…そういう考えもあるんですね…ぐらい。

すべては開館後にさまざまに話題となれば「美術談義」に繋がるかもしれません。開館を待ちましょう。
[PR]

by aura-21 | 2006-06-21 13:33 | ART