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2007年 05月 31日

デルモ

今日も快晴。

昼すぎにMさんより携帯へ連絡あり。
09さんの仕事でチラシのデザイン(「攻めの農業」…何? それ)に使う人物モデルを頼まれ「Mの部屋」へ。

イギリスから来ているロイスさんと一緒に二人で何か話しているところを数カット撮影。ロイスさんは初めてお会いする若い女性。青森に来て二年とか。イギリスで日本語を習っての青森在住。日本語上手です。二人で何かを「話す」とはいっても「日本語で」です。

しかし、私にはモデルの経験はありません。多分私の写真は「没」でしょう。
ルイスさんは可愛いので是非使っていただきたいです!…ねっ! 09さん!!

緊張して勇んで行った?けど、写真撮影はすぐに終わる。
プロトタイプの素材かとも思われます。(笑)
で、Mさん、09さんの三人で喫茶店へ。でもMさんはPCモバイル、09さんは携帯をイジリだし…「会話」ないです………あああ〜っ
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by aura-21 | 2007-05-31 22:21
2007年 05月 30日

古びない映画 ヒーロー

声の調子は昨日ほど悪くはない。寝違えたのだろうか…枕が合わない?
朝の快眠感は相変わらず「ない」。そのくせ宵っ張りな生活である。



午前中のNHK「知るを楽しむ」(再放送)で武満 徹が篠田正浩監督の視点で紹介されていた。篠田監督の「心中天網島」では音楽担当。まだ未見。楽しみな予告編を紹介されたような気分。

小栗康平 初監督作品「泥の河」をDVDで見る。
昭和の子供、昭和の気配…いや、それらを借りてもっと普遍的なことを見せてくれている。何か? 心の暗部…あるいは暗部のあることでの人間性…だろうか。
少年と大人の世界(性)との被膜みたいなものだろうか…。

成長してしまうと心を動かされていたものが動かさなくなる現状・現実がスクリーンのこちら側ではあるのだ…うまい言葉が思いつかない。



歯ブラシを買い替える。グリップについているラインは滑り止めになっているがそのデザインはウルトラマンのボディのようなライン。近年のスポーツウエアーやシューズもそうした「ウルトラ」なラインが施されているもの多し。

先日文房具店で「仮面ライダー1号」「ウルトラマン」「鉄人28号」「ジャイアント ロボ」「マジンガーZ」「エイトマン」などのヒーローコスチュームをその表面にデザインしたボールペンを見つけた。大人の郷愁を誘う「ヒーローの書き心地」というシリーズだそうだ。値段もちゃんとしてて(多分そのデザイン料かキャラ使用料か?)、もちろん買わずに(買えずに)ニタニタしてみるだけだったが。



すぐに金に変わりえるような文化はない…或いは…あり過ぎる。
そのくせ「文化」の管理は経済や経営と歩調をとらないと成立たないほど「儚く壊れやすい」姿形をしている。その壊れやすさを保護したり壊れるに任せるかの選択も経営力にかかっている時代である。
何もかもに「絶対」と言うことはなくなり、絶対という信念は持ちにくい。
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by aura-21 | 2007-05-30 22:18
2007年 05月 29日

朝 起きたら声がかすれて出ない。昨日も喉の近辺や首筋左側に違和感があった。
母を新しく行く内科病院に送った足でそのまま耳鼻科へ向う。
声の出にくい事を訴える、口を大きく開けてみせる…「まぁ耳鼻科的には喉には癌はないから」と明るく言われ、いつもの鼻、耳、喉(喉のルゴールはしっかりと押し付けられ咽せた)の治療。
声のかすれた原因は「イビキかいてないか?」…自分じゃ気付かない…「そりゃそうだなぁ (笑)」

早めに自分の治療が終わって、母を迎えに行き次の眼科へと送る。
近くの喫茶「ジターヌ」で待つ間に珈琲…うまい…。

昼過ぎにはすこし声も出るようになったか。
しかし家にいてあまり声自体をだすことが少ない。
「声だすぞ」っと意気込むこともない。
日常的に会話がほとんどないので声帯を振るわせる意識が起きない…のよね。



京都で6月1日からあるグループ展用に小品を送る準備。既にあった作品(未発表)で本当に小さなものだが。



手の届かなかったもの、自分の力では掴まえられなかったもの、一度は手にしてもその指の隙間からサラサラとこぼれ去るもの。
失望感・消失感…
…ストレスからか、ネガティブな思考に落ち入りがち。「鬱」傾向なのか。
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by aura-21 | 2007-05-29 22:16
2007年 05月 28日

影 メタボな腹

惰眠…。夕べは20時頃からPS2をしばらくぶりにしていた。また眼・腰・肩に来るのに…懲りない。
取りそびれてたアイテムをゲットし、一時フラストレーションを脱した…けど、それも虚構か。


昼食前に散歩。快晴。
木漏れ日を見下ろして歩く



帰宅すると大臣自殺未遂事件の報道…画面静観してるうちに死亡が確認された。



夕食前に鶴亀温泉。

最近はTシャツなどの腹部の出が強調される服をわざと着る。そして意識してお腹を引っ込めて歩く。意識することですこし締まってくれないか…と願う。安易な…ダイエット方法とも言えない…稚拙さ。
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by aura-21 | 2007-05-28 22:18
2007年 05月 27日

臆病

起き出しても首、腰、腕、足…身体いたるところに疲れと鈍痛…疲れが抜け切らない。
そのうえに、すこしは脱した体調だがどうもまだ精神的には…だめだめ・モード。
ここずっと、何も手につかない…怠慢…。
仕事場をすこし掃除してみる。散らかり放題の状態でモノを右から左へ移動してみるだけ。移動しただけでは何も変わらない…。

なにが原因か…季節的なことか、身辺の変化的なことか、年齢か、スランプか、その全部か? なんだろう。

パソコンに向うと肩や眼にくる。体調の悪さが精神にも悪影響して悪循環しているようだ。
パソコンを止めようにも、すっかり生活に根をはってしまった。

臆病なんだと思う。
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by aura-21 | 2007-05-27 22:11
2007年 05月 26日

弘前

午後から西日に向かって車を走らせ弘前へ。

harappa事務局にて「三上真嗣 個展」を見る。
三上さんは弘前市出身で現在 岩手大学で美術を専攻している。harappa企画で昨年2月にデネガ(弘前)で個展をされ私は二回目。
平面作品を展示。この日は壁に掛けた絵に向かって加筆中でした。その絵だけに加筆中だったのか、これから続けて他の絵も加筆してゆくのか…は聞きませんでしたが…会期が始まってもう1週間は過ぎているようですが…。
会場で作品に手を入れる場合とは…ライブペイントでもない限り…「持ち込んだ会場空間にどうしても合わず気に入らない」か「展示までに作品が完成していなかった」か「意図的に会場で描いて見せることも展示内容」か…でしょうか。大変そうです…。
イラストレーション的な傾向が前回のデネガの展示よりも強く感じる。尋ねると「そういうことを意識して描こうとしている」とのこと。
絵画としての独立性のようなことよりも、生活環境やその絵と暮らす風景に馴染む距離やサイズやマチエールや色相を選んでいるのだろうか。見る側にとって好きなら好きでその絵に意図を汲み取れる。もともと肯定も否定も見る人が勝手に決めればいいことなのかもしれない。どうも会場で加筆するのは不本意そうな顔色だったのだが。さて…。
強く図像(サイン)化されたものを狙った作品とも感じ見える。

スタッフのOさんとNさんとおしゃべり。(まぁ、ほとんどは私だけ喋ってました)

田中屋画廊へ。「さいとう天心 個展」
先月 急逝された弘前在住の木工作家の遺作展。もっとしんみりしたものかと想像していたが会場にいた若い方(ご子息か?)がその友人と話している会話ぶりは至って明るい。さいとう天心さんとは深く面識はない。弘前のクラフトマン関係者で偲ぶ会が行われたそうだ。
まだまだお若い方だったのに残念です。

帰路「たらポッキ温泉」で浴ってから帰る。
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by aura-21 | 2007-05-26 22:10 | ART
2007年 05月 25日

フレンド申請

MySpace でゆるゆるとフレンドが増える。

逢ったことのない人と知り合うのはネット特有のこと。その是非を言う前に、ネットだから(一瞬かもしれないけど)出会えたりクロスできたことを喜ぶべきだと思う。バ−チャルでも現実でもその付合いは続いたり続かなかったりで同じだ。友達や、まして親友は、出会い方ではなく継続する中で培われるというだけなのだろう…たぶん。
しかし、出逢い(継続的な付合い方もどうするものか解らないが)だけでも世界が広がるというのは(脳内的だけとも言えるインターナショナリティ)すごく、これが英語での筆談に磨きがかかって好奇心が旺盛ならば、もっと面白いかもしれないです。出逢いは勢い込んでても疎遠になることだってある。
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by aura-21 | 2007-05-25 22:08
2007年 05月 24日

ヴァイオリン リサイタル

今日も晴れ。陽光を意識してても気持ちまでが解放されていないと、大陽の光は無駄に眩しい。

15時過ぎて温泉へ。毎度の「仙寿・鶴亀温泉」。
電気風呂、浴そう内部側面の電極を躯の前後の位置で浸かっていると腹筋と腰に気持ちよい通電感覚。シビレマス。
メタボなお腹と年老いた腰にジワジワ来ます。

入浴中に車内に置いてきた携帯がメール受信。
「ヴァイオリン コンサートへ行きませんか?」
いつもお世話になっているMさん。
どうもクラシック音楽だと寝ちゃう気がする。でもせっかく誘っていただいて嬉しい。
電話をしてみると、時間的に都合のつくいつもの顔ぶれだそうだ。気心もしれてて緊張しなくていいかぁ。
30分後に会場のエントランスで待ち合わせ。何故か冷蔵庫にあった鎌倉 二寿々の「蕨餅」とオレンジジュースと珈琲を飲んで自転車に跨がる。

国際ソロプチミスト青森の認証30周年記念 チャリティーコンサートは「川畠成道 ヴァイオリン リサイタル」
会場の青森市文化会館はエントランスホールも人で混んでいる。若い方よりも中年以上の年輩層が多く、クラシックファンとチャリティーに協賛する方々が多数を占めているようだ。MさんとTさんが来た。私との間に何人もの知人・関係者と会釈しあっている。彼女らはこうした社交の場での行動を知った大人の女性であるなぁ…と、近づく機会を伺いながら観察してしまう。失礼…

Tさんのお母さん(いつもお世話になっております)が先に入って席をとってくれていた。全席自由ではあるがだいぶ遅れて会場に入った私たちでも前から4列目くらいのいい場所に座れた。二階席まで客の入った場内は静かな熱気…というのかな。ヴァイオリンのリサイタルでありチャリティーの会場には青森のセレブリティが集まっているのだろうけれど、きょろきょろしても知った人は(もちろん居ない)と思ってたら前の席にTJさん、黙礼…「今日はおくさまは?」に「別行動です」。会場中央あたりに従兄弟とその娘たち(セレブ?)を発見…こちらを見つけて小さく手を降っていたので降り返す。

ヴァイオリン リサイタルが始まった。私には初めてのヴァイオリン リサイタル(…リサイタルとコンサートはどう違うのか?…と 検索したら、少人数での音楽会をリサイタルと呼ぶのが一般的使用法のようだ)。川畠氏の華奢な躯と繊細な指使い、過激でテンポよいヴァイオリンの弓の動きに眼が吸い寄せられる。思っていた以上に急角度で変化し動く弓の動作…音にも魅惑されたがその演奏する動きにも眼が離せない。

手渡されたプログラム通りに第一部 T・A・ヴィターリ「シャコンヌ ト短調」、L・V・ベートーベン「ソナタ5番 ヘ長調 作品24“春”」
第二部ではシャミナード クライスラー編「スペイン風セレナーデ」、モシュコフスキ「ギターラ 作品45-2 サラサーテ編曲」、A・ドヴォルザーク「ユモレスク 作品101の7」、A・I・ハチャトリアン ハイフェッツ編曲「剣の舞」、カッチェーニ 寺嶋陸也編曲「アヴェ・マリア」、M・ラヴェル「ツィガーヌ」…その後、アンコールで短いものを数曲。

パンフレットにも書いてあったが最後のラヴェルの曲の壊れたような「歪んだ音」に惹かれる。知ってる曲は耳慣れて聴きやすいがつまらないもの。演奏家の解釈によって変わるライブを味わう。

美術は解説のための専門用語が多いのだろうが、音楽は演奏するための演奏者のための細かい感情のムーブメントを表わす音楽用語が多そうだ。譜面というものの存在とその解釈で幾通りにも広がる世界。小説も朗読する読み手によって色味の違う世界が広がる「ブック・リーディング」のようなものだろうか。黙読で広がる小説の世界が誰との比較もしようがない無限世界な広がりを持つとはいうものの、譜面を誰もが容易く黙読できるものではない。



終演は何時だろう…ロビーではCD販売やこれから始まるサイン会で行列。
その場を後に食事でも…と、新町「MOUSSE」へ。Tさん親子はタクシーで、私は自転車で遅れて到着。
青森サンライズホテルの1階。初めて入る。元ブォーノのマスターがカウンターの中に居て(すこし面識があったので)眼で挨拶され「あらっ」とこちらも黙礼。若い女性をターゲットにしたお店だろうか。オッサンばかりで入ったらさぞ「浮く」ことだろうか。今日は女性二名と三人で奥のテーブルだったのでホッとする。私はビールを、二名の女性はシャンパンを頼んでいた。

料理は飲み物に合うようすこし濃いめの味加減か、頼んだ塩付生ハムの味がそうだったのかな。カルボナーラはテーブルでソースと混ぜてくれる演出…こっちはカルボナーラにしてはあっさり系の味で美味しい。

リサイタルに誘ってくれたMさんが自宅に車を戻してから遅れて合流してくれた。
今日はお誘いをありがとうございました。
私は短くしたMさんのヘア−スタイル とても似合っていると思いますよ。Mの部屋でもそう思っていました。
(えっ? 別にこのリサイタルに誘ってくれたことの感謝でお世辞を書いているのではありません。【笑】)

もうすこしだけ飲みましょう…とパサージュ広場「怒濤の厨房」へ。

偶然にもしばらくぶり(前回何処で会ったか思い出せないが顔と名前は知ってた)でまるぼんさんと遭遇…というか4人でテーブル席にいたら近寄ってきて判ったのだけど…一人で飲んでて話相手が欲しかったのかな…共通の友人の近況などを尋ねる…。

そこへ10名くらいの団体が入ってきた。先頭の巨体に見覚えが…嗚呼、レスラーの三澤光晴だぁ〜!
今日は市内で試合があったのか? 私はプロレスファンではないがこの選手の顔は知ってました…が、名前がその場では浮かばなくて「三澤健司だっけ?…」とかとんちんかん。で、女性ばかりの席なもんで「そうそう」な流れ…適当だ(笑)
人数が多くて我々は別なテーブルにちょっとよけて、空のグラスを持ち上げてレスラ−集団と「乾杯」するポーズ。
…合流するわけでも勿論なく、すぐにその後には店を出ました。(まるぼんさんはまだ残ってました…三澤選手に近づいて胸板 触ってた)

平日の夜、外へ出ても人通り少なし。人口密度のスカスカな時間帯なのに、知った顔とか見たことある有名人に出逢うなんて〜のは同席した彼女たちのパワーでしょうか。なんか、そんな感じの夜でした。

タクシーで帰る三人と別れて自転車をこぐ。月初めにも飲んで自転車での帰宅途中に(どうも)転んだ(らしい)。
今夜は無事に帰宅…でもまた途中で王味に寄り塩ラーメン食べちゃた…メタボなお腹はどうなるのでしょう?
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by aura-21 | 2007-05-24 22:05
2007年 05月 23日

自動車点検と事故

今日も快晴。

母の通院の後に市役所へ。母の印鑑証明の写しをとって帰宅。
昼食後にHONDAへ。車の一年ごとの車両点検。
本来なら別なメーカーなのだが面倒をみてもらっている。

13時の約束で車を預け、1時間半ほどかかる間をその近辺を歩いて散策。イトーヨーカド−(セブン&アイ・ホールディングス…長い)まで歩く。元 稽古館から西側にまっすぐ延びた道。空地だったところに大きな建物も建ち出した。なんだろう、スーパーか? パチンコ店か? カラオケか? 周辺には既にイトヨ、ドラッグアサヒ、電巧堂、TSUTAYA など大型店舗が並ぶ。
イトヨの書籍部で立読み。また観光通りまで戻り移転し新しくなったミスタードーナツへ。珈琲とドーナツ。

てっきり点検が終わったら携帯へ連絡が入るものと時間潰していた。90分が過ぎてHONDAへ。
点検終了している。あちこちみてもらった。ありがとう。
自分の健康よりも車の方がこまめなチェックをしてもらっているようだ。



図書館へDVD返却。

今日は車関連の日誌になった…。
アウガの立体駐車場で接触事故。前の大型ワゴンがすぐ後ろまで近づいたこちらの車に気付かないまま、横の駐車スペースに入れるためにバックしてきた。
近寄り過ぎていたのでこちらは止まってクラクションを鳴らし「ちょっと待って」のサインを出したのだがそのままバックは止まらず。
バンパーがクニャリと振動してバウンドする感覚。
むこうは接触して初めて後ろにこの車があったと判ったようだ。30代女性の運転。降りてきて自分の後部バンパーを点検してから降りて出た私に「バックのライトに気付かなかったんですか」と攻撃的。それが判ったから「ちょっと待って」のクラクションを鳴らしたのに。「そのままさがってきたのは後方を確認していなからじゃないですか?」と返す。止まっている軽のこちら側に巨体でゆっくりぶつかって来たのは向う側なのだが…。一瞬でも止まってくれれば私も後退できたのだ…クラクションは聞こえていなかったのだろうか。

私は車の外観に無頓着なほうで「車は動けばいい」と思っている無精者。幸いにもウレタンバンパーがショックを吸収してくれヘッドライトもウインカーも壊れていなかったようだ。まぁちょっとバンパーにシワ程度の折れ目が付いている。とはいっても別に事を荒立てたくもない。
最低でも五分五分で両者に非があるとしたい口ぶりの相手女性、「お互いに気を付けましょう」と言う。後方をもう少し注意確認して5 秒でも止まってくれてれば防げた事故なのに。うつむき上目使いに「警察、呼びますか?」と聞いてきた。この建物内で警察を呼んでも事故の申告だけで介入はしないのではないか? 時間もかかる。向うもこちらもさほどの損傷をこうむってはいない。
「呼ばなくてもいいですよ、程度もほとんど軽いし」と、お互い名乗らずにその場を別れた。

5階の駐車スペースに車を置き、図書館へ。
DVDを返し、新たに同じ小栗康平監督の「泥の河」を借りる。

なんだか別れてから事故の事が反芻される。あれでよかったのか。言うべきことは言ったのか。後悔しないか。
ちょっと頭の中でぐるぐるとイメージが回る。

ジターヌ 駅前店で珈琲豆を買って帰る。
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by aura-21 | 2007-05-23 22:03
2007年 05月 22日

眠る男

市民図書館から借りてきたDVD「眠る男」を見る。
「死の棘」「埋もれ木」…と見てきて急に惹かれだした小栗康平監督作品。
私には「死の棘」のテーマや状況は緊張のありすぎでした。もう一度見たらまたすこし違ったものが見えるかもしれない。
「埋もれ木」では幻想的な日常というか「私的だからこそ世界と繋がっている」というようなことを感じさせ気持ちよく哲学的だった。映像も素晴しく幻想的で、電子的加工も「電子的」な匂いのしないのが素敵、むしろ芝居の大道具の操作のような暖かさ。絵画的なインスピレーションをたくさん受ける。
「眠る男」のシチュエーションは山と接した静かな村(町か)の話、そこにも世界…アジア…がある。
そして人間界ではない世界も匂う。精霊の世界か。
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by aura-21 | 2007-05-22 22:01