AURA版画工房 日誌部 「むげたほげ」

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2008年 01月 31日

版画の画像

昨年の「あおもり国際版画トリエンナーレ2007」での作品
「浮力の実 2007-B」の画像をアップします。

c0156162_22353152.jpg

ドライポイント・モノタイプ・シンコレ
132×100cm 

このサイト内のデータリンクが現在迷走しております。
新しい作品画像のアップも、過去のリンク切れの再構築も今一歩手に付かない状態です。段々と手直しして参ります。
緊急避難的にこちらのブログを使ってご覧にいれます。


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by aura-21 | 2008-01-31 22:42 | 作品画像
2008年 01月 30日

回収

午後から国際芸術センター青森へ。
20日前の水張り状態のままの版画を回収に行く。
シンコレの部分は剥離が激しい。やはりアルシュ紙とは相性が悪いようだ。
ワトソン水彩紙を使った方は水張りテープをその張力で引きちぎる程の収縮、周囲に皺が起こっている。実験的とはいえ今回はマイナスな成果とも。

版画室には週末2月2日、3日の銅版画ワークショップの準備で講師の版画家 大山さんが来ていた。道具や材料のチェックとプレス機室の掃除中。

版画家の多くは職人的資質で仕事部屋、プレス機などの掃除や道具のメンテナンスも含めてやる方が多い。そういうところがしっかり出来ることが作品の善し悪しにも影響が大きいと体に教え込まれているものだ。ワークショップの為だけならばそこまでここでやる必要性はないかもしれない。そして本当はそういう仕事にも若干の報酬があればもっと身を入れてできるのに、、と思う。作家といえまだそれのみで生計が立ちにくい場合(私はそうだw)尚更に、幾ばくかの手間賃は欲しいところだと思う。職人気質のやるせなさ、、、かな。
彼も本音はそうだと思う。週一でも月一でもその為のメンテに雇用してもらえる状態にあれば、手助けもし易いだろうに、、と話す。若手の版画作家にそういうポジションでスタッフをキープできればいいだろうに、、、とは毎回思うこと。そうすれば今以上に版画の什器を借りる側、制作する側の作家にとってもメリットも大きいし機械や道具に関しても優しいと思うのだが。
毎回違った人が版画の道具を使う時に薬品や消耗品の管理情報がその都度リセットされていては無駄も多いし道具の劣化も危ぶまれる。第一道具が大事に扱われない。

こうした憂いは個人的なこと。
たぶんこの施設の本来的な機能には版画室のメンテナンスは盛り込まれていない。
なぜならここは版画専門の施設ではないからである。
プレス機も含めた版画道具の特性(メンテナンスや職人的カンドコロの蓄積が仕事場に充実していることがある意味要求される、、というようなこと)は、ここの施設の本来の自由な表現(時に常識を破棄して挑むような現代性)とは分野が異なる傾向にある。これが両立した場所となれば今以上に素敵に理想型に近くなるはずなのだが。なかなかむずかしいのか。

職人的という意味でのアルチザンと今現在のコンテンポラリーアート。
その両者には実は深い溝があるようだ。各々の理解者のセクトが違うのかもしれない。

話が横道に逸れた.毎度のこと。

若い方がこの街に登場して、新風、、今までの棟方以降が無風状態だったのだから、、風を起してほしいと思う。



DVDで「VEXILLE」を見る。
クール・ジャパン、、、、日本アニメーション。
日本民族は鎖国の結果自滅の道をゆく、、。ハイテク日本ね。機械と人間というテーマは「アトム」以来連綿としてあるが、こういう切り口の物語もなかなか、、。



KY、、、「空気読め」が連呼されていささか耳にタコだ。
先日読みかけた対談の中で:「日本では空気を読む=従属する」となってしまう。同調圧力で自分を犠牲にしろという圧力になっていないだろうか:
、、、という一文を見つける。なるほど。
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by aura-21 | 2008-01-30 00:05 | 版画
2008年 01月 29日

カス

本を読む時間って思うように取れない。いっぱい時間はあるのに有意義に使えないということだろうか。

すこしづつ過去の日誌をこっちのブログに移動。ちょいと昔のことなのにもう記憶が曖昧。
イニシャル表記の人物が誰だったか思い出せない。困ったもんだ。

先週末に届いた手紙へのお礼状をやっと投函。
しかし、年賀状にすらまだまだ書き送っていない方々が多数、、すみません。


誰とも会わずにいると自分自身を見失いそうになる。見失うというか「消失」するような感じ。
他者とは何か、、という命題ではなくて、、、自分とばかり向き合っていることの精神的によろしくない要因を、ふと、感じる。
、、自分で発光する程にエネルギーねぇよなぁ、、むしろ腐敗してますね、どっちかというと、、
、、、などと書いてみて、ガス抜きです。
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by aura-21 | 2008-01-29 23:01
2008年 01月 28日

DVD

韓国の作品 「復讐者に憐れみを」を見る。
俳優の演技もストーリー展開も、深く突き刺さる。
もう6年以上も前に封切られた映画だし、レンタル店では随分と隅っこのほうにある。
韓国映画の方が日本のものよりも、ちょっと好きだ。
日本のものは 配慮しすぎてつまらなくしている帰来がある。
やるなら とことん やるべきなんだ。
(韓国の映画が配慮をなくしてやっているというのではなく、突き詰めてどちらかを選択しなければならない時に挑戦をしている、というようなニュアンスで書いているつもりなのだが)



夕方 東京の専門学校時代のMさんから電話。先週の個展はどうでしたか?
夜にやはり同級生だったfさんからメールが届く。fさんは地域・町起しに関わっているそうだ。その関連で何か聞きたいことがあるそうな。なんだろ?
明日、電話でも下さい。


近所の温泉に入ってきてさっぱり!

「加齢臭に効く石鹸」っていうの 買おうかな?w


今夜は早くに就寝。zzzz
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by aura-21 | 2008-01-28 23:23
2008年 01月 27日

記憶とか思い出とか

学生時代の記憶は何処へ行ったんだろう。
例えば大学時代の、、、教授や先輩や同級生と一緒に飲みながら、いろんな話を傾聴し、同級生との議論に激し、、、そんな今の自分を形成しているかもしれない内容を含む微かな記憶。その記憶内容がまったく思い出せない。なんとなくその場所や時代の空気やその場に居ただろう人の顔。そんなものだけが混ざり幾つかのレイヤーで交錯して脳裏にこびりついている。これが記憶だと誤認しているかもしれない。そんなことが現実にあったのか、なかったのか。


DVD

延滞したDVD「詩人の血」を返しに市民図書館へ。



手仕事

中三の8階で「北の手仕事」を見る。
「ほだぁじゃ」のsさんも子供たちの版画を携えて参加している。
わらはんど」のKさん、Aさんともご挨拶。
デパートとかあちこち、日曜日でどこも混んでる。
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by aura-21 | 2008-01-27 23:06
2008年 01月 26日

版画

昨日の天候に油断してたら やられた。
今朝は随分と積もっているぞ。


午後から版画教室。
久しぶりに銅版画の小品に私も挑戦。銅版カッターで金属を引っ掻く音をさせ、プレートマークを作ったり。
教室に来ているtさん、な、な、な〜んと「プレス機を買った」そうです。
すげ〜本気です。サイズは小さくても自分のアトリエにあるといつでも版画ができますね。他の道具類は段々と整備していけばいいと思いますよ。腐蝕などの製版も出来るといいのでしょうが、そこまではゆっくりと急がずにいってはどうでしょう。



えぇ、携帯を海に投げ捨てた?!  J1さんったら!?
そんな事はドラマの中のことだけだと思っていました。
最近彼のブログも更新がなくてメールを送ってみたら、宛名不明で戻ったメール、、tさん情報。、、、、が、、、ががが、、、がぁ、、、絶句。


すこしづつだが、Webサイトの日誌をこちらのブログに移植中。
随分あるなぁ、、、ちょっとづつ、ちょっとづつ、、、効率悪い w
そうすると向こうの容量が空いてくるかな。いっぱいいっぱい。
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by aura-21 | 2008-01-26 23:12 | 版画
2008年 01月 25日

暖冬でしょうか

昨日は大荒れの北東北、青森も昨夜から強風に比例して雪の降る量が心配されたが、起きて屋外を見るとその降った量は左程でもなく5cm程だろうか。警戒しただけ肩すかしながらも安心、善かった。むしろ暖気で水分を多く含んだ重い雪に片付けるのが手こずる力仕事。

午前中に母の通院の足。
帰りにジターヌでペルーを買って帰宅。
午後から仕事場へ持ち込んだPCでジャン・コクトーの「詩人の血」(DVDを借りてて見過ごし延滞中)を見る。
「詩は紋章 解読を要する 紋章をかたどる斧 一角獣 塔 空想の鳥 星 青い地色 それらのために どれほどの血と涙が流されたことか、 、 、 音楽家は 映画の中で音と沈黙を強調する 一連の寓意から成るこの映画を ピサネッロ ウッチェッロ フランチェスカ カスターニョといった 紋章と謎の画家に捧げる、 、 、」
現代のようにデジタルで合成や様々な処理が出来ない時代だったからこその「幻想へいざなう手法」のアイデアや面白さや創作的な努力の跡が端々にしっとりと息づく。そりゃ、現代と較べたら失笑ものかもしれない。けれど、そこが今となっては真似の出来ないところでしょう。
現代の粗製濫造なデジタルものを見るにつけ、何か初心的な感動があっさり文明的技術に
すり替わってて、感動も薄くなっている観客状態に陥る気分もある、、、。




朝日新聞の新谷さんから件の夕刊を2部送っていただきました。
どうもありがとうございます。
そして同便で横浜に住む友達からも送っていただきました。ありがとう。
この場をかりてみなさんに御礼申し上げます。

仙台のみなさんからも「見たよ」「髪伸びたね」とメールを頂きました。
嬉しいです。ご連絡をありがとうございました。




今年は立体作品を作ってみたいと思っている。
インスタレーションではなく、「立体」として考えている。
矩形、球形、、、、歪な輪郭、、、普段作っている不定形な輪郭をもつ版画。
立体に置き換わるかどうか不明だけれども、何か危ない綱渡りに魅力を感じている。
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by aura-21 | 2008-01-25 18:06
2008年 01月 24日

低気圧

今朝は風がやたらに強い。家が揺れるようだ。県内を通過中の低気圧の影響。
かなりの降雪があると予報をきいていたが左程ではない。外に出てみると雪というよりは雨まじりの細かい雪。
窓が鳴る。屋根のトタンも鳴っている。古い家である。


「あるち」のOさんから電話。
「古い版画藝術があるけど、要りませんか?」
店内の整理でいろいろ不要なものが出てきたそうだ。早速訪ねる。
30冊程の「版画藝術」バックナンバーと、20数冊の「芸術新潮」を頂いてくる。
ありがとうございます。

自分は版画もしているのだけれども版画の専門誌は買っていない。見ると影響を受けそうなので、なるべく見ないようにしている。自分の作りたいもののためにある手法のものを見ると、その完成度に惹かれて手段から真似てしまうかもしれないと、危険視し近づかないでいたこともある。例えば、、小説を書くにはたくさんの小説を読んだ方がいいのだが、作家としては自分を持たないと読んだ小説にどこか影響されてばかりいて好きな作品の亜流を知らず知らずに作ってしまうかもしれない。簡単に個性とかオリジナリティとか言うがオリジナルとはむずかしいものだ。いまだにもちろんそれが見つけられない、、、、。


昨日買ってきた「ジターヌ」の珈琲豆を挽いて飲む。
とても大きな豆で「ニューギニア マラゴジッぺ」という珈琲豆を買ってきた。よく買う「ピーベリー」の小ささと比べると笑ってしまうほどに大きい。味が気に入って2回目の購入、100gづつだけど(笑)。
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by aura-21 | 2008-01-24 22:40
2008年 01月 23日

プレス機と森

朝、むつ市在住の友人から携帯へメール。
「朝日新聞を見ましたよ」
昨夜の東京方面の夕刊と同じ記事が今日の県内向けにも載ったようです。早速コンビニで購入。内容は国際芸術センター青森の巨大版画エッチングプレス機を取材したもの。その創作する場所から見える森が象徴的に触れられている。記事にもあるが確かにこのプレス機の利用状況は多くはないだろう。どうしても凹版やプレス機の取り扱いに慣れている事が必要になるためである。大きさは機械化されて簡便になっているのではなく、逆に必要な作業量も増幅されてるのが実情である。版画は作品が小さくても密度を盛り込めるので、むしろあまり巨大さは求められにくいマテリアルである。しかし、だからこそそこに大きさが付与されればもっと面白いこと、挑戦的な事、実験的なことが派生し産まれてくる。ここの巨大プレス機に求められるのはその点も含めてのことだろう。道具というのは使われなければただの鉄の塊である。使われないことにはしょうがない。また、経験上扱い慣れている人が付いていないとすこし難しところもないではない。多くの人が順番に使うとなるとその都度微妙にコントロールできるような管理や連携も必要かもしれない。無理な使い方をすると後に使う時に影響がないわけでもないだろう。専従の技術者が付くことを望んでいるが、なかなかむずかしいようだ。



茶屋町の地蔵堂。母の「お参りしたい」に付き合い運転。普段は無人な小さな堂内に数名の崇敬者か、灯明をつけて飲食している。民間信仰。中央に立派な地蔵が立っている。

昼食は久しぶりに「後藤の焼きそば」。昼時の忙しい時に立ち寄ると狭い店内には食べている客、お土産で持ち帰る客がひしめきあっている。私も混じって「お持ち帰り」。大盛りは結構ボリュームたっぷり。気付けば店内の壁に展覧会のDMが貼られている。クラフト展や美術展や個展の案内状はがき。昨年の「あかりのありか」のDMも貼ってあってちょっと微笑む。誰が持ってきて貼ったのだろう?




&#28014;&#21147;&#12398;&#23455;2007 No.11

昨年の秋のグループ展に飾った小品 「浮力の実 No.11」。
H市に住む古い友人のところに嫁いだ作品。近作をサイト内にアップできていないので、ここに載せてみる。

運転中にいろいろと未整理の思考が頭をよぎる。どんな意味なのか、、自分でも解ったような解らないような、、、
「作品の有機的な部分は内部で完結している。直線的部分はその外部へと繋がっている」
何のことだろうか。制作中の自分には納得や気付くことの幾つかある内容も、他人にそこをどう理解してもらえるように伝えれるのか、、、自信がない。
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by aura-21 | 2008-01-23 21:18 | 作品画像
2008年 01月 22日

やっぱり温泉

午後から三内温泉へ。ここでは銭湯感覚で温泉へ。
まぁ先日はちょっと温かったんだけど今日はしっかり熱いゼ。
ここは入湯してる人が洗い場側に浴槽の縁を枕代わりにトドのように並んで寝ている。硫黄分の卵の腐ったような匂い。通える湯治のようなものだろうか。ゆっくりそうやっているとどんな病も治りそうな気分にさせてくれる。
入っている人の中にはどこか即神仏的な風貌の人とか中国の大人的な恰幅のいい人とかが居て、仙人のように静かに湯を浴んで佇むか、エネルギッシュにバシャバシャと湯を浴びて泰然としている



新聞記事
 
先々週の朝日新聞の取材が記事になって載りました。ありがとうございます。
今日の朝日新聞 夕刊の連載コラム「カルチャ場」にて、
国際芸術センター青森 銅版画スタジオ「森の力感じて巨大版画作り」という記事です。残念ながら当地では夕刊の配達がなくその実物をまだ見てはおりませんが、東京方面の友人からお知らせいただきました。ありがとう。

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by aura-21 | 2008-01-22 21:34 | ART