AURA版画工房 日誌部 「むげたほげ」

aura21.exblog.jp
ブログトップ

<   2008年 04月 ( 30 )   > この月の画像一覧


2008年 04月 30日

まだ4月

日付を間違えてて今日から5月だと思っていた。1日分を得した感じ。
今日で携帯の2ヶ月繰越通話分に消滅する額がある。だからという訳でもないが(笑)、作家のNさんに電話をかけてみた。奥さんが出て「誰でしょうか?」と訝しがられる。私もまだ起きてから発声練習をしていなかった(笑)せいか、声がまだ錆びてて電話だと別人のように聞こえるようだ。会話しているうちにだんだんと普段の声質に戻ってくる。近況を教えあって「また今度飲みましょうね」と切る。

ジターヌへ豆を買いに行く。明日から4日までお店が休みと聞いていたのでその間の飲む分を。


午後から制作。版を引っ掻く。
盛岡へ行ってきてかなり刺激をもらって帰ってきた。作家がたくさんいてお互いに仕事で刺激し合い、会話で刺激しあう。その結果か。自分だけで内向きだけで作っていてもだめだということだろう。

夕食後に「かっぱの湯」へ。
雑誌「北東北 日帰温泉」についていたクーポンを使う。
入浴料金無料に(施設によってサービス内容が違う)、、各施設につき1回きりの特典サービスだけど。
[PR]

by aura-21 | 2008-04-30 01:16
2008年 04月 29日

盛岡は快晴

7時には目が覚めている。
1階ロビーで朝食のサービス。おにぎりとせんべい汁。
9時チェックアウト。
c0156162_0314060.jpg

時間つぶしにイオンへ向かう。道の先に岩手山。イオンスーパーの方は開店している。付属のショッピングセンター10時開店を30分程待って入ると、全店の販売員が通路を歩く客に「いらっしゃいませ」と丁寧なオジギ。その中を通り過ぎるのはなんとも苦手。まずはスタバでゆっくり腰掛けてキャラメル・マキアート。2階のショップをチラミ。

昼近く、盛岡の大通りまで出て駐車場を探す。中心街には随分と駐車場がある。30分100円に駐車。夕べは「la vie」のkさんやkさんともお話できなかったので画廊を覗こうと思ったら連休中は休廊、、ありゃ、、、残念でした。車まで戻って移動。昼食に「直利庵」で「オニオン蕎麦(新タマネギ)」…さっぱりとして美味しい。

彩園子へ。夕べに続き長谷川さん、小笠原さんと会場で再会。2階(一茶寮)で一緒にお茶。オーナー村井さんに関東からおみえの作家 松尾一男さんを紹介される。松尾さんの作品はバーコードのを見た事がある。1階の画廊に飾ってある1983年の作品は都美館で寺山修司の「天井桟敷」が公演をしている写真を当時のコピー(カラーはなくモノクロで3色を重ねている)で作った作品。「青森県美の寺山展には最終日に訪ねようと思っているんだ」と話される。

近所を散策。ラーメンの「中河」は定休日で残念。「かわとく壱番館」とその向かいの「光原社」をのぞく。

田村晴樹さんを今日もお訪ねしてから帰路へ。渋民まで別ルートを教えてもらったが道を間違えて岩泉方面へ、、、岩洞湖まで辿り着いて「道を間違えたかな?」と田村さんに電話で確認(笑)、、やっぱり間違えた、、けど「夕陽と湖の光景がいい」、、と負け惜しみ?。再度戻ってやっとルートに乗れた。国道4号線に入り走り慣れた道を青森目指す。沈む夕陽に岩手山が美しい。
c0156162_0384618.jpg


順調に帰れば22時には着くか。でもまた寄り道。
七戸の「東八甲田温泉」には21時前に到着できた。22時までの営業、ゆっくり湯に浸かる、、、。タオル持ってきてよかった。コンビニで夕食も簡単に済ませて帰宅。
田村さんのところを出てから250km走ったことになる。50kmは迷走してたか。
今日も運転したな。明後日以降にどっと疲れが出る事だろう。
[PR]

by aura-21 | 2008-04-29 00:35 | ドライブ
2008年 04月 28日

ドキュメント彩園子

学生時代の(1976年〜)約5年間を生活した街・盛岡。今でもこの街に時々立ち寄ると懐かしさと同時に若さが甦るような気がしている。
「ギャラリー彩園子(さいえんす)」は1978年桜の季節にその活動を開始し今年で30年になる。その30年を祝うパーティが夕刻から彩園子2階の一茶寮で行なわれた。




すこし寝不足でいつもよりずっと早くに起きだした。支度をしていたら出発は9時を過ぎた。いつものように国道4号線を車で南下する。慣れた道だが途中に目新しいバイパスも出来ている。変る風景。もう青森の桜は散って枝の細さが現れ、葉がそれらをこれから覆いだすのか。


画廊オーナーの村井睦平さんは多摩美時代に斎藤義重教室で美術を専攻。卒業後に生まれ育った盛岡に戻り自らの手で土蔵を手直しその内部を改装し「ギャラリー彩園子」は徐々に姿を現した。’78年開廊だがそれ以前からの準備期間にたっぷりと時間をかけている。
私がこの画廊の噂を聞いた時はまだ開廊前だったと思う。正式に開廊する前のお店に立ち寄ってお話を伺っていた記憶が微かにある。何かが始まる空間だった。


陽が射しながら時々ぱらつく雨。ワイパーのスプリングがきしむ音。盛岡に入ったのは14時も過ぎていた。途中の休憩を入れても5時間はかかったことになる。
市内に入る直前に寄り道。骨董の「アンティック屋」。オーナーの松尾さんは秋田へ仕事に出かけていて不在。奥さんと犬が迎えてくれた。半時間ほどお話に沸き、並ぶ骨董を眺める。松尾さんも後からパーティに合流するという。彩園子の喫茶部「一茶寮」の二代目マスターが松尾さんだった。


当時、友人や知人の個展、初めて知った作家の作品を1階の画廊で観てから上の一茶寮にあがって珈琲やほうじ茶(ここの名物で焙烙で茶を煎るところから始める)を飲みながらお喋り。自分ひとりの時にはオーナーやマスターに話し相手になってもらったもの。


彩園子は「現代美術」を中心にして作家(や美術の学生)を応援していた。現在でもそうだが売り絵のようなものよりは会場空間いっぱいを使ったインスタレーションが中心の画廊だった。実験の空間だったと思う。岩手芸術祭の環境芸術部門(現在の現代美術部門)に出品参加するメンバーはだいたいがこの彩園子に集まってくる顔ぶれだった。


彩園子30周年記念イベントはこの画廊と市内「おでってプラザ」の2会場で行なわれている。
c0156162_017076.jpg


彩園子の2つある画廊空間にはDM、当時飾られた作品、当時の新聞記事が年代毎に並ぶ。
「おでって」の方には荒屋満男 宇田義久 大宮政郎 小笠原卓雄 菊池和好 岸 伸介 小熊律子  佐賀勝美 田村晴樹 長谷川 誠 本田 健 山内正宣 各氏の当時展示した作品が並ぶ。インスタレーションの小笠原さんは再制作だろうか。小笠原さんが彩園子での展示回数の一番多い作家だ。一茶寮の壁には過去の展示作品の写真記録も展示されている。またこの30周年記念の実行委員長でもある。
「おでって」での展示作品量は30年に及ぶ厚みを同時に1ヶ所に集めたことで手狭にも感じられたが、逆に彩園子への溢れる思いにも写る。実行委員の努力がしのばれる。市内で作家に愛されながら一緒に歩いてきた足跡。
c0156162_0182995.jpg

夕刻、一茶寮には90名以上が参集。すこし遅れて入ると立ち見な会場。
既に開式しオーナー村井さんのお話が始まっていた。会場の広さとPAの遠さもありよく聞き取れないものの、この30年に積もった気持ちと参加した作家の思い出や記念事業のスタッフへのねぎらいだったと思う。

星耕茶寮」の佐藤幸吉さんが料理を担当。
懐かしの「馬賊」(当時市内にあったお店)の味が10数種並んだ。
乾杯の発声と同時に広いあちこちで酒宴が始まった。

30年分と一緒にこの時間あちこちで今後30年の話がされていたに違いない。これほどに愛されている街の画廊とは何なのだろう。画廊だけではなくそこに集まってくる人、その多くは作家であり、アートが気になる人であり、アートやこの空間のファンであり、応援者である。30年の時間のなかでここで生まれたアートが積み上げてきた何かは物理的な作品だけではなく、こうした人の交流だったことに、街と美術のいい関係を感じながら、すこし羨ましく思いながら、パーティの酒に酔う同窓会のようなひと時を送った。




にほんブログ村 地域生活(街) 東北ブログへ
にほんブログ村
[PR]

by aura-21 | 2008-04-28 22:48 | ART
2008年 04月 27日

風当たり

朝方に風と雨の音を聞く。寝床の中で桜の散る様を夢想。
ピンクに若緑が混じりあう樹上の配色が実は好き。

日中、日差しの強い仕事部屋で数枚の版を引っ掻く。まだ刷りの作業には入っていない。


ネット。ブログでの発言をとらえての炎上記事。記事の内容も「炎上いたしかたなし」な見せしめ的な書き方。ブログは個人的な物言いなのだが。この国では奇妙な正義感というか押し付け締めつけるような見えない規制線や、異なった意見に対して猛烈に攻撃して「猛省にもちこむ」ような社会主義的側面があるようだ。非難を受ける書き方をしたブログに問題がないとは思わないものの、アノニマスなネット民の民意パワーには驚かされる。「義憤」とか「溜飲を下げる」とかいう語彙が閃いたが、まず書き手に頭を「下げさせる」ような言論統制というか思想的・表現論的な矯正的介入のように映る。耳目を集めていた社会的問題への個人の意見とその表現方法にはバリエーションを持ち込めないのだろう。人間性を疑う書き方を発見しても「そういう考えの人もいるんだなぁ」にはならずに、「反省しました。関係各位にお詫び申し上げます」と言わせるまでみんなで粛正なのだから恐い。
[PR]

by aura-21 | 2008-04-27 04:07
2008年 04月 26日

結婚パーティ

昨日はありつけなかった「トゲクリガニ」をスーパーで買ってくる、、、なにも遠くまで行かなくても買えるんです。観桜会での一品だが桜がなくても黙る美味しさ。昼飯時に寡黙に食べる。

夕刻からのパーティにすこしそわそわしながらアルミを引っ掻く。



c0156162_326524.jpg

ヒロキくんオフミさん、結婚おめでとう!
既に4年に1度しかやってこない2月29日に入籍しているが、正式な披露宴はまだこれからだそうだ。祝う会をしたい友人が20数名集まって手作り感満載に挙行。まぁ手作りなのはmさんお手製のこのケーキがとどめ。会場は「evie」というおしゃれなフレンチ。参加者全員着席後にふたりは「アラブの富豪」人形のようなサービス仮装でご登場。我々とは別の他の客も居たので、各人からのお祝いメッセージを立ってご発声とまではいかなかったけど(あぁ、良かった)、乾杯の音頭でワイワイとお祝い会のスタートです。若いふたりの幸福感を祝いながらやっかみながらワイン中心にほろ酔いしました。しあわせな状態を無理なくキープしててほしいです。
2次会は歩いてすぐの「マタハリ」、主賓と10数名で流れる。
疲れて二次会では居眠りしていたIさんと、方角一緒でタクシー相乗り。帰宅。
まだ0時前には就寝。
[PR]

by aura-21 | 2008-04-26 23:25 |
2008年 04月 25日

龍飛 交通事故

朝方にすこし雨パラパラ、がだんだんと晴れた。

桜とトゲクリ蟹とガサエビ(シャコエビ)を求めて津軽半島突端へ。
蟹田でうろうろ。数年前にカニを買った店はもうやっていないようだ。数カ所で「さくらとしらうお祭」の看板。明日からのGW本番にまだどこも準備中状態。

途中の道の駅も真新しい施設ながら閉店。ここも明日からの準備か。トイレばかりが解放でも販売店舗が(この日だから?)閉店。建物ばかりで中身が手薄なのは、、、なんとも哀愁漂う。コンビニもなかなか無い道程で困った。今別のコンビニでおにぎり昼食。

竜飛岬に向かう。ピーカンに晴れ渡ったが強風で飛ばされそうだ。遠く北海道側は霞んでいる。
c0156162_1419509.jpg

c0156162_14201469.jpg

灯台見学のバスツアーが二台。
c0156162_14191428.jpg

もう観光シーズン始まっているんだな、、と感心。



帰路、同じ道を引き返す。外ヶ浜町の「不老不死温泉」の前も通り外観を見る。ここは今度にしよう。今回は蓬田の「よもぎ温泉」へ立ち寄り湯。初めて。
広々としていて打たせ湯もある。沈みかけた陽光が明るく浴室に差す。

280号線で交通事故直後の現場に出逢う。この道は直線道路で皆が飛ばす。車が横転してこちら側に腹をみせている。対向車線にはフロントに軽い凹みのあるトラック。散乱するガラスやヘッドライトの破片と買物の中身。横転した車の横で交通整理をしているサラリーマン男。どちらかの車の同乗者か? ゆっくりとその脇を抜ける。しばらくするとサイレンを鳴らた消防車と救急車がすれ違う。さっきの現場へ急行か。
消防車、、、ということは横転している車にまだ誰かが乗っているのか?

今日の目的は桜と蟹とシャコだったがそれらには出逢わずに終る。残念。
[PR]

by aura-21 | 2008-04-25 22:31
2008年 04月 24日

誕生日 大地

母の誕生日。
「ボンみすゞ」で買ってきたホールのアップルパイがバースディ・ケーキ。
お昼に珈琲と一緒にいただく。



昨日、隣地に真新しい「売地」の看板が立っていた。坪単価を見たら随分安くなっている。昨年、そこから我家と接している面に沿って幅1間で土地をわけてもらった。その時の坪単価さえも割っている金額に驚く。差額を返金してほしい(笑)、でもそれは無理。近所にもいたるところで空地/売地/売家が目につく。なかなか売れなくてやむなく値下げしている状況は非常に解る。解るが差額は損した感じ、、、まぁ、いろいろ調べて聞いて廻って、当時としては安くしてもらった感覚だったのだが。歯の抜けたように人の気配のなくなった空間が増える。いったい街はどうなるんだろう。

青森から遠く離れたい人もいるだろう。いろいろ危険を感じる問題もある。危険を回避したく移動するのは生への本能だ。この大きな施設は経緯から増々加速して中止なんてできなくなった側面もある、、と聞く。本当に止まらないのか!?
本能と理論。現時点でどっちに未来があるのか。それは考えたって解らない、、、、。
関係各位の隠蔽のない安全管理の徹底履行を願うばかり! としかいえない。
個人って無力だねぇ、、、話題が転々と流れます、、今日の日誌も。
[PR]

by aura-21 | 2008-04-24 14:35
2008年 04月 23日

風呂敷を拡げる

11時から市内キリスト教会で19日に亡くなった鈴木正治さん(画家・彫刻家 享年88)のお別れ会があった。なんとなく出かけるのが躊躇われて伺わなかった。2002年3月に公開ワークショップでご一緒した。私の個展にも一度きていただいた。今日のような場所にどういう格好で行っていいのか分からず、つい外出するのを逸する。私は自宅にいて静かにご冥福を祈ることにする。


自動車の車検が近づいた。車のH社Tさんから電話。日程を調整してまた頼む事にする。
いくらかかるかなぁ、、、車検以外の修理必要な箇所がないといいが、、、心配。



今日もスケッチブックを眺めている。
記憶とか思い出とか、イメージというもののどうしようもない強さ・拘束力を感じる。記憶はビジョン。ビジョンを自分以外の人に正確に伝えることはむずかしい。実は自分の中でもそのヴィジョンを細部まで正確に把握しているわけでもないのだから。言葉と同じで大まかに包み込んだ外形で投げ渡すしかない。風呂敷の上から中身を想像してもらっているようなオモハユサがある。ボンテージファッション?かなんかのようにぴったり密着した(おまけに透明だったらいい)ものに包んであればかなり正確に伝わるのに、、、いや、おもしろくないな、そういうのは。大まかさというのが含蓄。数式ではないのだから。もしかしたら数式だって大まかに包み込むしかない手段かもしれないじゃないか? 、、、そんなわけないか、、?


たむらぱんの「ブタベスト」が今日発売。
欲しいんだけど、どうやって買ったらいいんだろうか!?
[PR]

by aura-21 | 2008-04-23 18:15 | 雑感
2008年 04月 22日

スケッチ

数冊のスケッチブック・クロッキーブックに描き散らしているものを集めて眺める。同じような絵ばかりだが自分では随分と違うものに見える。その違いと共通(どっちも大事)を見比べる。描いていて自分で好きなものや気に入らないものがどうしても生まれる。嫌いでも捨てないでとっておく。後から見直してどっちが好きな方だったか判らなくなる事もある。気分だ。お気に入り過ぎてもどうもマズい。むずかしいのだが「突き放して」みる、、むずかしくてまず出来ないが、、何が見えるか。スケッチは本画のための下書とかメモなんだろうけど、紙と鉛筆だけの画材というのが好きで本画(例えば油絵とか水彩とか版画)にしないでそのままで完了しているとも思っている。逆に油彩でもそこからまた別なものに繋がるようなことだってあるわけだし、最終形が本画というのでもない。

インフルエンザ(伝染する影響力を持った)な作品はその形態がスケッチでも油彩でも悪戯描きでもメモでも関係ないわけだが、自分しか見ない密かなスケッチブックは自家中毒な影響力というか自分を鼓舞するかもしれないカンフル剤なんだろう。かなり怪しいけど。

アルミを拡げてどういうサイズにしようか不必要な思案ポーズをとってみる。

やっぱり怪しい。

c0156162_14365012.jpg
[PR]

by aura-21 | 2008-04-22 14:33 | ART
2008年 04月 21日

窓べ

窓辺にはいろいろ荷物を置いてて窓も開けられない。すこしだけ開く左側を空気入換えで開けるとホコリの塊でドロドロだ! 冬の間に吹き込み着雪した影響だろうか。雪はその芯に微細な埃を持っているので春先に集まったそのホコリが固まり、時に風に乗る。春先がホコリっぽいのもうなずる。花粉ばかりじゃない舞い飛ぶもの。



ネットでホテルの予約。
来週28日は盛岡へ行く。ギャラリー彩園子の30周年記念展が開催され、そのオープニング・パーティがある。参加通知を昨夕に投函したばかり。読むと「4/20までに投函下さい」ってあった、、、わわわゎ。

学生時代にとてもお世話になった画廊。

住んでいる街にあって発表させてもらっている画廊というのは自分の中で重要な場所になる。まさに学生時代の彩園子がそうした場所だった。学校とは違う人たちと出逢える場所、自分の展覧会以外にも友人や先輩の展覧会をみたり、その後にはそこで会う人たちと様々な談話・談笑・悪だくみ・お喋り、、、とにかくも世代を越えて「対話」があった。作っている人も見にきてくれる人もお互いに相手を尊重しながら言葉を積み重ねて行った。議論もあったけれど激した感情論にはならなかった。それはちゃんと歳の差による経験や知識の差が存在していたことが冷静に機能していたのだと思う。美術学校というものの存在もその背景にある。年長者の意見は経験の若いものにとって聞き耳をたてるべき意見として機能していた。今、自分が自分より若い世代に伝えれることを持っているだろうか、、と自問する。まだまだ歳の差に関係なくこちら側が傾聴することばかり多い。
あれから30年近くが経ち、この街に住んであの当時のままの自分がいる。成長がないなぁ、、。

この街では世代を越えた「対話」の持てる場所がどんどん隅っこに追いやられているような気がする。そういう時代なのかな。一方的な「講話」ばかりが目立つ。必要なのは「対話」なのに。
[PR]

by aura-21 | 2008-04-21 16:26 | 雑感