AURA版画工房 日誌部 「むげたほげ」

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2008年 05月 31日

鍵 寺山

雨。

電話の音で起される。出ると昨日まで母たちが泊まっていた宿の方。
「お泊まりいただいた部屋の鍵が見当たらなく、もしかしたらお持ち帰りされてはいないかと思いまして、、、」。いったん受話器を置く。母に聞くと「?」っという顔、、自覚がないようだ。着ていた上着のポケット探ると、、、あった。照れ笑いの母。電話をかけ直し郵送で送る事に。


買物と給油。途中で鍵の入った封筒をクロネコ宅配に出す。
明日からまたガソリンが値上がりするそうだ。いつものスタンドへ行くと行列。
スーパーで食材買物。


だいぶ経って勘違いに気付く。朝から今日が日曜日だと思っていた。
仕事中にラジオをかけているがどうも番組が違い違う、、と思っていたら、まだ土曜日。


今日も水彩中。版画も作らないとね、、、7月の個展にむけて!!







「、、それで、そのうちに、なんか頭でっかちになっていくという自分について考える時にね、、、、実際、まぁ歴史上の人間の過ちってのは『理性』が起してきた、、、、原子爆弾を作ったのは人間の狂気ではなくて理性ですからね、、、そういう意味でこう『理性』というふうなものとそれから『狂気』というふうなものを考えてみようということ、、、、」
久しぶりにYou Tubeで寺山修司の語り口を見つけて聞いていると、上記の言葉を発見。「阿呆船」に繋がる話か。1976年に私はその「阿呆船」をたまたま観劇することができた。(私が「天井桟敷」で唯一観た劇だが)
しかし、もっと戯画化されたような寺山修司を勝手に想像(モノマネのせいかな)していたので、この映像(何処かでの講演会か)で普通に論理的に話をしている寺山を見て感動したりする。久しぶりの感心、感動。
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by aura-21 | 2008-05-31 01:52
2008年 05月 30日

お迎え観光 アンティーク

また夜更かしで寝不足のまま、4時間程で目が覚める。
携帯のアラームが鳴るとすぐに止めてシャワーへ。シャンプーに手間取るようになってきた。髪のボリュームのせい。長髪の人はこういう煩わしさがあるのかぁ、、と感心。
夕べ仕掛けた飯が炊けている。自分で米を研いで炊飯器にセットしたのはどれ位ぶりだろう。しっかり朝食。8時半前には外出。

母たちを迎えに「柏ロマン荘」へ。
快晴。いい一日になるだろう。
順調に到着。予定の9時半ジャストに入ると、ロビーの椅子にちょこんと腰かけて2人が待っている。ニコニコしている。いい湯治を過ごせたのか。


帰路の遠回り。五所川原市内、観光気分で「立佞武多の館」へ。
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もちろん初めて入った施設。入館料は800円(2階の市民ギャラリー[有料300円]も含めて)はちょっと高いかなぁ…と思いましたが、観光です。一度は観ておきたい。何度か夏の立佞武多(テストでやった河川敷でのものも見にきました)は見ているが通年で見れる施設(それもこんな大きなものを!)はちょっと「!!!」な感じがしました。
館の4階までエレベーターで一旦昇り、螺旋回廊を立佞武多を見ながら降りてくる。

一旦出て階段で2階にある「美術展示ギャラリー」へ入る。6月8日まで開催中の「奈良岡正夫 伊藤正規 二人展」。奈良岡作品は写真でも元に描いたような感じの大作ばかりでちょっとがっかり。昔某画廊でみた10号〜程の小さな青森のねぶたを描いた作品がとても素朴で親しみを感じたものだが、今回ここにあった大作(牛やヤギやリンゴ畑にチクザンとおぼしき人物と車座になって一緒に三味線を弾く家族?のような作品)はどうも好きになれませんでした。伊藤正規作品は明らかにボナールの影響下にあるけれどその明るい色彩への憧憬とともに素朴に真摯な感じがいい感じ。
しかしこの空間にはいるだけで300円、、なの?  会場の狭さから言うと、、ちょっと高いですね。


青森市にも新幹線開通時期を目処に現在の青森駅前に「ねぶた館」をつくる構想があるらしい。年中こうした施設を準備して祭を見せて観光に一役買うというのは特徴的な祭のある街では普通のことなんだろうか?



弘前へ。昼食に「清二郎」で回転寿し。

帰路7号線沿い藤崎町にある「Q's Antiques」を覗く。欲しいが高価で手が出ないし買っても我家では場違いで似合わないことは必定。でも、こうしたモノが好き。見るだけ見るだけ、、(笑)
ぐるっと見て歩き最後にレジカウンター前のケースの中に、版画のインク詰めに使うダバーによく似た木製品を発見。使えそうなので(もちろん補修して)鍵を開けてみせてもらうことに。お店の人の説明では靴製作か織物作りの時に使う道具だそうだ。しかしこの曲線はインク詰めに最適ではないだろうか? 思い切って買うことに! と、「今日は40%オフなんですよ」と、非常にうれしいお言葉! ギリギリのお金しか持っていなかったので非常にうれしかった訳です。


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帰宅してインクの道具と一緒に並べてみます。中央のキノコのような形の木製品がアンティックなんです。

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どれくらい版画の道具と類似しているかというと、上記のとおり。左端がアンティック。
まだこのままでは使えません。丸みのある部分に皮を巻かなければいけません。
しかし、ご覧のとおり全くインクで黒く汚れていませんね。やはりインク詰めのダバーとしてではなく、別な手芸の器具として使われていたんでしょうね。しかし、私はインク詰めダバーにして使います。使えないアンティックはおもしろくないです。モノに因るけど、、、(笑)


夕刻からはまた「水彩中」で一日が暮れました。




DVDで「シャイニング」を見る。S・キューブリック監督、J・ニコルソンの主演した映画。こうして見ると、なかなか渋いです。オカルトな怖さよりも人間性の崩壊が、ニコルソンならではで恐いです。
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by aura-21 | 2008-05-30 12:24 | 買物
2008年 05月 29日

水彩 大ハンコ

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水彩画の途中経過。、、、描き進むとまた変るんだろうな。
絵というやつは途中経過にいろいろと発見がある。
描きかけで止めたいくらいだ。描きこみ過ぎてあとから後悔することもしばしば。
これも、まだまだ描きこんで違うものになってしまうだろうなぁ。



tmさんよりナンシー関「大ハンコ展」の招待券を郵送で頂戴しました。
ありがと〜!
しかし、、、渋谷PARCO。その場に似つかわしくない私はびくびくしながら歩くんだろうなぁ。
もう田舎の人になっちゃって、都会そのものに場違い感。歩いていると酸欠と不整脈と情緒不安定を同時に引き起こします。
都会って私にとってはもうまるっきり異星なのです。




SEIKEさんから「結婚しました」ハガキが届く。
「二人してケーキ入刃の図」。
幸せになってください。
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by aura-21 | 2008-05-29 17:18 | 作品画像
2008年 05月 28日

逃避行 銀

快晴。

水彩中。


何処かへ逃げ出したい気分。、、で、逃げた避難先のジターヌで「芸術新潮」をみながら珈琲を飲む。

マスターより7月の2週目(弘前の田中屋画廊個展後)から
「店内に作品展示しませんか?」のオファーいただきました。
「ありがとうございます」


昼間はまだ暖かい陽気だが初夏と呼ぶまでにはまだまだか。
夕べもそうだが、夕方にはセーターを着込むほど冷える。


ネットのショップで「銀のボタン」を注文した。1個だけど。
最近は銀製品に何故だか惹かれる。
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by aura-21 | 2008-05-28 20:05 | 珈琲・紅茶
2008年 05月 27日

旧作「蓮」 柏の温泉

2004年の旧作ですが
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タイトルは「蓮」。私の夏の花のイメージだ。




昼から老婆2人を背負って柏まで。彼女等の温泉宿泊の運転手。
15時チェックイン。宿の人も気遣って部屋を変えてくれたり。ありがとうございます。
しっかりと温泉であたたまって、癒されてきて下さい。荷物を置くと速攻で宿を後にする。(姥捨て山じゃないんだからぁ)
私も温泉にでも入って帰らにゃ〜にゃ〜にゃ〜、、ってんで、柏の「じょっぱり温泉」というところへ。天井がやたらに高い。お湯の色がちょっと黒め。つるつる系。

イトヨに寄って半袖のシャツを買う。

帰宅。
たくさんのアスパラガスを茹でる。豚バラとモヤシの炒め物。
ビールで軽く乾杯。



来月は名倉ジャズダンス スタジオ 《 スパーク × スパーク Vol.2 》 に行く予定。
7日の夜の部のチケットを取ってもらった。久しぶりの東京だわぃ。
歩き過ぎて疲れそう、、、、、、、、。今日も歩いたし、でもこんなもんじゃないだろうな。

早く寝て明日から頑張ろ。ひとりの時間を有効にしないと。







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by aura-21 | 2008-05-27 01:26 | 作品画像
2008年 05月 26日

雷鳴 ラーメン 水彩

雨と雷鳴で目が覚める。またすこし寝過ごしたか。外は曇っている。地響きがするほど雷は近そうだ。一瞬停電になったようだ。電話機がぴーぴーと鳴っている。


雨の中を母の病院への運転。
車の中で待っている間も寒い。

スーパーで買物。昼にさしかかりラーメンでも食べていくかぁ。
前から気になっていた「麺屋しゅはり」へ。カウンター7席と4人掛けテーブルが1つ。昼時は外まで行列ができているのをみかける。今日は雨のせいか中の待ち席に座るとすぐに席が空いた。普通にラーメンを頼む。つけ麺もあるようだ。私は「こってり」を頼む。「豚骨魚介」というらしくスープは煮干し・干しえび・焼干し。粉末を感じる濃い「こく」。しかし意外とさっぱりとして後に引きずる嫌な後味もない。今度はつけ麺を試したい。


水彩を描く。数点を並行して描いている。

何処からでもいろいろインスピレーションは受け取れるだろう。
旅から得る人も多くいる。自分の場合は異国への旅の経験がないので、近所を散歩したような「旅」からでも十分になにかを受け取っているんじゃないかと思っている。
散歩もいい。同じように読書もいい。
最近、何を読んだかなぁ、、、、。
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by aura-21 | 2008-05-26 00:29 |
2008年 05月 25日

作業

昼過ぎに起きだす。朝の6時半まで起きてたせいだ。
夜型になるとマズいので生活を改めよう。


画材の顔色をうかがいながら。手に馴染んだ事が、しばらく時間が空くとまた1からで直し。多分、1からではなくてマイナスから始めないとならない。大工仕事なども。

淡い色、輪郭のはっきりしないものを描きたい。不定形。存在しないもの。描けないもの。描くけど描いていない。描いている者には多少の意識的な補完が働いて、他の人には判らない+アルファーの隠し事がある。だから描いている人に見えているものと、見せられた人が見ているものは違う。その描かれたものが好ましく感じる人には、また作者にも知れない何か+アルファーを付与して(ストーリーかイメージの飛躍できる余地を感じて)描かれたものを自分に近づけているんだろう。

「作品」は観た人の感情や理性が入り込んで自分のセンスや理論を語らせるような刺激とか余地を与えるものがいい作品の条件かもしれない。作者以上に観た人がそれについて語りたくなる。感想を披瀝したくなるような、である。

自分の作品はなかなか無口(肝心なことを言わないで、余計なことばかり冗漫に話す)なうえに愛想がない。作り手と同じだ。




来週、また母と伯母は温泉連泊に行くそうだ。予約の電話と送り迎えは、、私。
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by aura-21 | 2008-05-25 02:19
2008年 05月 24日

文房具

昼近くに起きだす。だらけている、、本当に。やる気あんのか!?自分。

母が「牡丹が見たいねぇ」と言ってドライブ希望の顔。鯵ヶ沢とか南部町の「牡丹満開」なニュース映像を見たらしい。今日は遠出はしませんよ、、と、きっぱり。

仕事場にいても落ち着かない。描きかけのキャンバスを持ち出し、アクリル絵具を探す。荷物の下敷きになってて出せない、、今日は諦めることに。(笑)



図書の延滞。返却にアウガの市民図書館へ。
1時間の無料駐車時間内にチャロ文房具店とジターヌ駅前支店へ。
チャロにはモールスキンのノート取り寄せを依頼していた。が、届いてみたらソフトカバーのニュータイプ。ハードカバーのやつが欲しかったのだが、、、。メーカー側でタイプを変えてしまったのか、、、? 同じページ数なのに薄い。とりあえず購入。帰宅してからよくみると紙の厚さがやはり違う。いつも使っているモールスキンの無地ノートと先日替芯をネットで取り寄せたカランダッシュのボールペンという取り合わせが自分では気にいった定番。鞄の中にはいつも入れて歩く文具。
どうもこのnewタイプの紙はその書き味がまだ馴染めない。とりあえずはこれで2週間ほど繋いで上京した際にハンズかロフトか伊東屋でハードカバーのノートを探して買うことにする。文房具にこだわってる訳ではないけれども、品切れや企業側のデザイン変更でせっかく見つけた自分の定番を変えざる終えないのは悲しい。地方ではすぐに手に入らないものが多過ぎる。

ジターヌで豆(マラゥイ ゲイシャ)100g購入。丁度「空間実験室」メンバーが来店中。実験室は場所を以前のところから向い側の場所に移転し広くなったそうだ。新しい場所の1階に喫茶部をまた開くそうで、ジターヌのマスターから珈琲の指南を受けていた。



夕食の前後に仕事部屋へ。徐々に助走。まだトップスピードには程遠い。
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by aura-21 | 2008-05-24 02:37
2008年 05月 23日

アマチュアを秘める 感染

快晴。気が滅入る程の直射日光。
この時期の気持ちの落ち込み方。低空飛行していて地面と激突スレスレな感覚、、、(すこし大げさか、、笑)
まったく作業にならない。何も出来上がっていない。
こんなので、、いいのかぁ?!?
・・・・・・・ いいわきゃない!


「秘めていなきゃだめですね。アマチュアを。プロというのはアマチュアを隠しもっているものだと思いますけどね。だから、プロにははにかみがあるけども、ド素人には、何によらずはにかみがありませんわね。」 ・・・「芸術家というのは、まだ人がうまく言えないものを、なんとか表現して見せようという人だと思うんです。形ででも、文字ででも、イメージででも。」
昨日 パラパラと拾い読みしていた 「対談 大衆論」より 富岡多恵子氏の言葉抜粋。
途中だけを引用・抜粋すると、その文脈が途切れて意味がちゃんと伝わりにくいかもしれないけど、備忘録的に引用。

富岡さんと言えば、、、盛岡のギャラリー彩園子で明日24日(土)まで 菅 木志雄さんの展覧会が行なわれている。見に行きたいのだが、、、、車での国道を使っての日帰りは体力的・精神力的にきつくなっている。それらの力を温存して、いま別なところに使いたいのだが、、。あぁ、、、



いい芸術作品には伝染して他に広がるような影響力がある。創造性を刺激する影響力である。pandemicというとなんとも怖いが、先月の「アート井戸端」で出てきた「インフルエンザ的」という表現、、、(いい作品・力のある作品は)その影響力が自ら広がり様々にその影響が伝播する力を持っているという意味、、、で、確かにそう感じる。「感染症がコミュニティ内で流行することをエピデミック(epidemic)と呼ぶ」そうだが、ARTというある種のコミュニテイ内にいるからこそその感染(ARTは病気じゃないけれど)に罹りやすかったり影響されることもある。創造性そのものの伝播という意味での感染であり、そうした刺激やヒントになりえる芸術作品の持つ力としての「影響力」を言いたいのであって、当然ながらARTが隔離されるべきとは思っていない。



携帯からのここへのブログ書き込み送信を試すためアドレスを登録してみた。
常用するかどうかはまだ判らない。
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by aura-21 | 2008-05-23 14:34 | ART
2008年 05月 22日

世代

最近は作品公募展などの応募規定を読むと「参加資格は40歳以下」というものが増えてきた。現代美術系の公募に多い。なにがそうさせているんだろう。40歳以下と以上の間にある垣根。世代で区分け出来る「何か」も結果的には存在するかもしれない。世代から読み解く作品の新傾向を探る公募展。世代(年齢)という層で色分けできる傾向や特徴。選別手法として年齢を設定する安易さ。
表現は年齢に関係なくもっと個人的な部分に所属するはずなんだが、、、。公募展での年齢制限は、ちょっと解せない時もある。「年齢」で資格選別するとしたらそのうち「地域」や「国籍」で資格選別する事も通常化してゆく。それは県展や国内展などで既に規定にないわけではない。括り方でマイノリティに所属してしまうことの不安感もある。

「若い世代」イコール「未来の主流」という構図。そしてそれを紹介する事務局やそこでの審査員は彼ら若い世代を系統化し組織することでその世代の表現者とタッグを組むことになる。それでなくても画廊や施設によって抱える世代(自然に集まってくる)が固定化しているケースは多い。世代という大雑把な括りで残念ながらも切り捨てられる事もある。年齢で決めつけるのは先入観であり色眼鏡だが、だ。傾向で専門化しているケースの方が健全に思う。年齢で規定するようなことに、そういう臭いを感じてしまう。、、というか、自身が切り捨てられる対象の年齢になってしまい、すこし残念に悲観している、、ということか。

世代でいうと元気なシニア世代が集まって自らの世界を主張することも聞く。社会的な地位もあって彼らの権威とか政治力とか団結力はスゴイものがある。そういうものを見るとその世代をどう排除(言葉は悪いが)するかに頭が向くのか。やはり「40歳以下」の文言は生きてくるのか。
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by aura-21 | 2008-05-22 12:53 | 雑感