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2008年 08月 31日

母のペース 弘前

天気悪し。曇天と小雨の繰り返し。


アスパム裏手で農フェス開催をテレビで知った母の運転手。
「カボチャが欲しいのよ」
今年のはおいしいらしい。年度ではなく品種だろうに?
アスパムの駐車場は混んでいるが、もう12時も過ぎてて人波は少なめかな。お天気のせいもあるかな。母は早速手近のブースで売られているカボチャを発見して買っている。私はブース全体をチラミしてあるく。特設ステージ上ではジャガイモの重さ当てゲームをしている。音響がスゴくてそこだけ熱気がありました。農業高校からの出店もあってなかなか面白そうですが、欲しいものを買ってしまった母には「もうここには用はない」(笑)

駐車場に戻り車を出す。

「テレビで見た浪岡のレストランに行きたい」と言い出す母。
浪岡駅前というヒントしかなく、そのレストランが何の種類の店なのか、和食か洋食か不明。「とにかく白くて大きな建物だったから行けば判る」アバウトである。
起きてからまだ何も口にしていない。腹減った。しかし、浪岡駅前めざし7号線を走る。

14時過ぎに浪岡駅前にそれとおぼしき店を発見。確かに目立つその建築はホテルのようだ。
ランチの看板を見つけて駐車スペースを聞きに母だけ勇んで店へ。おやおや? 店の前で店員と話している様子は「?」、既にランチの時間を締め切った模様。残念である。

浪岡といえば「つねた食堂」か、そちらへ急行。しかしここも昼時営業時間が終了。あぁ、ますます空腹感がつのる。弘前へ向かう。修理に出していた万年筆が出来ていることを思い出した。途中で「矢車」の蕎麦。空腹に勝てない。まぁエビ天丼と蕎麦のセットで満腹である。

そうそう、いつも思うことなのだが・・・・あの「蕎麦湯」。
私は蕎麦湯の底に沈んでいるそば粉成分たっぷりしたトロリの部分が好きだ。しかし蕎麦湯の性質からそれは蕎麦湯サーバー(あの四角い入れ物を何て言うのか?)の最後じゃないと出てこない。(時々、蕎麦湯が薄くて最後まで「トロリ」が出ない時もあってがっかりする) ついつい満腹で湯なんてそんなにがぶ飲みしたい訳ではないのに最後の「とろり」が飲みたくて最初の薄いヤツを我慢して飲む。これが、、、ちょっと、辛い。、、
・・・・・ということを蕎麦湯が運ばれてくるたびに思い出す・・・閑話休題、、ちょっと違うか、、、

さて、腹もいっぱいになったし、弘前へ向かう。

harappaの駐車場に車を置かせてもらって、その向いのH万年堂へ。随分と修理に時間がかかったなぁ。6月の終わり頃に預けた。キャップの締め付けがゆるい感じがして修理を頼んだが、出来てきたら本体側の首の方が磨り減ってしまってのキャップした時の緩みだそうだ。首側を交換する修理だった。わぁ、これは大変だわ。修理代2,500円というのもしかたがないか。大学生の時に買ったものだからもう26・7年は経っている。愛着である。買った当時も10,000円した。最近は字書かなくなったなぁ。

harappaをのぞく。「ひろさき書道こども教室作品展」、書の展覧会。奥の方には子供の習字も並んでいた。その習字をちゃんと表装(もちろん借り表装だけど)して並べているのが素敵。先生は若い女性の方だった。初めて書いた子供の習字を表具して展示している。先生のは入口の空間にかかった作品かな。大きく「林檎」と書いてあるのや漢詩を書いたものも。
おとなの字よりも子供の字の方に無為な美しさというか作為の無さの安心感のようなものがある。どうしたものだろう。絵でもそういう事はある。しかし、絵の場合にはその生命力が短い感じがある。いつまでも見飽きないようなものはなかなかない。字でもそうなのかな? なかなか見るという事も考えさせられるものがある。見飽きないような絵こそが、おとな/子供に関係なく何かいいもの(見所)を持ったものなんじゃないだろうか。わからないけど。

田中屋で珈琲。丁度日本画家のI・Kさんがいて2人でお喋りになってしまう。彼の絵にかける情熱は見習わないといけない。自作品をセールスすることに照れを感じているようではダメだとなぁ、、、教えられる。もちろん彼も(私も)その含羞のような部分をわきまえてて、それを超克していかないと芸術と生活は直結しないことを話しているんだけれども。作品を売って生きるというのは、、、いろいろ・あちこち痛いのである、きっと。


見切り品の棚のゴーヤと安い豚肉を買って帰宅。夕食は私が作る。これをささっとね。
ビールはキリンの秋味。缶ビールしか見つけられない。瓶ビール愛飲者の私には不満。
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by aura-21 | 2008-08-31 01:21 | ドライブ
2008年 08月 30日

秋の夜長

このところ昼夜が逆転ぎみ、、というか夜明け頃までの夜更かし傾向。
かといって建設的でもなし。
気持ちは焦るんだけれどもね、、、、


寝付けなく寝起きがわるい。
秋の夜長を虫の声聴き入る。雨の音も・・・
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by aura-21 | 2008-08-30 00:57
2008年 08月 29日

落語 三味線

昼近くに起きだす。
このところぜんぜん堕落してます。わかっちゃいるけど、、、、治らんなぁ。



夕刻、早めの夕食。
昨日、Iさんに「志の輔らくご inあおもり 祝Vol.10」のチケットを1枚頂いた。
どうもありがとうございます。嬉しい。
母が「見たい」というので譲ることに。ちょっと点数を稼ぐためでもある、のかな。
食後に駅前の青森市民ホールまで送る。
2時間程の公演と聞いていたので、その間に時間をつぶす。一端家に帰ってもいいけども、なんだかそれもツマランので無目的にうろうろする。

アウガの市民図書館へ。立読みして約1時間を過ごしてから2冊程本を借りる。さて次に「青森ドリームタウン」の古着屋へ。ここは初めて足を踏み入れるなぁ。最近は本当に古着好き。エコとかリサイクルの精神ではない。新品よりも数回着込んで洗いざらしてあるものの風合いの方が好きなのだ。お値段安めで面白いデザインのものを試せるのもいい。、、とか言って、そんなに冒険しない。普通のものしか買わないよ。見るだけのつもりだったのが、、、ここはタグに野菜マークの付いた服が日毎に安くなるシステム。今日一番安いのが百円! 買ってもいいような丁シャツ見つけてカゴに入れてしまった。店員さんが寄ってきて「今日から3日間は野菜マークの服は全部ヤサイにひっかけて831円ですよ」という情報。「えぇ、、!」それでもう1枚アロハ買っちゃったよ。この涼しさ寒さの秋口に着る機会はあるのだろうかぁ??・・と自問自答しながらも「来年への準備ね」と独り合点。
会計済ませたところで携帯に母より電話「落語終わったよ」
駅前に向かう。

アウガの噴水前で母を拾う。その向い側でストリートミュージシャン、それも津軽三味線を弾く若者。けっこう周囲を人が取り囲んで聴いている。アコギの若者は多いけど、三味線はそういない。私は初めてだ。最近のこの辺のトレンドか?はたまた計算した街起し・地域おこしに類するのか?、、、でもいい感じ。そんなにヘタでもないし。津軽のストリートならではでは、でしょ!
こういう音色がもっとこの街のストリートに鳴り響けばいいのになぁ!、、、と、車から降りもせずにちょっと耳目にしただけながらの感想。
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by aura-21 | 2008-08-29 01:03
2008年 08月 27日

水蒸気

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夕方、TSUTAYAの駐車場から八甲田が見える。
水蒸気の立ちのぼる風景。自然は生きているね。
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by aura-21 | 2008-08-27 22:20
2008年 08月 26日

過去作品カード

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by aura-21 | 2008-08-26 23:23 | 作品画像
2008年 08月 25日

ポッドキャスト

晴間。


時々ポッドキャストで時差のあるラジオを聴く。
あちこち著作権かなにかの関係で流せない音源や内容があってその部分が抜け落ちている。ラジオもテレビもただただ何でも垂れ流しに放送している訳ではない。裏でいろいろ調整し交渉し承諾をもらっているのだろうな。使える回数とか場所も決められてて、それでポッドキャストもそこだけ無音になってる。残念。どんな音なんだろう??
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by aura-21 | 2008-08-25 12:01
2008年 08月 24日

ガソリン

ぼーっとする一日。
日曜だし。
またまた温泉。久しぶりに「鶴亀温泉」。老人2人も連れてでる。
温泉の駐車場は随分混んでいるが、中に入ったら左程でもない。謎。

昨日夜に中藤さんからメールが来ていた。
9月には秋田市の「galerie TURM」で版画の個展をする中藤さん。メールの内容はガソリンについて。「1ℓ200円のガソリン」を入れたそうだ。「牛乳よりも高いガソリン」の一言に納得と苦笑。
こちらではまだそんな高いガソリンは見た事がないが、それでも既に牛乳より高いガソリンである。値段を基準にするとペットボトルの水も牛乳より高い。酪農家さんは大変である。
セルフで1000円とか2000円という小刻みで入れるようにしている。その割に運転を控えるということも少なく、ついつい近所まででも走らせてしまう。
環境問題。なんとなく解った気持ちでいても、実動が伴わないのはいかんともしがたい。
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by aura-21 | 2008-08-24 11:45 | ドライブ
2008年 08月 23日

鶴の手紙 井戸端

やっぱり今日は天気悪い。
気圧のせいだけでなく、二日続けての運転疲れもあってか起きれない。寝坊助。


早めの夕食というか遅い昼食というか、回転寿司に出かける。
クルクル廻る青森の「函太郎」。青函交流ね。


帰ると鶴見さんから先日の陶芸二人展のお礼と「残暑見舞い」を兼ねた素敵なお葉書が届いている。
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凝ってるなァ、、

私も先月の弘前での個展のお礼状を「書かなきゃ〜書かなきゃ〜」と、うなされながらも、まだ書いてない。「次回個展のご案内をします」の為の芳名帳と心得ていますが、、、やっぱり書かなきゃだめぇ?

さて、鶴見さんのお葉書には9月10月の「若手作家による青函交流美術展 -アオダテハコ森-」の日程もついていた。参加されるそうだ。フライングで告知に記載します。
詳しい参加作家名が判りましたらば追記します。




18時半からの「アート井戸端」へ。今夜の会場はH町のS邸。
歩いて行ったら30分ほど遅れて着いてしまった。時間を守れない自分が情け無い。

今日の井戸端は(株)北電 代表の山谷雅英さんによる「光をデザインする」というテーマ。明かりと家の関係。あかりの重要性からいうと家のデザインが先にあって「あかりは付けたし 或は付随するもの」という観念は違うのではないか?!、、という指摘。あかりの楽しみ方や重要性を経験と実践からスライドレクチャー。また「白熱球の見直し」を提唱。エコ的視点から追い出される運命にある「白熱電球」を「眼から精神を癒せる時間」という視点から擁護。たしかに一部の世代の人からいうとあの電球の赤みは癒される郷愁であり実際に眼に優しい。機能性とか昨今流行のエコロジー的側面からの一辺倒な見方から迫害されているものかもしれない。
照明の作り出す安らぎ。その重要性、人間性に触れ得るお話でした。
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by aura-21 | 2008-08-23 17:56 | レクチャー
2008年 08月 22日

実験室 高校生

昨日は雨降りの一日。もう秋の涼しさの中を半袖(アロハ)で過ごした。
車の運転ばかりで雨風に当たることは少ないとはいえ、さぶい。
秋への気候変化に準備不足でいると不健康で鳥肌ものである。
油断出来ない体調管理。
寝具。昨夜から毛布だけでは涼し過ぎるので布団を引っ張りだした。
寝間着もランニングとパンツでは体が冷えるな、、、もうちょっと着込もう、注意しないと。


今日はしばらくぶりに晴れ渡った。しかし週間天気予報ではまた明日から雨マーク。今日だけの陽気か。風は涼しさ以上で油断出来ない。


夕刻から長袖を羽織ってバスでダウンタウンへ。


空間実験室で開催している「高橋由佳 -夏のiki iki 展-」を見る。
2階の展示スペース全部を広く使って作品展示。食器もあるが陶の風鈴や陶を繋げて下げた作品が点在。インスタレーション。壁面には大きなイラスト。カラフルな鰐が描かれていた。作品のゆったり感がいい。
訪れた時間帯が西日の直射が入るころ。作品が逆光で眩しいね。

同じ会場で前週(20日まで)開催していた柳谷暁彦さんの展示を見れずに失礼した。ちょうど居たスタッフのOさんに柳谷さんの時の資料写真(手製の豆本形式)をみせてもらった。

実験室も店舗を通りの向い側に移転。展示空間が前よりも広くなる。
外から直接2階の展示スペースに入れる階段は閉鎖している。搬入出時の使用にのみ限定しているようだ。いちいち奥の階段まで行かないと入れないのが不便な感じ。




渡辺源四郎商店「修学旅行」を見る。
高校時代の同級生Oからチケットを購入。ちょうど見たかったし彼からの勧誘にのる形。入口で待っていると彼の奥さんがそのお友達と一緒に来てチケットの受け渡し。彼自身は来ないようだ。奥さんとその友達と私、、3人で並んで観劇。前回も1人で見に来て偶然に久しぶりに会ったT日報のMさんと「おじさん2人」で並んで観たな。まぁ、映画や芝居はデートで来ると鑑賞に身が入らないから丁度いいか。w
客席の空間よりステージの空間が広くとってある。客席50人程のキャパで見る芝居は贅沢な感じがしていい。でも出演者よりも少ない客の状態になってたら、痛いな、いたたまれない、、。この劇団は大丈夫。初日も楽日もチケットは既に完売の様子。

沖縄への修学旅行の宿の夜。5人の女子高校生の部屋が設定。
唐突な歌声。観客を惹きこむイントロから人物関係がすこしづつ見えだす。女子生徒5人の個性が描かれる。今時の高校生か。もちろん初演では実際に役者も高校生が演じた。この芝居「修学旅行」は畑澤氏が青森県立青森中央高校演劇部に書き下ろし、05年全国高等学校演劇発表会にて最優秀賞を受賞、翌06年には高校演劇初の海外公演となるソウル公演を敢行した作品。ナベゲンの芝居(に限らず)では配役がその役者の実年齢、時には実際の職業に近い設定のストーリーで行なわれるように思う。今回の男優たちは今も「高校生」に見えなくもないが、女優にはちょっと無理があるかもしれない、、ように、、見えてしまう(小声になるなぁ)。女性の成長というものは速いのだな。素早いのだ。あの特有のキラメキというのは一瞬の事なのだろうか。女優陣にとって数年前なら?ドンピシャに地でいけそうな役だっただろうになぁ(小声)。
また声の張り上げ(は高校生っぽくあるけど?)はすこし気負い力み過ぎ。最近のテレビの若手お笑い芸人のようで、何を言っているのか聞き取りにくい。それはこっちの「おじさん度」の問題か、、、私にとっては疲れる部分もあるかな。
でもある瞬間の何も言わずに視線や動作だけの表現力には幾らかキャリアと貫禄がものを言う、見ていて客側で安心できる、そういう部分もある。が、それは逆に大人びていて高校生を演じているにはすこし違和感を否めない。今時の高校生、あるいは女生徒とは瞬間に見せる「おとな」がある生物なのだろうか、、、。
高校生、それも女子学生を演じれる時代(年齢)というのは、、、本当に一瞬なのだなぁ、、と妙なところに感心しながら芝居を観ていた。

旅館の布団にくるまっての「コイバナ」エピソードは巧い展開だなぁ。
しかもそこにも「どんでん返し」が準備されている。脚本の巧さ。
物語のずっと背景に「戦争」が含まれていた。9.11の数年後に書かれた脚本なので、織り込まれる話題とその解釈として今ではちょっと生々しさに欠ける、というか、現代とずれてしまっているかにも思える部分もないではない。時代の現象に添わせたストーリーは鮮度がものをいうのだなぁ、、。旅行先の沖縄での「戦争体験を聴いた」話や「反戦」的なテーマは確かに大きな永遠のテーマ(モチーフ)ではあると思うのだが、時間と空間(この初秋の青森での上演)では「ちょっと遠い」ように感じてしまう。
それは私自身にとって高校時代が遠くなって(或は今の高校生と気風も違う)、記憶も感覚もずれてきているせいがあると自覚している。自覚しているが、この芝居を見ていて気になってしかたのない部分でもある。

出演者に高校の後輩がいた。役は高校生の引率の養護教員。
芝居が終わり客出し時に出演者が並んで挨拶している。前を通ると声をかけられた。私の2年後輩に当たるその女性は部活も私と同じで覚えていてくれてたのに、、すみません、私はぜんぜん思い出せなくて、、ごめんね〜っ。
同級生でも女性の顔をうつろにしか記憶していない。私は本当に失礼者である。


夜空に半月がおぼろに霞む夜道を運動のつもりで歩いて帰宅。
ちょっと飲んで帰りたい気分もあったが、ひとりで入れる店もなく、とぼとぼと歩行運動。
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by aura-21 | 2008-08-22 00:34 | 映画・演劇
2008年 08月 21日

盛岡で展覧会をみる

昨日につづきまたも長距離ドライブで盛岡日帰。
ちょっと体力的に心配されたが、なんとか無事に帰り着けたかな。


雨。昨日よりも降っている中を10時半ころに家をでる。また八甲田山越え。毎度の下道をゆくのだけれど山越えで少しはショートカットになったかな。


十和田の道の駅でもう昼過ぎ。おにぎりを買う。
地ビールの1升瓶入りというのを見つけてお土産に買う。


ギャラリー彩園子。
「開廊30周年記念 ギャラリー彩園子の現代作家 50人展」のパート1。
ここ彩園子(さいえんす)を利用した事のある地元作家による30周年の企画展。割合に新しい方々が中心となって構成されたようだ。だからか、今週のメンバーでは3人しか私は知らない。どんどん新しい人がでてきて面白い表現、驚かされる作品を披瀝してくれるのはどこも同じだろう。
2つの会場に溢れるように様々な展示作品がひしめく。参加者50人を10人づつ5組に別けての展覧会。作品内容の全貌を捉えてコーディネートするキーマンは誰かいたのでしょうか? 
聞いた話では各作家は自作を展示する壁面の位置とサイズの確認だけで作品を持ち寄ったようです。見せる以上は展覧会としてグループ展として色彩や手法で重複しあわないような展示上の配慮も必要だろう、、と心配になる。実際に見ていても種々様々感はあっても、ある種の全体のバランスとか統一感という点ではむずかしかった気がする。


クラムボンで珈琲。ちょうど店内では「プリン同盟展」開催中。
こちらはかなり軽いノリで始まったと思われるのだが長く愛されてメンバーも増えながら継続している展覧会。テーマは「プリン」、あの食べるプリンです。イラストや立体や版画、現代美術、本当の食べれるプリンまで供されている。
プリンセット(珈琲とプリン)を注文する。(クラムボンに普段はプリンというメニューはない)なかなか美味しい。「プリン展」を毎回みている訳ではないのだが、当初はどこへ行くのだろうか、、と懸念といぶかしさがあったものの、参加者の遊び精神がその内容の味を広めてファンを開拓していると思う。ひとつひとつの作品がどうこうというよりも、この同盟の結束力と遊び心が魅力なのかな。




ギャラリーla vie「鎌田紀子展」を見る。
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私は彼女の作品の隠れファンである。別に隠れなくてもいいのだが。
昨年の「アート@つちざわ」でもフューチャーされ街角のいたるところに鎌田さんの作る「人」や「人体の一部」が並んでいたその印象はとても強い。個展は今回が初めてだという。
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会場の天井いっぱいに広がった人体に驚かされ微笑まされた。


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小型で電動で動くものもあり、観客は自由に触れるようだ。
妙な音をたてるものや腰だけ動くもの、痙攣するような振動を出すもの。

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愛くるしいようなすこし不気味なような、でも愛くるしいような。
人形というたんなる人型ではなくその人間を取り巻く周辺にあるものを描き出しているようでもある。作品に接している側が「自分」を投影したり発見したりするのは、それがアートだからではないだろうか。精巧に人型を写し取る技術としてのアートもあるが、不必要に技巧に走ってはいない健全さがあると思う。むしろ必要な手法を編み出しスパイラルに獲得している。
画廊の隅で眼ばかり見開き脱力しているような状態は「死」でも「生」でもない。何かに向かって準備しているスタンバイ状態だろうか。しかし決して彼らの準備ではなく見る側に何かを引き起こさせるための準備で「脱力」しているようにも見える。3次元での擬人化と投影、人型ならでは、、、。

関連記事(盛岡タイムズ)

la vieの姉妹店ロジコへ。蛙の携帯ケースを購入。
ここの品揃えはいいなぁ、、といつも思う。地元のアート作家のもの(作品)がとてもリーズナブル。アートコレクションというような敷居の高さはなく、だからといって雑貨レベルだけでもない。昨今の美術館のショップのような量産品でもない。地元の若い美術作家のハンドメードな作品が並ぶ。



ぴょんぴょん舎で冷麺と焼肉セットを食べて帰路につく。
大型トラックのびゅんびゅん走る国道を北上。0時を廻る前には家に着けた。
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by aura-21 | 2008-08-21 03:24 | ART