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2009年 02月 28日

ゆめゆめ

距離の特定。
自分と誰かの距離。心的な距離。これは不特定要素(主に気分)で密着したり天文学的に離れたりする。人の心のエネルギーというのはすごい。コントロールしようなどとは努々思うなかれ、、である。



食堂のお品書きに「ずっとこの値段」と書かれた短冊があった。
「ずっとこ」ってなんだろう?
「ずっとこ」を ひとつください。
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by aura-21 | 2009-02-28 22:48
2009年 02月 27日

版画

昨日は弘前で万年筆ショップ「平山萬年堂」へ寄り修理に出していた万年筆をとってきました。
また、いつも使っているのと同形のボールペンも買い求めました。
パソコン全盛で筆記具で文字を書く機会がなくなり、私にとってそれはもっぱらドローイング専用になっています。
先輩には「万年筆画家」という人もいます。
私も「ボールペン画家」宣言でもしようかな? (笑) 人には見せられないけれど。
スケッチとかメモ程度のボールペンでの記録。記憶スケッチか?(苦笑です)



昼食を食べに近所の店へ。海鮮丼。
初めて入る店。
折り込みチラシにクーポン券が入ってきた店。
母の「食べたい」に付き合ってゴチに。




14時過ぎて、国際芸術センター青森へ。
しばらく行ってなかったな。
市所蔵の山内ゆり子さんの版画を展示。別な展示場所で見た事もあった作品群。ここだとまた違って見えるのか。静かな会場空間。ちょうど会場受付当番のmasakoさんのお誘い「遊びに来て」にちょっと寄って見ることに。本当に最近は半ば強引に誘われないと「出不精」な自分。
まぁ展示をみてるよりもお喋りしている方の時間が長い。
あーだこーだ世間話。世間話的な対話って必要です。
没交渉な最近でしたので、ヒアリングとトーキングの訓練かな。






腹減らして帰宅。夕食。

食後に三戸町立現代版画研究所のHさんより、初めてのお電話を頂く。
今年度で閉鎖が伝えられている三戸町立現代版画研究所。
利用している町民の中には、続けて版画をしたい意思の方々もいるそうだ。
長話になったが、愚痴っぽい話になりかねない。


町の行政的な意図・意向もあってのこととは聞くが、こうした特殊な施設がなくなることはやはり寂しい。「なんで無くすんだ」という想いが持ち上がる。文化行政的なものは無くして後からその重要さに気付くだろう、、と思う、、、自信ないけど、、、。誰が気付くのか? 組織的な中に組み込まれルーチンワークに追われているとしたら、きっと解らないだろう。行政が文化に口や手を出すことは非常にコワイ。行政に任せたり明け渡すことにはリスクがあると思う。その真価を実感する前に勝手な都合(トップの思惑や組織的で責任者のみえない振り回し)で消される。というか、普段は明確には見えにくい。日常よりも非日常化してしまった中にある文化性。しかしそれは気付くよりも先に空気のようにあるものなのだけれど。違和感とか不自由を感じた時になってそのアリガタミに気付くんだろうな。まぁ、まだ気付く感覚があれば、、の話。

専門施設の利用者にとって、なくなる段階になって行政や他者に頼り何らかのケアを希求してしまう。それでいいの?、、とも思うが、まずは訴えることは重要か。けれども、こと「文化」とか「創造性」とかはお上に頼るべきものではないし、自分たち自身の個々の問題として独立とか主体性を以て取組まないとね。でないと、どうやってもその先は見えにくい。
さて、手伝える事とはなんだろうか?
あまりに他力本願だけでは、そこに協力する専門的な側の思い、あるいはその意味とか意義が見いだせない。
協力はやぶさかではないけれども、、、、。

対岸の火ではない。市町村の管理運営する文化施設には近年、特にそうした試練が横たわっている。同好の士の集まり場を作っておいてからハシゴを外すように場を閉鎖・凍結するというのはひどい話だ。行政に委ねた結果か。もっと長期的にしっかりした計画を以てやってほしいものだ。行き当たりばったりで事が進む時代ではないはずだが。
アート系はどうも、そうした小手先の見栄えで利用されていることが多い。
考え違いである。人生かけて取組んでる人間もいる世界。人生かけて取組んでいるから成立つ世界である。
アートに限らず、そうしたものすべての中心に「人」がいるんだから。
やってる人の顔が見えないと不安になるよ、まったく。

何が言いたいのか、、、途中から頭に霞みがかかりだしたよ、、、(笑)
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by aura-21 | 2009-02-27 17:47
2009年 02月 26日

女子チョコ 温泉

弘前へ。

鳴海要記念陶房館の町民ギャラリースペースで開催中の「おひなさま展」へ。
14日からの会期ながらもなかなか伺えずにいました。参加されている作家さんの中には個展で作品を拝見している方や先日の「あかりのありか展」で一緒だった方も。
小品の展示は販売もあります。作品を所有する楽しみを刺激する展覧会。価格もお手頃です。いや、むしろこんなに安くしてもいいの?とも思えます。アートやクラフトの「好き」な人にとっての価値観はなかなか他の人には解りにくいものですけれども。





サプライズ!
この日会場当番だった二名にそれぞれ手の込んだ箱に入ったチョコと手作りクッキーを頂きました。
ありがとーーーーっ!!
「初日14日あたりに来るかなと思って、、」と、事前に準備されていたようです。なんか〜うれすぃ〜ねぇ〜。
そーゆーのをもらい慣れてない係長が娘ほどに歳の離れた女子社員に予想外にプレゼントされた義理チョコに、どーしていいか判らなくなって軽いメマイをおこしている図が脳裏に展開しました。
いえ、喜んでいます。でもメマイが、、、
免疫のない「おじさん」です。私。

会場についたらもう閉館の時間が近づいていました。
珈琲をいただき、お喋りしてたらそこからもう30分程も過ぎてた。




帰路、弘前方面の温泉に浸かって帰ろうと思ってタオルだけ持参。
夕食は「いわき食堂」で中華そば。その後、夕闇が迫った道をくねくねと何処までも走って「白馬龍神温泉」をめざします。そこは前回迷って迷って辿り着けなかった場所。正月にも地図を書いて教えてもらってたのでだいたいの察しが付きました。が、教えられた通りに道を進みながらもだんだん細くなる山道のよう(暗くて周囲に灯りもなく)心細くなりました。
「本当にこの道でいいのか?」、、、自問自答が続きます。と、暗闇の中に殺菌消毒ライトのような紫色の照明に照らし出されて、お城のように建っている「白馬龍神温泉」を発見。道に迷わず辿り着けました。

泉質の成分が浴槽の周囲や床に石化して凹凸の模様を作っています。鉄分が多いのか、赤褐色のお湯。熱めで源泉かけ流しというやつでしょうか。
ぼんやり〜じっくり〜ほんわか〜のほほ〜ん、、と湯に浸かって、疲れの浮き上がった感覚と眠気と闘いながら運転して帰りました。




「アート@つちざわ」の応募要項が届きました。
参加してみようかなぁ、、現地下見会は5月です。
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by aura-21 | 2009-02-26 16:36 | 温泉
2009年 02月 25日

ビーチコーミング

また雪も少なくなって,これからは春に向かってまっしぐらですな。


テレビを見ていたら「ビーチコーミング」という言葉が。
なるほど、海岸を漂流物を探してあるく行為をそう言うのね。
海岸の砂に櫛をかけるような行為。学会もあるんだぁ。すごいねぇ。

近くの浜辺をうつむいて歩く。そういうのが好きでたまにやってる。
もうそんな驚くような収穫物はないけれどね。貝殻とか流木。湾内だからヤシの実よりも野菜の屑だったりが多いかな。
もっと暖かくなったら、海辺に出かけようかな。
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by aura-21 | 2009-02-25 17:42
2009年 02月 24日

おっちょこちょい

髪の長さが肩まで伸びた。
その長さは最近の映画でいうと「20世紀少年」のオッチョくらい。
しかし髪がのっかっている顔はトヨエツとは程遠い。
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by aura-21 | 2009-02-24 03:53
2009年 02月 23日

カダケス

先週からぶり返した雪。寒さも身に沁みる、、、。
布団からはみ出した肩口が寒くて目が覚める。あんまり熟睡出来ていない。寒くてもそのまま肩をちぢこめて寝ているのか、起きると肩が凝ってて大変だ。血行不良。
夕べはもう一枚肩口を覆う毛布を出して寝てみた。寒さが応える。

家にひとり。灯油がもったいなくてすこしストーブを消してみたら、、、寒い。





昼に書留郵便が届く。
第28回 カダケスのミニプリント展(28e MINI PRINT INTERNACIONAL DE CADAQUES 2008)のカタログ。昨年応募した。拙作も小さく載っている。売れ残りの作品と売れた代金がカタログにはさまっていた。いつもは小切手で送られてくるが、銀行で換金してもらうのに手数料が額面と大差ないほどかかるので困っていた。今回はユーロ紙幣が1枚、オモチャのお金のように差し挟まっている。外国の紙幣はなんだかそういう感じでありがたみが薄い。まぁ、紙幣も印刷物。版画であるか、、、プリンテットマター。
カタログはフルカラーになっていた。
そのカダケスの次回応募締切りもあと1ヶ月弱。3月15日必着。
先週まで作っていた小品を郵送しようと思っている。
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by aura-21 | 2009-02-23 12:55 | 版画
2009年 02月 22日

ウトウトとして1日が終わる。
ウカウカとして、、と言いなおすべきか。




木曜日から切れていた珈琲豆を買いにジターヌさんへ。
買った豆の包装袋を15枚集めるとジターヌブレンド100gと交換してもらえる。
深煎のペルーの他にブレンドを袋と交換して頂く。

某温泉の招待券を頂いた。ありがとうございます。温泉大好き。

古川の駐車場付き温泉(温泉付き駐車場?)がそろそろ開店するそうだ。
町内の銭湯がだんだんと少なくなってゆく中で、車で通える距離の温泉が増え出してる。広い駐車場は温泉に必須。近所の銭湯へ下駄履きで歩いてゆく風情は地方にゆくほど無くなってきているのかもしれない。たくさんの車が駐車しているのに温泉の中は左程に混んでいないことがよくある。1人が車1台で通ってきているのかと思える程だ。
油量と湯量の天秤が頭の中でユラユラしている。
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by aura-21 | 2009-02-22 13:11
2009年 02月 21日

すりすり

刷り。
小さいものばかり。



夕食後に温泉へ。
家の風呂に入らなくなってどれくらい経ったかな。




気に入っている筆記具が見当たらない。
あちこち部屋の中を探す。頭の中には「捜し物は何ですか~♪」が鳴ってる。
それがないとそわそわして何も手につかない。
ツマラナイもので、いつもこう。
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by aura-21 | 2009-02-21 00:57 | 版画
2009年 02月 20日

疑り深い

眼科へ。相変わらず右眼まぶたの腫れ。
塗り薬を変えて処方してもらう。





「版画とは何か」と考えた時に、版画を限定して「こうあらねばならない」と考えるよりも、「こうも出来る」と拡張して考え挑んだ方が建設的だと思っている。まぁ、適当なだけだが。自分では自作が本当に「版画」なのかを疑っている。疑うにこした事はないとも思っている。疑うことは創作する者にとって必要な資質だと思っている。疑り深いのだ。簡単に騙されないぞ、、と思いながら、簡単にころりと騙されつづけている。
どうあがいても、いつかは自分の考え方や作品が古くさいものに成り果てることをどこかで覚悟している。
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by aura-21 | 2009-02-20 12:55
2009年 02月 19日

手加減

版を引っ掻いていて思うのは「手数をかけ過ぎているのじゃないか」ということ。適正な手数というのもないのだが、描きこみ過ぎるのも、、、どうもいけない。まるで自分の発言ばかりを連呼し他人の声に耳を貸さないような、聞いている人が困惑する。絵にだって見る人に自然としみ込むように入ってゆける余白部分、解釈の余地を準備しておかないと。その部分を発見して感じることをもっと喚起する。感受性に火をつけるトリガー、必要だろう。言いたいこと全てを一方的に言い切るだけでは何か違うような感覚。ただ言い切って聞かない、相手を打ち負かす勢いだけではない表現方法。
手加減というかイイカゲンサがどこかにないと。
それがないと制作していて袋小路に迷い込みそうな気がする。
、、、なんだろう。そうじゃないのかもしれない、、、のだけれど、、。


引っ掻いた版を明日以降に刷ってみることに。
刷るとまた違う印象を持ちそうだ。
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by aura-21 | 2009-02-19 10:50 | 版画