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2010年 04月 30日

額 訃報 4月酒

雨。
桜も咲きだしてのこの天気は人にも花にも冷たい。


額装準備。マットだけ新しく切るために額屋さんへ。
額装に来たNOZAKAさん夫妻と偶然にお会いして一緒に昼食へ。
お話の中でイラストレーターの沢田としき氏が先日27日に亡くなったことを知る。
沢田氏は青森県生まれ。今は変わってしまったが青森市駅前の新町通りの消火栓を氏のイラストで装飾されていた事があって興味深く見ていた。直接ペンキで描いて全部が違った。ただ赤い消火栓であるだけのものがこの通りだけはアートしていたなぁ。現在も交差点アーケードの見上げる部分に1点、ポップに描かれた花の絵が咲いている。


夜、もう少し版画中。



4月が終わる。一年の1/3が過ぎ去った。
夜にひとりマッコリを呑んでたら、、、ひと瓶を呑み空けてしまった。
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by aura-21 | 2010-04-30 22:31
2010年 04月 28日

被愛

読書中に「被愛妄想」という言葉に出会う。
ほぉう、、、なんだか面白い言葉。特定の人物(相手にはそんな気持ちはないのに)から愛されていると妄想してしまうことだろうけど、妄想というからには病的。


誰かが誰かを愛しているだろうけれど、家族以外の誰からも愛されていない場合もあるだろうと思う。時にはその家族からも愛されていない場合もあるかな。日本人は愛情表現がヘタだというから、家族間では過ごす時間が経てば経つ程それが「当たり前」のことになってわざわざ愛しているなんて「表現」しない。
愛というのは黙っていると伝わらないもののひとつだねぇ。つくづく、、、、
愛を伝えるとか表現するとかがメンドクサイ気分になる私は日本人です。
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by aura-21 | 2010-04-28 22:22 | 雑感
2010年 04月 27日

昨日の彫刻

昨日の函館は金森倉庫群そばで見つけた彫刻三態。
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赤い靴 少女像」。
赤い靴の少女像は横浜の山下公園にもある。そちらは膝を抱えて座る。
こちらは小さなバスケットを持ち旅人気分でもある。


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謎の青年像。小舟が半分しかなくてなんだか浸水しているみたいで危ない。


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「北海道第一歩の地碑」
最初は白い形態が何なのか判らなかった。「熊だ」と不意に気づいた。
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by aura-21 | 2010-04-27 23:15
2010年 04月 26日

函館

青森も函館も快晴。

先月の父の二十三回忌に用意した塔婆を持って函館へ。
何度、青森-函館間を往復しただろう。
昨年は夏とクリスマスにフェリーを使って車で来た。
車が必要であればレンタカーでもいい。今回はJR。

観光シーズン前のまだ旅行者がまばらな街。
人の影が小さく足元に落ちている風景。
路面電車のアンバー色と白く光る坂道のコントラスト。

花とカップ酒を買って墓地の斜面を登る。母にはもうこの斜面はきつい。
ゆっくりと。ゆっくりと登る。
「あと何回登って来れるかねぇ」と言葉にする母の背中。



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墓参後に時間を潰しに金森倉庫群へ。
観光客の人影まばら。まだシーズン前か。
遅い昼食にビアホールへ。
一杯だけ黒ビール。
車じゃないので「よかった」よ。

他に用事もなく、あとはお土産を買って帰るだけ。
車じゃないから行動半径も狭くて他に行きたい場所もない。
まだ陽の高いうちに帰りの電車に乗り青森に帰る。
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by aura-21 | 2010-04-26 22:39
2010年 04月 26日

版画

先月制作した中から。

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このところ、本当に制作する数が減ってきた。
気力がないなぁ、、、困ったなぁ。





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by aura-21 | 2010-04-26 22:22 | 作品画像
2010年 04月 25日

昨日の彫刻

昨日は快晴で弘前に向う途中、「道の駅」も賑わっていた。

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ここの丘には彫刻(高校時代の美術の先生Tさんの作品)が設置されている。

公共の場所に設置されるモニュメントについて(その造形の好き嫌いではなく)考え思う。
このニギワイの中でもモニュメントとか屋外彫刻は誰も見向きもしないようだ。もう存在することが当たり前になって視野の中に入っても気づかないのか「在って無いもの」となる事が多い。
公共の場所でのモニュメントは時間の経過でそうなることがよくある。

あらためてじっくりと観察してみた。
一般的な鉄とかブロンズではなくコンクリートで出来ている。油土で造型してから石膏で雌型を取り、中にまた石膏を流し入れて作る石膏像。石膏では強度が不安で屋外設置には向かない。これはコンクリートのようだ。
コンクリート(モルタル)での造型は石膏よりは屋外展示には向くかもしれないが、作り方や造型に扱いが難しいことが想像できる。細かい部分の造形にもともと向かない。この彫刻の細部は型から出してから手直し的に補助造型作業したのだろうか。コンクリートだと扱いがそれだけ大変だ。単純な幾何学形態ならばよく見かけるが、この母子像は下部には大きなマッスで済むものの上部に細かな表現がある。コンクリートを素材に選ぶには技術を要する珍しい仕事かもしれない。
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by aura-21 | 2010-04-25 22:22 | ART
2010年 04月 25日

陸奥新報 のれそれカッフェ その5

「画廊が少なくなって」


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 県内公立の美術施設が様々な展覧会を開催するなかで、街の画廊の元気がなくなり休んだり閉廊してゆく話が聞こえて寂しさと心配を感じています。画廊は展示する地元の人たちと共に地域文化の下支えをする役割も果たしてきました。この不況下です。閉廊という話題は都市圏からも地方からも聞こえてきます。他県ですが3月にM市のL画廊が、来月にはS市でも一時閉廊する老舗画廊があります。画廊ごとにその特徴も姿勢も様々です。L画廊は地元作家や美術学生に利用され、小さな空間ですが中心市街地にあり若い作家のたまり場で交流の場所でした。長い歴史と経験を持ち各世代の作家と共に歩んできたS市の画廊はベテラン作家の展覧会も精力的に行なわれ、キャリアを積んだ作家の新作と出逢える場所としても貴重な場所でした。これら街の画廊の閉鎖は時代に於ける文化の句読点かもしれません。残念なことですが感謝し労う気持ちで「お疲れさまでした」と言葉を投げかけるしか為す術のない無力感を感じます。
 ワークショップという言葉も県内この十年程で耳なじみ定着しました。美術施設開館と並行して関連イベントにワークショップの参加者募集が美術教育普及的役割も担って増えたようです。作品そのものの鑑賞に繋がるワークショップもあれば技法を知る体験講座もあります。作家との共同作業を狙って展示に絡めたものや、手軽に数時間の受講で作品完成にこぎつけるワークショップや、なかなか完成に到達しない内容のものもあります。もちろん完成の意味というのも大きな問題です。お手本と酷似したものが出来上がって喜んでもクリエイトしたという気持ちは満たされません。創作には参加者それぞれの個性的暴発が要求されます。自己の個性や技術の未習熟度を自分自身に突き返される体験もワークショップの醍醐味かもしれません。
 誤解されるかもしれませんが「他人と同じことが出来ない」という感覚をもつ事が重要な経験なのではないでしょうか。真似する必要はありません。真似して作ってみることへのある種の抵抗を感じることこそ重要です。もしそう感じたならば、それは「作家への第一歩かもしない」と唆したいほどです。そういう覚悟をもって手探りにでも何かを作っている時、近くで一番面白がったり話相手になって味方してくれるのが、今なくなりつつある地域の経験ある画廊やそこに集っている人達だったりするのではないでしょうか。
 今回もまた虚々実々を書いています。


陸奥新報「のれそれカッフェ」掲載)
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by aura-21 | 2010-04-25 15:10 | 作品画像
2010年 04月 24日

弘前にて

青森は晴渡った。気温も上がってお花見気分の土曜日。しかし桜はまだつぼみ。梢がすこしピンク色に霞む程度。でも桜の名所と言われる場所では出店も並んでいるようだ。
花より団子。

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弘前で打合せ。
光栄ですが重責でもあり、お引き受けすることを最初に惑いましたが、優しく肩を押されて踏み出すことに
しました。ありがとうございます。某同人誌の表紙への作品提供。どうぞ、よろしくお願いします。
詳細は発刊後?に追記でお知らせの予定。
でも了解あればその前にフライング告知します。



ゆぱんき」で遅い昼食。
ここでいただく食事は普段のありあわせで手の抜いたものとは違って、なんだか御膳に向って襟を正したくなる。身体の細胞が洗われるような気持ちがしてくる。満腹よりも満足を感じさせます。それは精神的にも美味しいということのような、そういう感じが毎回いただく時に感じてしまうのです。
ごちそうさまでした。合掌!



「ゆぱんき」店内で置いてあった「C-POINT in AJIGASAWA 2010」のリーフレット。
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昨年はゆぱんきさんも会場でドリンクを出店していました。
今年も参加されるそうです。会場でお会いしましょう。
よく見たら金色のリーフレットには「final」の文字が!

えっ、今年で最後なの?? 確かに始まって10年が過ぎました。
それをひと区切りと考えていたのでしょうか。
なんだか右肩上がりで年々成長していたのに、残念な気もしています。
もちろん、スタッフでないと解らないご苦労もあるとは思いますが。やはり残念な気持ちが大きいなぁ。
なおさら有終の美を飾って拍手喝采でその時を迎えて欲しいものです。
お小遣いもって行くぞっ!


帰路、境関温泉(弘前市)。
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by aura-21 | 2010-04-24 23:57
2010年 04月 23日

版画

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丸い視野の中にあるもの。それは何だろう。
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by aura-21 | 2010-04-23 22:05 | 作品画像
2010年 04月 22日

画廊主 思う事

今年新しくギャラリーを開廊したkさんからお電話をいただく。
同窓生だが久しぶりに聴く声。子供達も成人して手が離れ、これから自分の好きなことを始める意志の高い女性の声と話し方。ほとんど初対面に近いようなものの、電話で話している内容は美術とか画廊のことになるので、思っている意見の話せる感じがあって好感ある。
でも、まだまだお互いそこら辺は控えて話しているんだと思う。大人なんだし。
お互いの仕事として今後に繋がって欲しい、と30分程の電話を置く。
ありがとうございます。

後から画廊のWebサイトのアドレスを教えてもらい拝見した。
実物をもっと見たくなるような、いい仕事をされている作家の方々を紹介している画廊でした。



市民図書館へ。
返却しまた数冊を借りてくる。
帰路に温泉。






最近思う事
周囲に流されたり巻き込まれないで自分の事だけをしよう、、と一念発起。まぁ、むずかしいけども。
自分の事ってなんだろ!? そうだよなぁ、、もう人生の折り返し点はとうに過ぎちまってる、、、マジだよ。
自信作も代表作もないなんて。今まで空費してきた時間って、まさしく「無」になったようなもん。
取り戻せるのかな。最後には帳尻合わせて終わりたい人生という時層なんだわ。
でも、無駄にしたり棒に振る人生もあるんだよね。誰も自分の人生を最初から棒に振る気じゃないけれど、段々と老い先が「予感」されたり「見えたかな」と思える瞬間がある。もう人生もそんなドラスティックな変貌も変革も、性根を入れ替えることも不可能に思える程、生活がルーチンに灰色。あぁ。なんだか。。



暗いぞ、おれ。
呑みます。
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by aura-21 | 2010-04-22 22:22 | 雑感