AURA版画工房 日誌部 「むげたほげ」

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2011年 03月 31日

来年度へ

なにもかも未処理。ズルズルと何事も決まらぬままに年度が変わる。
今年度最後の日、31日。晴れ。


午前中に母の病院巡り2カ所。




昼過ぎにgedoさん宅へ。その後、一緒に青森県立美術館へ。

4月23日から予定されていた青森県立美術館開館5周年記念展「青木淳×杉戸洋 はっぱとはらっぱ」は「東北地方太平洋沖地震の影響による物流事情、資材確保の困難により、開催を中止」となってしまった。
館内ではメンテナンスや常設展示替をしているようだ。普通通りにスタッフは常駐し仕事をしている。新年度の企画を再調整中ともいう。

一緒に訪ねたのは館の「ワークショッププログラム」に関連してオープンアトリエで我々にも各1週間つづを担当してもらえないだろうか、といううれしい依頼でした。
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gedoさんは8月、私の予定されている週は12月に。
そんなに先のことは解りませんが、私はやる気になっております。どーぞよろしく。

12月。その時にはこの国の復興はどれほど進んでいることだろう。
簡単じゃないし長期化は免れないし今後どのようにまた何かが起こらないとも限らない。
何が、どう、どこまで、計画され、実行に移され、実現していくのだろう。
そのことの方が特別に大きく頭の中を占める。


帰路、青森県文学館に立ち寄り、預かっていただいてたものを引取りました。
K館長は今日で退職です。節電で薄暗い職員室でスタッフと静かなお別れちゅうでした。
これまで、ご苦労様でした。




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by aura-21 | 2011-03-31 22:56 | ワークショップ
2011年 03月 30日

展示入れ替え

起きだした頃には母はどこかへ遊びに出かけたようだ。
ひとりレトルトのカレーを食べる。
テレビではずっとあの話題。終息の目安がまだまだ見えないし、油断できない状態が継続する。
今後も、傍観する私の肩に無用な力がかかったまま時が過ぎるのか。




カフェ・ド・ジターヌ(県病前店)での展示入れ替え作業。
14時半、現在展示されているご近所に住む秋元さん宅へ。車で一緒に会場へ向う。
秋元さんの搬出作業と入れ替えで私の搬入展示。

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未発表作品「孤独な浮力 2010 A」を展示。
「あおもり国際版画トリエンナーレ2010」に応募して落ちた作品。戻って来てそのままにしていた。
壁に掛けようとして額装の紐が天地逆向きに着いている事に今頃気づき、中身を出してマットごと天地入れ替える作業。
展示する数は全部で6点。
明日はここジターヌお休み。
会期は4月1日からとなる。
いつまで展示するのかまだオーナーと話しあっていないが、5月中には次の方と交代だと思う。

美味しい珈琲を飲んだついでにどうぞご覧下さいますよう。


秋元さんのご主人もジターヌへ来て合流。
展示作業も手伝っていただく。ありがとう。



「一緒に見に来ませんか?」と「海辺の倉庫」へ二人を誘う。
倉庫前の雪はだいぶ小さく萎んだものの、この周辺で雪が残っているのはこの一郭だけ。ちょっと気まずいかな。誰かに何かを言われた訳ではないけれども、町内の空気というものもあろうか。
スコップを刺す。
二つあるシャターを全開。二階の窓も一部開けて空気の入れ換え。
潮の香りは然程しない。風が凪いでいるせいか。
「広いね」と言われて同感。自分でもどう振り回していいのか判らないでいる。きっと贅沢に(無駄に)使うだろう。活かせないのは無能なようでも、無理はしたくない。出来ること。ただそれだけ。

秋元夫妻はその通りの先端まで散策。私も追従。河口と海。
ヨットが停泊し数台は丘にも上げられている。
倉庫のお隣「晴海マリン」ご主人から珈琲のお誘い。ご主人とは初対面。
どうぞよろしくお願いします
海に面してガラス張りの素敵なロケーション。3人でここでも美味しい珈琲をいただく。
「6月になると最高の場所ですよ」とご主人。本当に楽しみです。
海に沈む夕日がオレンジ色に光っている。

秋元夫妻と別れ、倉庫前の雪にもう少しスコップをさして散らして帰宅。




隣県へ引っ越された陶芸家の安藤郁子さんからお別れ記念で作品をいただく。
舟形のオブジェ。安藤さんの作品は何点か持っている。
またお気に入りが増えて嬉しい。ありがとう。



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by aura-21 | 2011-03-30 22:24 | 個展
2011年 03月 29日

青森原人

日中、ほんの一瞬に雪がちらついたりして。
積もりはしないけれど。もうすぐ3月も終わる。



母を指圧へ。
待つ間に「ジターヌ」で珈琲を飲み豆を購入。



ジークに寄ってチョコモンブランを買う。
昼さがりにもコーヒータイム。




tさん事務所へ久しぶりにちょいと寄る。tさん忙しく電話をかけPCの中の図面とにらめっこ。
丁度、ラジオではチバちゃん出演の番組を聞き漏らすまいとラジオ試聴中でもある。
出版された「青森原人」の紹介から、話題を拡げているようだ。
司会アナウンサー、ゲストの魅力引き出すようなトークになっていないように感じる。
この魅力は生のチバちゃんを知ってる人にしかワカラナイから。
ラジオでは物足りなく感じるよね。



歯医者へ。ブラッシングの指導ばかり。
毛先が一列だけの不思議な歯ブラシを買う。
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by aura-21 | 2011-03-29 22:58
2011年 03月 28日

ラクガキ帳

晴れ。


雪融け順調。
昼に「海辺の倉庫」の雪の様子を見に行く。まだ午後の日陰に残っている。
一部の窓の雪よけ垂木を外し、残った雪の一部のもスコップを刺す。
玄関脇の水道の元栓がやっと見えだした。



昼食にS屋で牛丼。



gigiで若い女の子のために春らしいスカーフを買った。
ラッピングしてもらう。





「コノハト」の隅で小一時間、ノートにドローイング(というか、ラクガキ)。
帰りに店主から桜の香りのするテーバックをいただく。ありがとうございます。
先日買った「高麗人参烏龍茶」が体に合う…というか、美味しい。
根菜(牛蒡のような香り)で、なんだか健康になりそうな気持ちにさせられる。
いや、別に効能はうたっていない。お茶として美味しいし精神的になんだか効く感じ。



夕食に蟹を入れたみそ汁。安かったので買ってきたけれど身が痩せている。
みそ汁の具にしてみたら濃厚な出汁。やはり身はなかった。残念





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by aura-21 | 2011-03-28 23:19 | 作品画像
2011年 03月 26日

開館/閉館

先週から被災された地域や関東圏にある美術館で計画停電や節電のため展覧会の一部期間短縮や一時閉館という状況が聴こえてくる。画廊では開いているところもあるようだ。作家はその作品展のためにもっと前から準備し制作してきている。開催を見送った展示の作家はさぞ悲しかっただろう。でもこの時期の多くの被災された人・地域のことをきっと想ってそうしたことだろう。また、だからこそ何かの力になりたくて開催しているところもあるはずだ。

どちらにしても、ただ「被災を中心に考えている」のではない。アートは作家の創造力と想像力の織りなすものである。作家は、そして開催をサポートする関係者・団体は、その気持ちに一番寄り添うべく考え行動しているに違いない。


さまざまそうした関連のサイトを閲覧して廻るといつの間にかURLが変わって「ページが見つかりません。」というところや、数年前に最終更新されてから新たな更新が無いところもある。
サイト管理は「更新が命」でもある。その後のそこでの運営状況を知らせ続けないといけない。
ちょっと自己反省的に、そう思ったりもしている。

展覧会情報はTwitterやSNSやMLで発信したり知ったりする傾向が増大したのだろうか。




岩手県立美術館では
「岩手県の地震災害復興対策に関連して、平成23年度の企画展等の計画について見直しを行い」「平成23年度に予定していた企画展・企画展関連イベント(講演会・ワークショップ)はすべて中止いたします。」
と決定した。
、、、すごい、、、、

もちろん被災地を抱える自治体の公的美術館すべてが同じことをすべきだとは思わない。
開館している美術館だっていろいろな思いを持って方法をさがし開催しているはず。
そのどちらにも被災復興への衷心からの祈念があると思う。




父の祥月命日。
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by aura-21 | 2011-03-26 22:42 | 展覧会
2011年 03月 25日

物流

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朝の玄関脇が白い。この下に点々と芽吹いているクロッカスやスイセン。
すぐにも融ける白さ。



久しぶりに宅配便。
地震後の停電が復旧してからネットで注文した車のシガーソケット経由での携帯充電器。
2週間近くが経ってからの到着だけれど、これは物流が戻った証。
まだまだ一部分かもしれないけれど。
少しづつ、少しづつ。
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by aura-21 | 2011-03-25 13:07 |
2011年 03月 24日

給油

地震の翌12日にガソリン給油した。30分ほど列んだろうか。
まだ行列慣れしていない時で、その列の長さに驚いた。
3000円までしか給油できなかった。
その後、長さの増した行列をよく見かけた。給油できる場所も少なくなって待ち時間も増したようだ。
給油上限も厳しくなっていたようだ。


今日、ガソリンゲージを見ると残量も少ない。心もとない。
いつも使っているスタンドへ行くと行列もなくすんなり滑り込む。
だいぶ復旧してきているのだろうか。
しかし、、「レギュラーガソリン なくなりました」の手書き看板を持つスタッフ。

ハイオクはレギュラーより10円高。またここまで来るのも大変。入れておくことに。
満タンにしても16ℓ少々しか入らなかったけど。
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by aura-21 | 2011-03-24 22:22
2011年 03月 23日

情報 イメージ

昼前、いつものように病院への送り迎え。



スーパーやコンビニの棚の一画に常時隙間があり、GSには閉店の手書き看板がある。
出歩いている人々の服装は、もうすぐ春めくはずがしっかり防寒体勢。
雪も雨も降っていないのに、フードを深くかぶっている人もいる。


テレビやネットや。
居ながらにしていろいろな情報を入手出来るのはありがたい。
けれども「居ながらにして」得た情報にはどこかよそよそしく情報のための情報にすぎなく落胆する。
本当はその情報に命をかけてつながりすがりつきたいと思っているのに。
過信も妄信もしてはいないつもり。でもきっと過信している部分があり、妄信したい心情があるのだろう。どこまでをどう信じていいのか、その間合いが取れない感覚がある。
しかしそれは緊急時だけに限らない「情報とのつきあい方」だったのだが。

情報を自らの命に関わらせるには複雑過ぎる。
これ以上に状況が酷くなった時に、我々がとるべき行動が想像出来ない。
というか、シミュレーションはあったとしてもそう行動している自分がイメージできないでいる。



最近はますます家に閉じこもっている。隠居したかのような我が日常。
すこし外出して人と会う必要があるのだが、なかなか、、、。



何かを「考え直せ」というようなことの予兆とか天啓とか啓示か。
考え直さないとその先がますます不透明になるということか。
かの地域から一刻も早く復旧の連鎖が始まって全域にまで広がり遂げてほしい。

自分の周囲からはもっと未来を見据えての小さな「改悛」が必要かな。
未来って、、、輝く形で在ってほしいもの。

、、、と書いてて、終末的打撃と宗教の繋がりに触れえたような気がした。
勘違いかもしれないけれど
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by aura-21 | 2011-03-23 23:17
2011年 03月 22日

ブランド 光景

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買物の途中でふと見上げた送電線。


電気は電気。その生い立ちを知らない。
生産地や生産方法を選んで買えないのが辛い。
電気にもブランドがあっていい。




盛岡の旧石井県令邸さんのブログ。
テレビでの映像と違い、救援物資を届けに行って目撃した光景というのが辛い。テレビが選択された被災状況の特に厳しい地域を報道しているのでは、と無意識に思っていた。被災地域では広域に渡って本当にこんなにも酷い状態である、、、とは信じられませんでした。
想像を遥かに越えています。
津波の威力を軽く見積もってしまったのもやはり同じような理由からでしょうか。
過去の経験則を遥かに越えてしまった現実。
想像というものが霞むほどにこの現実は過酷なものです。
改めてそう感じました。でも想像をやめてはいけません。
生きている以上は想像し続けなければいけません。
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by aura-21 | 2011-03-22 22:50
2011年 03月 21日

醜塊

気持ちの沈む「春分の日」。


海辺の倉庫、その玄関前に立て掛けていた雪よけを外す。
窓の雪よけも外していいんだけれども。






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路肩の雪もだいぶ縮んだ。
この季節の無惨で消失しかける雪の形が気になってシャッターを押す。
奇麗なものじゃない。奇麗である必要もないけれど。
降り始める時の気分とは違って、「まだいたの?」「速く消えてくれ」という気持ちだろうか。
「次の出番の邪魔をしないでくれ」とも言えそうで、可哀想な気分もよぎる。

美しいものと歓迎され受け入れられたこれら白く降り積もるものでさえも、その季節が過ぎ消え去る時には穢く邪魔者扱いなのだ。繰り返される季節の節目の残骸だからか、もちろん有終の美はない。
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by aura-21 | 2011-03-21 22:07 |