AURA版画工房 日誌部 「むげたほげ」

aura21.exblog.jp
ブログトップ
2001年 02月 08日

版画中 シャガール

昨日今日と版画作り。序々に調子づいてきたかな…? 危ないような気もする…。
外出も怠けもしないでこうして仕事机に向かう自分を我ながら?感心している。これが続くと良いんだけどね。いつものように下描きなしで銅板にニードルを入れて始める。すこしつづぼやけてはいるが構図が見えてくる。…が、今までに描いたものに似てくるのが気に入らない。自分はもっと別な局面に追い込みたいのにな。焦っているのか? まずは眼の前に見えていることをもっと注意深く覗き込もう。どうしても変える必要があればそれからでもいいかもしれない…。得手なものに安住するようなこと、止めよう。



1980年7月に見たシャガール展のカタログを出してきて眺めていたらその扉にシャガールの言葉…


私の絵のなかには、お伽話もなければ、寓話もなく、民話もない。私は「幻想」とか「象徴」という言葉には反対である。われわれの内部の世界は、すべて現実であり、おそらくは、目に見える世界よりも、もっと現実的である。非論理的に見えるものをすべて、幻想とかお伽話と呼ぶことは、自然を理解していないことを認めることにほかならない。…
  (郷愁に生き 愛を讃う 巨匠シャガール展カタログより 1980 読売新聞社)



幻想や象徴の烙印をおしつけてしまいかねないシャガールの作風だがそのすべてが自分の故郷の香りや生まれた国の印象深い記憶としての牡牛、農場、鶏、田舎の建物だったようだ。生命という根本。図太いものがあるな〜。


横浜のプリントハウスOMの代表取締役であり刷り師である尾崎正志さんが仕事で来青していた。お会い出来ずで残念だった。
[PR]

# by aura-21 | 2001-02-08 01:48 | 版画
2001年 02月 07日

かうんと

アクセス・カウンターもおかげさまで今日中に1300 に到達しそう。感謝!
テレビやラジオで「インターネット」という言葉が流れない日はない。というか1 時間に10 回は聞こえてきそうな単語だ。日に数万回ものアクセスがある…というサイトもざらな中で恥ずかしい数字だが見てくれる方々に支えられて健闘させてもらっている…と思う。自分のことを書いているだけで情報とはいえない内容に気遅れもしているのですが…ありがとうございます。

絵を描くのに定年はないけれど旬はあるなぁ〜。
[PR]

# by aura-21 | 2001-02-07 01:40
2001年 02月 06日

銅版準備

版画用に銅板を切る。小さな切手程の大きさを5 枚程用意。まだ描く内容は決まっていない。先月中に描いていたキャンバスの絵は未だに完成をみていない。銅版画の方もスタートさせてみたが、気持ちの中で乱雑に作業が分散するだけかもしれない。自分は「怠け者」だとつくづく思う。いろんな勝手な構想は浮かぶのだがそれらを実際に形にしていかなければ意味がない。形にしていった時に初めて「構想にしか過ぎなかった」ということが判ることのほうが多い。…なんで、頭の中で描くとああも納まり良く素晴しい作品になりそうな思い込みを生むのだろう。いつも頭の中と目の前(手の先…だが、技術ではないだろう)とのギャップを埋めることが1番最初の問題になってる。

雪國にいると雪との付合い方は近所との付合い方ともいえます。おおいに関係しています。隣接してるとどうしても掻いた雪の置き場に困ってくる。隣の庭に雪を置かせてもらう…ことにもなる。だから雪國の人は心が寛いともいえる。自分のところに雪を投げ捨てられても「お互い様…」と寛容。(逆に非常にシビアな人もいることは否定できませんが。)雪片付けの労働は人の心情た考え方をそこに見える形で現します。次の大雪までその形を留めて残します。玄関前に雪道のない家は人の住んでる気配すら消してしまいます。雪は近所どうしの気持ちにいろいろと障害を落として春になると融け去ってしまうわけです。降らなければ見えなかった人間どうしのコミュニケーションを暴きたてるかのように。
雪國(とくに都市部)ではそんなことが毎日起っていそうです。だから肉体的疲労と同時に精神的疲労もそこでは起るのです。

夕方散髪。床屋の椅子はなんて座り心地がいいんだろう。無防備に体を投げ出し「やってもらう…」 気持ちいい。
[PR]

# by aura-21 | 2001-02-06 01:38 | 版画
2001年 02月 05日

困ったメール

う〜ん。絵を描いてる知人の娘(中学生かな?)からメール。もちろん会ったこともないのだが…お父さんのパソコンに私のアドレスがあったようだ。スキャナを買って嬉しくて画像添付したらしい。メールアドレスファイルからランダムに或いは間違って?私のところにも送信したんだろうね〜。これが圧縮していなかったようで2MBもあった。おまけに同じものを2回送信していた。プロバイダーからそれだけ受け取るのに1時間も接続…ひぇ〜〜〜。自分のHPも作ってるみたいで…なんだか自分が「変なおじさん」状態になりかねないが…ちょっと覗いてみた。自己紹介とか占いとか日記とか…なかなかバラエティ〜に飛んでるな〜。中学生のほうが抵抗なくパソコンの中へフリーパスだな。その父は多分こんなにもパソコンを利用していない…と思う。


インターネットはマス・メディアと言えるのだろうか?
重要度の幅というか深度の具合が過剰に寛大…なのかな。
[PR]

# by aura-21 | 2001-02-05 01:37 | パソコン
2001年 02月 04日

刈田さん

うちの銅版画教室に来て版画を続けていた刈田麻美子さん(版画集2/3)は昨年4月に青森を離れ実家の関東方面へ戻った。
その刈田さんが個展‘PRINT WORK INSTALLATION’をします。

2月 9日 〜 23 日  Gallery & Cafe Living Bar「CHIMENKANOYA」
東京都中野区江古田 4-11-2(西武新宿線 沼袋駅下車 新青梅街道 北)
Phone  03-3386-3910
営業時間が変則的 日月 13:00〜17:00/火水木 19:00〜24:00/金土13:00〜17:00,19:00〜24:00


今までは銅版画を自作や発注のアクリル小箱や鉄の台にパッケージング展示したものを幾つも並べるインスタレーションで見せてくれてました。今回はまたどういう形で見せてくれるのか。お近くの方は是非立ち寄っていただきたいです。
[PR]

# by aura-21 | 2001-02-04 01:35 | 個展
2001年 02月 03日

節分 リタッチ

節分。ピーナッツ食べてて止まらない。腹の中に鬼がいるらしい?


絵を描いているとどこで描き終えていいのか終りが見えなくなっていつまでも同じキャンバスから離れられずにリタッチ出来ない状態というのがいくらでもある。なにかの締切り日が強引に終りを決めてくれる場合の方が現実には1番多いのだ。トホホ〜
学生時代は先輩や絵をみてくれる人から「この絵は自己満足ですね。」とか言われて意味も解らず凹んだものだ。最近はあまりこういう指摘は聞かなくなった。むしろ自己満足という言葉の使い方が変ってきたのだと思う。制作者が最初に満足したものでないとオーディエンスに見せたり聞かせたり出来ない。自己満足度が足りないものを人前にだしても他は満足なんてしない。自己を満足させるというのは最初のチェック機構のようなもの。制作や創造する当事者の感度の度合いに係っている。確かに空転しているように見えるものもあるが、低いレベルの満足度数しかくぐってきていないのだろう。…この満足度数はパラダイム-シフトですぐにひっくり返るけど…


盛岡の銅版画家 戸村茂樹さんからアメリカで行なわれる「国際ミニアチュール版画展2001」の出品要項をFaxで送っていただく。応募〆きりは今月26日だ。
[PR]

# by aura-21 | 2001-02-03 01:33
2001年 02月 02日

パウダースノー 高校時代の教則本

夕べから降っていたパウダースノー。今朝の積雪はそれほどではないが、ところどころ吹き溜って盛り上がり雪の風形を作っている。自然の力。風の強く吹く場所で樹木が風の流れを形どったかのように風圧で歪に変形した状態を「風形」という。雪の風形が風と障害物とで流れるような稜線として幾つも出来ていた。


高校時代に読んだ油絵やデッサンの描き方の本を見つけた。今となってはこういう本が随分奇妙なものと映る。例えばこれって、「This is a pen.」…なのだ。文法だけを教わっても一向に身に付かない英語の勉強。実践よりも文法的なものを重要視するようなもの。絵の文法のようなものをなぞっているような感じの「絵の描き方」マニュアル。こんなことで絵が描けるのか〜? 掲載されてる作家や学生の絵もみんな似たようなものばかり。まず絵として魅力が感じない。高校時代はここから何か吸収していたのかな?
ある時期からは一旦身に付いてしまったことを削ぎ落とすという作業の必要性を感じる。またそうしないと絵を自分のものとして続けられないとも感じている。この高校時代に読んだ「絵の描き方」…は、まっ先に削除しなきゃならないことだろう。削除もリセットも簡単にはいかないが。
美術に於いては独学しかありえない。例え美大や美術の専門学校に通ったとしても、だからって絵は身に付かない。そばにお手本がいると参考にしやすいが、悪いお手本とも知らずに間に受けると大変なことになる。下手に美術関係の学校に行かなかったおかげで良い絵が描ける人というのもいる…と思う。(全部じゃないけどね〜)結局は何処にいてもその気になって自分の絵を築くとしたらそれは「独学」でしかないだろう。自分の目標は自分…自己実現なんていう言葉も(あまり好きじゃないが…)ある。

銅版画教室、今日から再開。1月中は開店休業だったぞ〜い。
[PR]

# by aura-21 | 2001-02-02 01:32