AURA版画工房 日誌部 「むげたほげ」

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2001年 02月 13日

CO2 

今日はまたまた降り積もった雪…毎度のことだけど。青森は11月には寒くて暖房を入れる。4月ぐらいまで家によっては暖房を利用している。通算すれば半年間も暖房設備を使っている。これは考えものだな。地球温暖化という意味で。CO2の排出。


今日1日じゅう版に向かっていようとした。…けど、作っているものは簡単に見えてこないな。私は版をこねまわすようにあてどなく腐刻する癖があるようだ。上手く着地点を見つけた時には息をつめてそこに近づく気分、でもその着地点がなかなか捜せないで腐刻の傷ばかりが拡がると大概その版は失敗に終る。まだまだ糸口の発見できないままの今日1日だった。
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# by aura-21 | 2001-02-13 13:04
2001年 02月 12日

浪岡

浪岡を抜け弘前方面へ青森空港地域の雪の中を越えて行く。吹雪いてて運転もヒヤヒヤ…


「浪岡現代美術空間」では浪岡在住の横山哲則さんが絵画の個展中。この空間は「弘前劇場」という劇団の事務所でもあるがこうした美術の展示にも利用されている。1回の展示期間がゆったりとってある。(ここに限らずわたしなどはそのことで見逃す場合もある。「まだやってるだろう…」と油断してしまうから。)
ここでの展覧会をあまり多く知らない。この空間の利用のされ方はどうなんだろう。ちょっと勿体ない…。変な言い方だが「ここは画廊ではない」…と私は思っている。美術の展示空間すべてを一般的に画廊と見なしがちだがそうではない。例えば青森市のアートスペースARIAは市の芸術創作工房の準備室に付属する展示空間であって画廊ではない。職員はそこでの作品展の企画や紹介文などの準備はするが、あくまでも創作工房準備に関わる仕事が当面の主体だ。もちろん販売も行なわれない。この浪岡現代美術空間は全く作品の売買を考えないわけではないだろうが、なにか「現代美術」という文字のところで新しい美術や人の紹介を啓蒙的に取り組むところに力点があるように感じるし、その意味でここも画廊(或いは展示会専用のレンタル空間)の域をでているだろう。(いや、もちろん美術の売買も新しい美術の紹介も積極的にやっている「画廊」はいっぱいあるのだが)
展示作品の内容に関して数人のオブザーバーに作品資料を見てもらい展示の了解をもらうシステムだと聞く。それは展示作品の内容または方向性に関しての「浪岡現代美術空間」としての意見があるからだ。それは大切なことだと思う。作品制作者だけが意見を持つのではなく展示空間を運営する側もその意識をわかち持つことはますます大切になっているから。ただ少々残念なことに(美術の側にやや肩入れしてみると)ここでは芝居の方が本業なので美術空間専従の人はいないようだ。訪ねた時も作家本人が応対してくれた。案内状には長い会期と時間が記載されている。この会期と時間帯すべてに作家が貼り付いていることはむずかしいだろう。今回の横山さんは浪岡在住で家もこの近所とか。離れて住む作家や自由になる時間の少ない作家にはどう開場しているのか…。作品に対する質問は作った本人に聞くのが一番だろうが、後押しする「浪岡現代美術空間」としてその点でのサポートはどうなのか…美術にとって会場の提供とはどこまでが仕事なのだろうか。利用する側にとって敷居の高いレンタル空間にならないことを願っている。
2004年 5月現在で「浪岡現代美術空間」での展覧会目的の利用はなく、弘前劇場の稽古場として使用されている。



弘前の友人も参加している津軽塗りの展覧会を観光館で見る。津軽塗りという大枠は漠然と知ってる気になっているがまだまだ目利きのように見る機会はないのであまり各作家の特徴や違いが解らないでいる。伝統的なことを一概に悪とは片付けないが、どう良いのか…は比較対象が欲しいところでもある。でも粗悪なものを眼にすることの危険というのもあるだろうな。津軽塗りに限らずたくさん自分の眼と足で見て歩くべきだ…ということか。
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# by aura-21 | 2001-02-12 13:03
2001年 02月 11日

地方文化 喫茶で独りに

昨日に続いてアスパムで「青森文化ゐぱだだ会議」。歌、トーク、コント。掲げた看板には新しい文化創造の文字も見えるが、ムズカシイ話はない。青森を題材にした歌謡曲(「津軽海峡冬景色」とか「りんご追分」)をゲストのサエラに歌ってもらい、その後に参加ゲスト(伊奈かっぺい氏、畑澤聖悟氏、アーサー・ビナード氏、あゆかわのぼる氏)にその歌詞のその地に住む者に言わせると変なところ(歌詞の間違い?…こじつけっぽいが確かにそうだ!…というところが笑える)をネタにトークショーはすすむ。昨日雪で飛行機が到着できなかったゲストの松崎菊也氏、石倉直樹氏のかなり危ないブラックなコントは放送では見れないものだろう。ライブならではの毒?
13年前まで私もフジテレビの裏方スタッフで大道具を4年程していたことがあった。私はバラエティ番組担当が多かったが、長い番組収録中にはタレントの放送出来ないとんでもない発言にひいたこともあるが全てVTRだったから編集できる。生放送ではトップの首が変るだろうな…


昨日今日と津軽三味線をライブで聞いた。青森・津軽ではなんだか何処からでも太ざお(津軽三味線の別称)の聞こえてきそうな雰囲気があるが、もちろんそんなことはない。数年前に1度市内の公園の松林の中で樹の根元に座り三味線を練習している人を見かけ良い感じだった。東京の代々木公園で壁に向かってサックスを練習している若者を見かけたが、あんな感じでもっと出没する機会が増えたら青森の風景に音色が付いて素敵だろうな…と思う。


ジャズの流れる喫茶店で珈琲と読書でも…と昔行ったある店に数年ぶりに足をむけたら店そのものがなくなってた。何処かに転居したのだろう。最近は車での移動が多く駐車が面倒でこの店からも遠のいていた。知らなかった。ひとりになれる落ち着いた喫茶店を探そう…
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# by aura-21 | 2001-02-11 13:00
2001年 02月 10日

ゐっぱだだ

今日もよく雪が降る。午後から「青森文化ゐぱだだ会議」を見に青森観光物産館アスパムへ久しぶりにバスで行く。昨年開催された「青森文化デザイン会議2000 雪ねぶた」の続編(ポストデザイン会議)として青森青年会議所、商工会議所が中心に今年も青森文化の紹介セッションと雪の中で遊ぼうという企画だろうか。
13:30からの開会に1時間遅れて入る。すでにセッション「ゐぱだだ-区別と差別」と題して伊奈かっぺい氏のトークと山上 進氏の津軽三味線演奏は始まっていた。今日の雪で東京からのゲストは青森上空を三度旋回してから羽田に引き返したそうだ。当初ゲストの急な変更であわただしかったらしい。17:30からは「冬ねぶた」。屋外、雪の降る中のステージ上で太鼓と笛の演奏や創作ダンス、高田獅子踊り。小型ネブタ1台が運行。色を付けずに墨描きだけのネブタは制作途中では見ているがこうして台上げして出たものは初めて見る。地元商工会議所は新しい観光としてネブタを夏だけのものではなくなんとか冬にも定着させたいのだろうか。ちょうど来青中のミュージシャン喜多郎氏も飛び入りで紹介されステージ上へ。笛に合わせて即興で太鼓を叩く。ネブタのリズムとはまた違ったテンポが面白く聞こえた。明日もセッションがある。2日通し券1000円にはこの屋外での暖まる蕎麦とホットドリンク代が込み。
 ※「ゐぱだだ」あるいは「ゐっぱだだ」という青森の方言は「変った」「変な」「異様な」という意味がある。
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# by aura-21 | 2001-02-10 12:12
2001年 02月 09日

教室 図書館

…快晴…いまのところは…
版画教室。天気が良いと仕事場も暖かいので助かる。腐食溶液の調子も気温で随分違う。やっぱり寒く液温が低いと反応も鈍い。溶液を入れたバットの下からベニヤと金属の台越しに電熱器ですこし温める。うっかりすると溶液からすこし湯気がでるので注意してやる。バットのそばでは換気扇を回している。
昨年から作りかけてるものと今年に版を用意したものとが机の上に拡がっている。どれから完成するだろうか? 多分〆きりの近いモノから。 教室にきているAさんと雑談しながら眼と手はそれぞれ自分の仕事に向かっている。今日来ている人は銅版画に慣れている人だから不必要な制作指導みたいなことはもう言わない。版画制作のためのレンタル作業場…という感じ。


夕方から青森市民図書館へ図書の返却。週末はこのAUGA(アウガ)も駐車場が混み合うようだが今日はまだソウでもない。また3冊借りる。小説とエッセイ。地下の魚菜市場をみる。駅前の魚菜市場の時のお店で知ったお店もこちらに移っていた。夕食用にハタハタを買う。
しばらく来てなかったARIAで青森市所蔵作品展No.4「津軽を描く」を見る。古びた感じのタイトルの付け方かもしれないが、確かに今程にステレオタイプな「津軽」を単純記号化してしまう以前の作家の裸眼で見た対象が温かく描かれている。今じゃネブタ祭も津軽の風景も色彩や構図までもが何処かで見たことあるような同じような絵を見せられてしまいかねないですからね…。
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# by aura-21 | 2001-02-09 12:12
2001年 02月 08日

版画中 シャガール

昨日今日と版画作り。序々に調子づいてきたかな…? 危ないような気もする…。
外出も怠けもしないでこうして仕事机に向かう自分を我ながら?感心している。これが続くと良いんだけどね。いつものように下描きなしで銅板にニードルを入れて始める。すこしつづぼやけてはいるが構図が見えてくる。…が、今までに描いたものに似てくるのが気に入らない。自分はもっと別な局面に追い込みたいのにな。焦っているのか? まずは眼の前に見えていることをもっと注意深く覗き込もう。どうしても変える必要があればそれからでもいいかもしれない…。得手なものに安住するようなこと、止めよう。



1980年7月に見たシャガール展のカタログを出してきて眺めていたらその扉にシャガールの言葉…


私の絵のなかには、お伽話もなければ、寓話もなく、民話もない。私は「幻想」とか「象徴」という言葉には反対である。われわれの内部の世界は、すべて現実であり、おそらくは、目に見える世界よりも、もっと現実的である。非論理的に見えるものをすべて、幻想とかお伽話と呼ぶことは、自然を理解していないことを認めることにほかならない。…
  (郷愁に生き 愛を讃う 巨匠シャガール展カタログより 1980 読売新聞社)



幻想や象徴の烙印をおしつけてしまいかねないシャガールの作風だがそのすべてが自分の故郷の香りや生まれた国の印象深い記憶としての牡牛、農場、鶏、田舎の建物だったようだ。生命という根本。図太いものがあるな〜。


横浜のプリントハウスOMの代表取締役であり刷り師である尾崎正志さんが仕事で来青していた。お会い出来ずで残念だった。
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# by aura-21 | 2001-02-08 01:48 | 版画
2001年 02月 07日

かうんと

アクセス・カウンターもおかげさまで今日中に1300 に到達しそう。感謝!
テレビやラジオで「インターネット」という言葉が流れない日はない。というか1 時間に10 回は聞こえてきそうな単語だ。日に数万回ものアクセスがある…というサイトもざらな中で恥ずかしい数字だが見てくれる方々に支えられて健闘させてもらっている…と思う。自分のことを書いているだけで情報とはいえない内容に気遅れもしているのですが…ありがとうございます。

絵を描くのに定年はないけれど旬はあるなぁ〜。
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# by aura-21 | 2001-02-07 01:40