AURA版画工房 日誌部 「むげたほげ」

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2001年 01月 29日

ガガガガー 乗ってる?

「ガガガガーッ、ズズッガリガリ…バキッ!」
雪道での車のすれ違いは本当にむずかしい。目測を誤って運転席側のサイドミラーが塀に擦れて取れてしまった。根元から折れてる。塀についた雪は意外に薄くて雪があるから大丈夫だろうと寄りすぎたのが間違い。ほとんど塀のコンクリートをサイドミラーで撫でたようなもんだ。ドアまでは擦れていないようだが痛い出費だ。幾らぐらいだろう。接着剤じゃむりかな〜



昨日から少し絵の方がノッテる。傍から見たらどう映るのか判らないけども、自分ではなんだか楽しく描き進めている…と思っている。
絵のスタイルが決まりだすと努力して次の新しいところへ突き進まなくなるんじゃないか…と危惧してた。小さくまとまってしまってはイケナイ。新しいキャンバスに向かっても描くたびに完全にリセットし0から始ることは不可能…とは解っている。作風を自分で思い込んで決めて自縄自縛にフィックスすることも愚だが、自分の絵にはいつも自分自身がつきまとうのも事実だし無理をして自分のものでもない借り物のような絵を描くこともない。
「可能性」と書くとそれで終わりだが、いつも不分明な自分と向き合っているということ。絵を描くのは自分と向き合うエネルギーが要る。
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# by aura-21 | 2001-01-29 23:30 | 版画
2001年 01月 28日

昨日の感覚

昨日の感覚が自分のものじゃなくなる…というのは毎回のことだ。今はまだ酔いしれていられるが、自分を陶酔させておくこともときにはいいかもしれない。キャンバスの前に進んで立っていられる…という意味で。よしよし…



デザインなんて実感したのは少年雑誌の巻頭カラーに載っていた空想未来科学の戦艦や水陸空自由自在の万能戦闘機の美しさからだったように思う。「流線形」なんて言葉はその時に知ったような気がする。パソコンやIT技術が軍需産業の必要性から生まれて進歩したことは誰もが知っていることだがデザインにもそんな時代があったということ?



「本」という手触り。
「活字離れ」というがこうしてインターネットの中では活字を読む機会の方が多い。必要に応じてマニュアルやサイト/ソフト掲載の情報誌、メールも読まなければならない。インターネットをしていると読まなければいけないものが増える。(活字というよりもフォントだが) 読みはするがモノとしてはない。欲しい本には活字情報やビジュアル情報と同時に紙という素材が手触りとしてある。人はまだ手触りと一緒に情報を取り込む段階から完全には離脱できてはいない。だから本は無くならない…と、言われる。情報の内容だけならば取り出す形式は(朗読してもらうとかコピーやプリントアウトするとか)たくさんあるだろうが、(もしかしたら読了しないまでも)「本」そのものとして所有することは、内容とは別に手触り感を慈しんだり弄んだり匂いを嗅いだりしてフェティッシュに喜べることも多くあるだろう。(21世紀末のテクノロジーや未来人の感覚の問題でもあるだろうが)マチエール・テクスチャー・表面の触覚をモニターなどにとって替られないうちは、「本」という紙の束はまだ急激に駆逐されたりしないだろう。
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# by aura-21 | 2001-01-28 23:29 | 雑感
2001年 01月 27日

駒井哲郎 若き日の手紙

昨日図書館から借りてきた「駒井哲郎 若き日の手紙」(美術出版社刊)を読む。1950年と1951年の日記と書簡。なんていい文章なんだろう。この本は持っていたい…買おうと思う。
駒井哲郎は銅版画家。私も大学の版画室に入りたての頃に最初に先輩から薦められた銅版画に関する本がこの駒井哲郎著「銅版画のマチエール」だった。しばらくして東京都美術館での駒井哲郎版画展で実際の作品をみて晩年の展示作品に行くにしたがって胸に込み上げてくる詰まった何か…痛々しさのような、簡単な感動ではなく…に襲われて眼玉が滲んだ経験がある。情動的にそんな経験をしたのは後にも先にもこの時だけだ。日記や書簡という生なかたちの文章にであって、また心が揺さぶられている。同時にこの自分の書き込む日記のすました鼻持ちのならないふがいなさにも別な動揺を感じている。
比べても申し訳ないけど…



発見に近い。時間ばかりかけて進まない絵は当初から頭の中とか気持ちの奥にプランがあってそれに沿って描き始めた、とは言いがたい。目的もなく歩いている道でもそのうち「ハッ」と感動するところへ出くわすんじゃないか…くらいの気分で毎日キャンバスの前に居たように思う。(少し反省…)
…でも…今日、片鱗だが何かに出くわすことができたような…嬉しい気分でいる。明日もそこから続きを描けるといいが…明日には消えてしまっていることの方は多い。
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# by aura-21 | 2001-01-27 23:26 | 版画
2001年 01月 26日

駅前図書館

JR青森駅前再開発で建設された複合ビル「アウガ」がオープン。予想通りの初日のにぎわい。青森人は物見高い。7階8階に青森市民図書館が移設されたのを機会に利用者登録をするために行く。新しいきれいな図書空間だ。昨年まで市内松原町に棟方志功記念館と並んであった時には駐車スペースも用意されてのんびりとした空間だった。新たに「アウガ」へ移ることに対する反対運動もあったと聞く。図書館は多くの人に利用されればそれにこしたことはない。今日1回立ち寄っただけでは判らないが、階下の商業施設からのお客が流れてくることは利用率拡大に繋がるかもしれないが図書館内での携帯の話声や商業施設内と同じような音量で話し込むおばさん集団は日頃から図書館を利用する時のマナーや慣習には疎いのかもしれない。一部の人だけの図書館ではないからこそ、その施設にそったマナーの体得は絶対に必要なことと思う。これは青森ではまだまだ一般的ではない今後出来る美術館や美術施設に関してもいえることだろう。公共施設での「マナー」は共に時間のかかること、時間が解決すること。
「アウガ」の図書館利用時の駐車場料金についてたまたまカウンターで対応した高校の同級生の話では「前もって図書館利用を目的の人は届けると3時間まで無料」だそうだ。大きな本を幾つも借りて車まで持っていくのはちょっと大変だし駐車時間を気にしながらの読書も落ち着かないかな。課題は皆無じゃないと思う。人がまばらなのんびり空間のほうが贅沢で良いもん。変に活気のある図書館や美術館というのも…なんだかな〜
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# by aura-21 | 2001-01-26 23:25
2001年 01月 25日

眼にくる

パソコンの脇に置いてある眼薬をさしてシミル刺激でまたブラウン管と差し向い。

掲示板の設置をすこし考える。カウンターは毎日数人のアクセスで廻転しているが数字じゃ顔が判らない。まぁ、掲示板でも判ることは少ないかな。いろんなこと書かれるとしんどい。面と向かって言われる方がいいな。活字の強さだと弱いかも。結構わたしゃ〜傷付き易いガラスのようなハート…なのよ〜と、書いても誰も信じないと思うけど…(正解)。



ハイテク化していくなか、チープなテクノロジーがいい味だしてる。ロシアのカメラ「ロモ」を使っている友人が今度はバンダイの旧タイプ「デジカメ」からの映像を使ってコンピュータ・アニメーションに利用している。画素の高いものよりも暖かい感じがでやすいし「怪しさ」が増す。探すと値段も安く手に入るようです。
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# by aura-21 | 2001-01-25 23:24 | パソコン
2001年 01月 24日

やってしまった

やっぱりやってしまった!
Outlook Express 5を入れたがまだ調子悪い〜おまけに2種類ほど購入したアップグレード用ソフトと翻訳ソフトをインストール。昨日の日記はソフトのインストールをあまりしたくないっていう内容だッたのに。
マニュアルを1度や2度読んだくらいじゃ〜何が書いてあるんだかぜんぜん理解不能。どこで間違えたんだ〜。設定も随分昔にやったまんまで使っているから「やり方」忘れてる。バージョンアップ毎に乗り換えなくてもいいようなもんだけれど、こ〜ゆ〜ソフトは機能優先だし改良タイプに主流が移って乗り遅れたくない…というのが本心かもな。メーラーでもなんでも使い勝手の慣れた頃に全部入れ替える気もないですが、いつまでも同じゃ錆つく脳に刺激で喝を…って自分でちょっと理由付けしてる。言い回しクドイな…いつもだけど。


最近2冊も昔に買って読んだことある同じ本を買っていた。家の何処かにあるだろうけど、「なんかこれ読んだことあるな〜デジャブーか〜?」…と思い出す。こんなこと初めてだよ。だんだん年齢とともに未体験ゾーンに突入だ〜。すっかり忘れてぶっ飛んでしまえば老後はパラダイスかもね。
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# by aura-21 | 2001-01-24 23:22 | パソコン
2001年 01月 23日

叫ぶ?

パソコンを大活用させているわけでもないので、今でも購入時からのままバージョンの古いOEやIEやNetscapeを問題なく使っている。パソコン雑誌の付録CD-ROMにはフリーウェアで新バージョンのものが続々掲載されていて、使い勝手の慣れたものから乗り換えるのに「どうしようか?」と戸惑ってしまう。詳しい設定方法など間違えて問題を大きくしてしまいそうだし…。1度どこをどうやったのか、アイコンパレード以前に止まる「立ち上がれない」状態のトラブルに陥ったことがある。それが恐くて必要以上のものをインストールしないよう(インストールという作業自体必要最低限にしよう…と)考えてしまうのだった。
実際によく使うのはHP管理とEメールとちょっとした画像の印刷くらいだしな〜、いかんな〜もっと勉強せにゃ〜


今朝も雪、積もってました。我家の前の積雪は40cm位かな。


「心の叫び」…という月並な言い回しで主に若い人の「表現」を指していう場合がいまだにされるが、生な「叫び」を聞きたい心境にはなかなかならない。ちゃんとセルフコントロールされたものでないと気恥ずかしい気分になってしまう…申し訳ないが…。通過儀礼のように「心の叫び」は若い時に誰にもあることだと思っている。それが「叫び」である以上はまだこちら側に新鮮に響くよりも前に同情したくなるニュアンスのほうが大きい。病んだ心の叫びというのもあろうかと思う。私自身も病んでいる類の人間である(?)と思っているから「病む」ことのある種の必要性には抵抗なく同感だが、心の叫びを外部に漏らす前にもっと「病み」を深く潜行させて熟成し自分のものにして欲しい…という感覚がどこかにある。
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# by aura-21 | 2001-01-23 13:24 | ART