2001年 01月 19日

お年玉

随分いただいた年賀状、200枚以上はあるだろうか。お年玉付きの番号を調べたが1枚も当たっていませんでした。枚数が多ければ確率は高くなりそうだけど そうでもないな〜。昔、東京に引っ越したその年にもらった年賀状は16枚くらいだったが、2等の折りたたみ自転車が当たったことがある。本当に枚数は関係ないな… まぁ、その自転車も半年くらいで盗難にあいましたがね。
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# by aura-21 | 2001-01-19 13:20
2001年 01月 18日

寒波

今朝も恐ろしいほど雪降り積もってる。
今年の寒波は半端じゃ〜ないね。年齢のせいか昨年は感じなかった体の感覚に「手先の冷たさ」が加わった。すごく手の指が…特に右手指が冷た〜くなっいるんだよ〜。祖父がそうだった…と母。隔世遺伝? 悪い遺伝情報がおもてに顔を出し始めたようだ。いつまでも若くはない、若い(幼い)のは精神年齢だけです、はい。

絵描きかけて今日も終る。本当にぼんやり見ているだけの時間ばかり過ぎるな〜。1日が短い…。
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# by aura-21 | 2001-01-18 01:34
2001年 01月 17日

屋根の雪片付け。春までのシシフォス…


描きかけの絵はいろんな絵に似て見えてしまう。まだ全ての亜流のようで収斂のない状態だ。その中からかき分けるようにして何かを見つけていかなければならない。決める作業。ひとつひとつを消し潰していく作業。その他の多くを振り切って突き抜けるエネルギーを必要とする作業。
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# by aura-21 | 2001-01-17 01:34 | ART
2001年 01月 16日

東京でのバイト

東京にいた頃にバイトでお世話になった会社の人が仕事で青森に来た。
時間があれば会いたいですね…と、午後から例年になく積もった雪の中を私の軽貨物自家用車でドライブ? 自分の時々行く喫茶店とかラーメン屋をつれ廻して盛り上がりに欠けて失礼したかも。6年ぶりだろうか。東京での個展などではすれ違いながら画廊を訪れていただいてもいた。年賀状などもそうだが、在京中に出会った方々が今も音信不通にならず機会があるとこうして出会えることを感謝している。近日、仕事の関係でまた来青する…とか。その時にはもうすこし洒落た??ところを〜
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# by aura-21 | 2001-01-16 01:32 | 想い出
2001年 01月 15日

Web

このHPを見てくれている人の9割近くはWindows利用者のようだ。自分の周囲ではMacが多い…が、この「周囲」というのがもともと少数派だったようだ。パソコンショップのソフトの棚はWin対応ソフトばかりで買えるものがない。Mac機種のデモンストレーション展示スペースは大きくとっていたが最近になって対応ソフトの専用棚がやっと用意された近所の店がある。ハードとソフトは両輪のはずだが。インターネットで買うのはまだ不慣れだし、安く充実してくれるともっと助かるが。



今夜も静かだ…雪、降ってる。明日は積もってるな…
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# by aura-21 | 2001-01-15 01:31 | パソコン
2001年 01月 14日

反問

「言ったことに間違いはないのか…?」上目使いに静かに反問する。そうかもしれない。返答出来ない。思ったことさえ真実とは言い切れないことばかり。言葉にできないことを絵にしているのだろうか? 絵にしか出来ないことを絵でやってみた…では「絵という世界は言葉に置き換えられない」と諦めて閉じ込めてしまっているだけ。多分絵を描く者は言葉をいつもそばに置いておきたい。絵の詩情的にも論理的にも。でも、言葉で捕らえきれないもどかしさを実感できなければ絵を描き続けてはいけない。



白さの中に埋まっている毎日だ。雪道をつける。道のないところに道をつける。後からきた人たちはその道を通る。途切れなく通る人々がいるわけでもなく、雪が踏み堅められるより速くまた空から降る雪が道を白く被い尽くす。その度に道をまた作り直す。誰かが作っておかないと通れない道がある。除雪労働をさぼると消えてしまう道がある。
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# by aura-21 | 2001-01-14 01:29 | 雑感
2001年 01月 13日

結婚記念日

版画1日体験希望の方から風邪で来られない連絡。寝たのが遅くもう少し寝ていたかったので申し訳ないが助かる。


アサヒの環境文化推進部から「たくみなたくらみ-福田美蘭と墨田の伝統工芸職人による-」の図録が送付されてきた。昨年3月のアサヒビール主催の同美術展の図録が発行されたとのこと。1999年の10月に青森市で行なわれた「トヨタ・アートマネジメント講座」でアサヒビールの加藤種男さんと名刺交換していただいてからアサヒの文化メセナ活動のリーフレットやパンフを送っていただいている。興味深く眼を通しています。


今日、両親の結婚記念日だということを夜になって母が思い出す。父が亡くなって昨年13回忌。八百万神から仏までご利益のありそうなものなら何でも拝みそうな母は「結婚式の日は13日の金曜日だった」と笑っていう。「だから俺みたいな親不孝息子が出来るんじゃないの?」アイスクリームが食べたいというので夕食後にあいてるスーパーに行こうと雪の下になってた車を掘り起し走らせる。

ついでに久しぶりにレンタルビデオ。「TATARI」という いかにも…なWARNER BROS.社のモダンホラー。タイトルバックの映像が英国のブラザーズ・クエイ「ストリート・オブ・クロコダイル」を彷佛とさせる。この種の「映像」は恐怖の本体がどう表現されているのか決めてだが。それまでの恐ろしそうな地下室や元精神病受刑者を生体実験した朽ちた機具やひとりひとり見えないものに殺されていく血みどろさはかなり月並に映像表現としてやり尽くされている気がするがドキドキを煽る。だが最後に現れる本体がCGだったり西欧の悪魔型造形で終っているのががっかりなのだ。怖さを実体化(見える形のモンスター)にした段階でオカルトが冒険活劇に切り替わる。恐怖が恐怖する受け手側の想像/空想力によりかかるのだから空想力のみを刺激するような「気配(けはい)」の表現だけでは終れないのだろうか(「ケハイ」なんて映像化とは逆向きか)…と物足りなく思う。(館に人が集まる前の遊園地の方のエピソードの方がおもしろかった)
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# by aura-21 | 2001-01-13 01:24