AURA版画工房 日誌部 「むげたほげ」

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2001年 01月 16日

東京でのバイト

東京にいた頃にバイトでお世話になった会社の人が仕事で青森に来た。
時間があれば会いたいですね…と、午後から例年になく積もった雪の中を私の軽貨物自家用車でドライブ? 自分の時々行く喫茶店とかラーメン屋をつれ廻して盛り上がりに欠けて失礼したかも。6年ぶりだろうか。東京での個展などではすれ違いながら画廊を訪れていただいてもいた。年賀状などもそうだが、在京中に出会った方々が今も音信不通にならず機会があるとこうして出会えることを感謝している。近日、仕事の関係でまた来青する…とか。その時にはもうすこし洒落た??ところを〜
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# by aura-21 | 2001-01-16 01:32 | 想い出
2001年 01月 15日

Web

このHPを見てくれている人の9割近くはWindows利用者のようだ。自分の周囲ではMacが多い…が、この「周囲」というのがもともと少数派だったようだ。パソコンショップのソフトの棚はWin対応ソフトばかりで買えるものがない。Mac機種のデモンストレーション展示スペースは大きくとっていたが最近になって対応ソフトの専用棚がやっと用意された近所の店がある。ハードとソフトは両輪のはずだが。インターネットで買うのはまだ不慣れだし、安く充実してくれるともっと助かるが。



今夜も静かだ…雪、降ってる。明日は積もってるな…
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# by aura-21 | 2001-01-15 01:31 | パソコン
2001年 01月 14日

反問

「言ったことに間違いはないのか…?」上目使いに静かに反問する。そうかもしれない。返答出来ない。思ったことさえ真実とは言い切れないことばかり。言葉にできないことを絵にしているのだろうか? 絵にしか出来ないことを絵でやってみた…では「絵という世界は言葉に置き換えられない」と諦めて閉じ込めてしまっているだけ。多分絵を描く者は言葉をいつもそばに置いておきたい。絵の詩情的にも論理的にも。でも、言葉で捕らえきれないもどかしさを実感できなければ絵を描き続けてはいけない。



白さの中に埋まっている毎日だ。雪道をつける。道のないところに道をつける。後からきた人たちはその道を通る。途切れなく通る人々がいるわけでもなく、雪が踏み堅められるより速くまた空から降る雪が道を白く被い尽くす。その度に道をまた作り直す。誰かが作っておかないと通れない道がある。除雪労働をさぼると消えてしまう道がある。
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# by aura-21 | 2001-01-14 01:29 | 雑感
2001年 01月 13日

結婚記念日

版画1日体験希望の方から風邪で来られない連絡。寝たのが遅くもう少し寝ていたかったので申し訳ないが助かる。


アサヒの環境文化推進部から「たくみなたくらみ-福田美蘭と墨田の伝統工芸職人による-」の図録が送付されてきた。昨年3月のアサヒビール主催の同美術展の図録が発行されたとのこと。1999年の10月に青森市で行なわれた「トヨタ・アートマネジメント講座」でアサヒビールの加藤種男さんと名刺交換していただいてからアサヒの文化メセナ活動のリーフレットやパンフを送っていただいている。興味深く眼を通しています。


今日、両親の結婚記念日だということを夜になって母が思い出す。父が亡くなって昨年13回忌。八百万神から仏までご利益のありそうなものなら何でも拝みそうな母は「結婚式の日は13日の金曜日だった」と笑っていう。「だから俺みたいな親不孝息子が出来るんじゃないの?」アイスクリームが食べたいというので夕食後にあいてるスーパーに行こうと雪の下になってた車を掘り起し走らせる。

ついでに久しぶりにレンタルビデオ。「TATARI」という いかにも…なWARNER BROS.社のモダンホラー。タイトルバックの映像が英国のブラザーズ・クエイ「ストリート・オブ・クロコダイル」を彷佛とさせる。この種の「映像」は恐怖の本体がどう表現されているのか決めてだが。それまでの恐ろしそうな地下室や元精神病受刑者を生体実験した朽ちた機具やひとりひとり見えないものに殺されていく血みどろさはかなり月並に映像表現としてやり尽くされている気がするがドキドキを煽る。だが最後に現れる本体がCGだったり西欧の悪魔型造形で終っているのががっかりなのだ。怖さを実体化(見える形のモンスター)にした段階でオカルトが冒険活劇に切り替わる。恐怖が恐怖する受け手側の想像/空想力によりかかるのだから空想力のみを刺激するような「気配(けはい)」の表現だけでは終れないのだろうか(「ケハイ」なんて映像化とは逆向きか)…と物足りなく思う。(館に人が集まる前の遊園地の方のエピソードの方がおもしろかった)
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# by aura-21 | 2001-01-13 01:24
2001年 01月 12日

吹雪き 新年会

朝から吹雪き。今日の予想最高気温は-7度、予想最低気温も-7度。1日中が冷凍庫の中。



考えていたけれど忘れた…ということがいっぱいある。寝床での半分覚醒状態が一番いろいろ考え付くみたいだ。ノーコントロールに考えている時は判断力も鈍っているからクダラナイことも「かなりすごいこと」と思いがち…大したことない。あ〜がっかり。
具象的な絵の前で「描きたいものを描ける力は羨ましいけど、描きたいものも解らず描ける力ばかりに振り回されるのは悲しいことですね…」とぼんやり興味なく見ている。このところ内田百間(本当は門構えの中は月なのですが、この字がでない…)の小説ばかり読んでいるせいもあるのだろうか…。



画家 野坂徹夫邸で新年会。
ビデオを見たりおいしいワインを頂いたりで朝4時ころまで。既に13日の早朝、外は雪が随分降り積もっていた。一緒の方角の友人に同乗。除雪のブルが走り回っている街路を帰宅。自分の家の前の車もすっかり雪に埋まっていた。
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# by aura-21 | 2001-01-12 01:23
2001年 01月 11日

街にて

青森市で日教組の大会があるようだ。車でスーパーへ買物。会場の青森市民文化会館周辺は機動隊の検問が物々しい。集まってきた「打倒日教組」のライト・ウイング?な方々の大型車(こちらも機動隊車のようだ)が大音量で機動隊員と反目。シュプレヒコールは強面な声だったが機動隊相手にスピーカーから聞こえる話し方は、実演販売の人のような流暢さ。車に乗ってそばを通っただけで内容はじっくりと聞こえてこなかったけど。



恐ろしい犯罪が毎日報道される。ワイドショーをたま〜に見るとその容疑者の身辺をレポーターが調べて報告している。被害者にとっては憎むべき犯罪者だが、身辺調査の聞き込みが全て「アイツならやりかねない」というものだけとも限らない。「良いやつだ」とか「そんなことをするようには見えなかった」という評判も多々ある。「そんなことしそうにない奴」が何故か「屈折した犯罪」をしちゃうのが問題点なんだ。ワイドショーは義憤に駆られた視聴者のために、容疑者の「隠しもった凶悪さは今まで犯罪をしないでいた事の方が不思議だった…」かのように人物像を先に決めつけてその裏付けネタを捜しまわっている?印象を与える。現実は勧善懲悪の時代劇みたいに善人と悪人が見た目で判るようにはできてない。フィクションとノンフィクションの違いをちゃんと判って見てないと、容疑者を有無を言わさず一刀両断に排除する独善的な力を望みかねない。…そっち方がヤバくない?
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# by aura-21 | 2001-01-11 01:19 | 雑感
2001年 01月 10日

自分

たとえ応援者が誰一人いなくても最後まで自分のことを信じられる力。誰も良いと言ってくれなくても信じて何処までも付合ってあげられるのは自分だけかもしれない。間違ったことをやみくもに信じてもバカなだけだろう。バカのまま自滅することも当事者の自由といえる。
「他人が信用してくれない言葉を、人はやがて自分でも信用しなくなる、僕はそちらの方が恐ろしい…」とある人は言った。まず最初に要求されるのは「自分を信じる力」だろう。
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# by aura-21 | 2001-01-10 01:18 | 雑感