人気ブログランキング | 話題のタグを見る

AURA版画工房 日誌部 「むげたほげ」

aura21.exblog.jp
ブログトップ
2002年 02月 05日

教室 デネガにて

午後から銅版画教室。


弘前デネガにて6時半開演の建築家 青木 淳氏の「美術館について」のレクチャーにぎりぎり到着。自ら手掛けた建築や青森県立美術館の図面・マケットをスライドで見せながらの解説。
水戸芸術館(磯崎 新)と青森県立美術館(青木 淳)の簡単な比較で美術館に関する時代的な考え方の変化を解説。美術館・劇場・コンサートホール・タワーと複合的建築の水戸芸術館は当時ではあまりなかった天井からの外光を取り入れたホワイト・キューブのある空間。青木氏は「これからの美術館」に関わる何かをこの青森でも付与したい考え。そこで「遊園地」と「原っぱ」…という比喩。シナリオが既存する遊園地的空間はそこで行われる内容や出来事が受動的になりがちではないか…という視点。むしろ能動的にそのつど変化/変ぼうを内包する「原っぱ」的空間を提示したい考え。目的…この場合は美術作品展示だが現代美術の表現手段の多様化・多次元化…に対する空間の質的深さ(あるいは包容力?)は「未来」を暗示させられる。実際の収蔵作品にも規定される部分はあるのだが、突き進んでほしい。
質疑応答の中で「偶然的」「必然的」の話…つまりは作意の排除ということか。「トレンチ(発掘時の壕)」と「噛み合わせの悪い歯」が最初のアイデアの出発点であった氏の建築。その場を新たに作るわけだが、原っぱと子供の気持ちの出会い方を演出してしまう…それはやはり筋書きのある遊園地と違わないのではないのか…という疑問も確かにある。また「原っぱ」を望んだ子供達世代は現在の30〜40才以上の世代ではないのか…未来を含んだ建築では「原っぱ」でも「遊園地」でもない第3の何かが入ってこないと提示にならないのではないのか…
(まぁこんな言い回しを始めるとキリがないか……)
堀江佐吉の手による洋風黎明期の建築や前川國男設計の建築が現在も残るこの弘前市で聴く建築の話には、街にも市民の心にもちゃんと準備の整った状況があったことが素敵に感じた。そしてレクチャーの会場「スペース・デネガ」の場も…(青木氏のリクエストで会場がこの場所になったそうだ)
建築家はクライアント(施主)の要望を違った形でデザインし提示する仕事。個人住宅と違い公的建築では10数種類の意見を取りまとめて出さなければならない点も建築家の力だろう。大枠の決まった「県立美術館」だが実際の完成でその中のどの意見が活かされるのか、期待している。


青森・弘前間はこの時期珍しく路面に雪もなく快適に往復してきた。

by aura-21 | 2002-02-05 01:02 | ART


<< アートは必要か?      カダケス図録 >>