AURA版画工房 日誌部 「むげたほげ」

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2007年 06月 02日 ( 1 )


2007年 06月 02日

村上善男展

今日も快晴。眩しすぎる…

青森県立美術館にて「村上善男の軌跡」を観る。展覧会は5月19日から始まっていたがやっと会場に行けた。(6月24日まで開催中)
東北の地を住処として仕事をしてきた村上さんとは盛岡、青森でお目にかかる機会があった。弘前の田中屋画廊では地元有志の尽力で亡くなってからも何度か個展形式での作品展を観る事ができたが、こうした規模の回顧展は萬鐵五郎記念美術館/東和町土沢(現 花巻市)での巡回展(2005年)で見て以来だ。年代的に順を追っての展示はいま振り返るとその時代の空気の中で先端を生きることに自らを課している「律する姿勢」が垣間見る。
「1950〜60年代:絵画の構成、情緒を排す」…ミクストメディアと注射針のアッサンブラージュ。今見るとその技法的にも現代では一般化したところであり、「情緒を排す」とはいえその作品は十分に情緒的(むしろ現代の情緒が全面に漂っているもの)となっている。しかし当時のテーマの置きどころは村上さんらしく、排除した事象を手がかりに次の一石に取組んでいる様子が作品から窺える。

私の好みだが、1980年代からの作品に惹かれる。弘前へ移り住んでからのもの。背景となった津軽という地を作品の背景として素材としてふんだんにしかし理知的に制御して「自分」というフィルターを介し作品化している。津軽性や東北性というものが何かは私には判らないが、なにかそれまで見えなかったものに輪郭や色彩を施す作業をされていた…と思う。(もちろん、作家側こそが風景や風土や地霊から受け取り被る影響こそ大きいのだが、それもそうしたものへの触覚に鋭敏でなければ気付かず通り過ぎるものだと思う)
和紙の記録(大福帳)をほどいて裏向きに貼り込まれた画面には星座のようにも見える「釘打ち」を模した点。その画面に重ねられている幾つかのレイヤーの中に一瞬村上さんの後姿が過る。それは戦闘的で恐い後姿であったかもしれない。弘前時代から知る村上さんにはそんな面影はもちろんない。しかし制作する態度ではそうあらねばならない…と、その背中は語っていそうだ。



橋本屋で昼食にラーメン。ミスタードーナツ。
今日は食い過ぎ…。



手の中に離婚届の書類、、、サインして押印。
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by aura-21 | 2007-06-02 22:25