AURA版画工房 日誌部 「むげたほげ」

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2007年 06月 19日

神社式典 遊びの経路

晴れ。午前中は昨日の寺に続き今日は神社。私は送り迎えの足。八甲田神社の例大祭。母と伯母はフォーマルな服そうで参加。
信心もなかなか大変です。
11時半に迎えにまたゆく。まだ参集者の直らい(神事の後の会食会のようなもの)は拝殿で行われているようだ。
母達は毎回、式典が終わればそちらに参加しないで折詰だけをもらって帰宅する。



国際芸術センター青森「遊びの経路」
久しぶりのACAC。四組のレジデンス・アーティストの展示は屋外にも広く延びだしている。

ギャラリーBではアイガルス・ビクシェさんのラボ的な展示。双方向で2つの文化…日本の青森とラトビア。その差を際立たせるのか均一化(グローバル)するのか…結果はこの先の未来にハッキリする。ここに並ぶ「2つの文化」のうち片方は日本なのか青森なのか…。外国の作家にはどう映るのだろう…日本の中の青森、あるいは大枠で日本文化か。それはラトビアの画像をかいま見せられるこちら側にもいささかクエッション付で提示される。文化は見えにくい。けど重要なキーワードとしてけっこうみなさんよく使う。自身の中に文化が見えていないと外国の文化だって見えにくい…とよく言われる。それも本当か? 安易に入手出来て値段も手頃で納得し満足し便利であればその出所もそんなにめくじらたてない…そういう人です、私は。
不在のラボ…博物館のような模型の展示…には「文化」だけが取り残されてある、のか。文明的な配置だけなのか。ひっそり。(この時間に市内の小学生が集まって創作棟でワークショップ中、作家はそちらへ出向いていたのです)

パラモデル(2人のユニット)は既にセンターに近づくと見えている青いゲージ(模型線路)。ところどころ破れたWebのように連続・断続・継続している。それは水上に広がり、木の階段を這い上がり手の平の神経か血管の一部のように平面を拡げている。眼を近付けると青いプラスティックのゲージだが離れて俯瞰すると都内線路図のようでもある。大きな水上の路線図。走っている列車はない。「遊ぶ」がキーワードである今展で玩具を素材にしたパラモデルの活動を初めて見る。その「散らかした跡」を辿るように愛でるように親心のように作品を見る。
ギャラリーAではまだ進行形で制作途中のようだ。何回か来てその変化を目撃するべきなのだろうか。興味が湧けば…はい。

小山田 徹さんは壁の棚にたくさんの収集品を並べ、その実測図も展示している。10台の棚の他にその実測図の描きかけのデスクもある。毎日来て少しづつ黙々とその実測作業を続けているような…ここも不在性と作業(者)の痕跡がある。巨大な博物館の中の作業途中をみているようで少年には幻想的です。なんの変哲もない小石は少年にとっては宝ものなのです。勿論この棚に置かれた収集品の数々はもう幻想を誘う位に謎を秘めた形なのです。単なる石ではありません。
少年時代、友人の家に遊びに行ってこっそり見せられた友人の宝物はこうした謎のオブジェでした。どうやって集めたのか、その分量と種類の多さに、普段同じ教室でつまらなそうにしていた友人の悔しいほどうらやましい姿を知ってしまった時のような、そんな品々の置かれた棚は少年が成長して学者になったかのような進行形の未来でした。

カミーユ・グ−ジョンさんはねぶたを連想させる造形と陸奥湾を中心にした鳥瞰図とドキュメント映像の三つで架空の神話的な幻獣の気配を作っています。ねぶたと同じ手順で作られていますがその紙には青森の地図が印刷されています。骨組みのグリッド毎に切り取った地図とマッピングの点が示されています。この青森で歩いた場所、発見した場所、行ってみたい場所、誰かに教えてもらった場所なのでしょうか。造形を作る時にもっと自身の神経を注ぎ込みたい時やモチベーションを固定したい時には意識して個人的でさえあることを描き込みます。ねぶたはドラゴンのような形にも見えましたが、果たして動物なのか。どちらでも。
青森の地図には住むものには判っているモニュメンタルな建造物や、住民には「知らない」架空の建造物や、森が生きていたり波が手のようになびいていたり、遠くに山よりも大きく電気の鉄塔が並ぶ巨人のようだったりします。自由に自由にまさに子供のように描いた「青森の鳥瞰図」です。
余談ですが眼を近付けるとこの国際芸術センター青森(ACAC)が「Aomori Crazy Artist Clinic」と表記されていて、クスッとさせられました。
奥の部屋では「幻の水獣アオモリ」を森の奥に追った贋ドキュメント映像。作家はこの日本の青森に来て、子供の心でしか探せない怪獣を解き放つことに挑戦したようです。木立の隙間にあの幻の雪男の映像のようにちらりちらり垣間見れます。大人にはかなり安い怪獣にしか映らないかもしれませんが、ドキュメントのナレーションは気分を盛り上げます。ドキュメントと映像美の両立は得てして難しいものです。

作品を見ての意見のようなものを毎度この日誌に書いているわけもない。批評でもないし。個人的な感想であり妄想であり作品からフッと触発され浮かんだ言葉の積み重ねであって、つまりは最終的に作品そのものからもどんどんかけ離れた言葉の残骸の盛没を希望している。自分自身の中のナニモノかへの確認とその手がかり・切っ掛け・幻の発見報告のように書き記しているにすぎない。誰のためでも誰のものでもない。目の前の作品からすら解放された言葉の連なりは、決して作品に回帰しないで空中に虚しく消失する…そんな感じのものである。消失ばかりをすこし残念に思うこととそう思った自分の備忘録な役目からこうして記録する衝動に従っている。作品論では勿論なく、「作品」と見ている自分との交点にわいてくる澱のようなものを主体的に書きたい…と思っている。書けているかもワカラナイが。



歯科医院へ。カルテを見たら四年ぶり。処置が終わって行かなくなったのではなく、急に通院しなくなった。
どの面提げて来たのか。レントゲンも撮りなおし。
歯科技工士さん、マスク美人が多い。マスクを取った顔を見たいような見ないでおきたいような。
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by aura-21 | 2007-06-19 23:21 | ART
2007年 06月 18日

砂 スピード違反

快晴。眩しい。

午前中に母は檀家の寺である「お砂踏み」(四国八十八ケ所巡りをした寺から持ち帰った当地の砂を踏むことで巡礼したような効果を期待するようなものか?)で御朱印を自分の白い服…笈摺(おいずり)というらしい…に押してもらうイベントに向う。送ってゆく。
しかし肝心の笈摺を風呂敷にいれたまま車の中に忘れていた。後から気付いた母は連絡したようだがそういう時に限って携帯を不携帯。寄り道して帰宅すると家電がなる。
「もう時間が過ぎたから参加しないでバスで帰ります」とあまりご立腹でもなさそう。

平内の「ほたて広場」で大きめのホタテを六枚買う。夕食はホタテの刺身。

やっちゃいました、スピード違反。
いつものように「仙寿・鶴亀温泉」へ向う道沿い、県社教センター横のバイパスを西に向って交差点を越えイイ調子で加速…アッと思ったら「脇道へ寄れ」の合図…どうりで周囲の車の制限速度走行なこと。

速度計測器から打出されたレシートみたいな紙には77km/hの印字。
「法定速度60km/hのところを17km/h超過ですね」

なんだかなぁ…。

この「なんだかなぁ…」って、自戒的な嘆息です。でもこういう時って「不平口調」になっちゃうものですね。ついつい「早くしてくれますか」とチケットを切る作業を急かせたり「速度オーバーってどの時点で言うんですか? 何mをオーバーで走ればなるの?」とか、八つ当たりだとは知ってても口をついて出ちゃう。

3人1組(離れたところでもう1人が速度計についている)の青森警察署員。脇道に誘導して免許を受け取る若い警官、もう少し年輩の方が違反キップにサインと指紋をつかせる…。
ニタニタではないが終始笑顔系で相手する彼等。こちら側に対して気の毒そうでもある。

「昔は何十mの区間を速度違反で走ったかでスピード違反かどうかを規定してたんだけどもねぇ、今はスピード測定の機械の前を何キロ速度違反で通過したかの一瞬で決まるんだよね」という。問うても為ん方ないが「じゃ、その前後で速度オーバーだしてても計器の前を通過する時に法定速度以内だったら違反じゃないんですね」とか言っちゃう自分…が、情けないけども。
あの違反摘発直後ってなんだか平常心ではいられないものです…嗚呼。

しっかり減点1点と国庫への¥12,000 の納付書を渡されシオシオ…

「速度違反って犯罪ですか?」…とまたバカな事を口走る。
「事故とか人命に関らない以上は犯罪ではないから…」と年長の警察官。まぁ、法的にそれが本当かどうかは言い回しの問題だろうし、この田んぼの横の道端で犯罪論・法律論でもない。だからどっちでもいいのだが「あなたが犯罪者だとは言ってないよ」というこの警官の優しさ?か…まぁ12,000円は悔しいが、気をつける事にします。
でも何に気をつけるのか…ネズミ捕りに捕まらないように「うまく気をつける」のか、どんな時も法定速度内での運転を心掛けるように「気をつける」のか…、多分、前者。

自分がいつ・なんどき・ふいに悪の側にいる人になってしまうのか…ちょっとゾッとしたわけです。善人ってなかなか不自由で堅苦しいし、ちょっと気をゆるすとそんな脆い善人の色分けなんてすぐに反転しちゃうんだなぁ…それまでどんなに正義の顔をしててもさぁ…とか、温泉の湯に浸って思い返す訳です。

帰って飲みます…。

スピード違反で捕まったのは寺でのお砂に行かなかったからかしら…と母。
そういう信心は…どうなのかねぇ。
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by aura-21 | 2007-06-18 23:20
2007年 06月 17日

外食

昼・夕の食事が共に外食。
昼飯を急に外で食べることになる。佃の開店寿司「函太郎」へ。日曜の昼、しかも「父の日」でファミリーが目立つ店内は待つ客も多い。15分ほど待機。
大体いつもの品目皿を手に取る。生タラバから。最後は大トロでしめる。が、私はエンガワが好き。

17時半でもまだ陽射しが高い。が、久しぶりに焼肉かな。でも居酒屋風味で「牛角」。車なのでアルコールは飲めず、ウーロン茶、お茶、お茶、水…と、お腹がちゃぽちゃぽしだした。久しぶりの外で食う肉というのも美味しいが、そんなに食えなくなった。魚の方がいいかな。

電器店のマッサージチェア体験コーナー。普段は恥ずかしくて座らないが、今日はちょっと身体をあずけてみた。15分の設定コース。空気の圧力で脚を締めつけてくるのが気持ちいい。目の前には大型液晶モニターが何やら環境映像のようなものを映し出している。こういうのが自宅にあると「贅沢」といか「癒し」とかいうのか。モニターとマッサージチェアだけでなく部屋とか家から準備しないとできない「贅沢さ」だ。



数日、なるべくパソコンを開かないで過ごす。
その方が体調的にはいいみたい。
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by aura-21 | 2007-06-17 23:25
2007年 06月 16日

温泉は遠い

…今週は近場の温泉にでも連泊しようかと思っていたがなかなか腰が重く逸した。来週に延期。
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by aura-21 | 2007-06-16 23:18
2007年 06月 15日

無題

作品そのものよりも置かれる時代や環境や状況によってその作品の意味はまったく違ってくる。作品の意味は変化したり育ったりする。育つのは生き残ったとして…ではあるが。(では復活や再生もあるのか?)
もともとアートとして産まれたものではなくてもアートになるということもあるしその逆もある。
意識で解釈の編集をすることもアートの素地なのだろう。
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by aura-21 | 2007-06-15 23:22
2007年 06月 14日

中津川さん

作家の中津川浩章さんとふとした経緯からネット上で出逢い連絡がまた繋がりました。在京時代に知り合った作家である。朝まで飲みあかしたことも懐かしい。1994年の秋に東京を離れこっちに戻ってだから、かれこれ14年以上もたつだろうか。
最近は本当にインターネットに頼り過ぎている。メールやWebサイトやSNSや…。そこから広がる関係もあるのだが、それが疎遠になる切っ掛けでもあるので、随分と伝達方法(コミュニケーションのツール)が身辺に大きく影響している。
さて、中津川さんから沢山の資料が届いた。空白の時間を埋めるように自身の作品データやされた展覧会の資料。
時間の推移とともの活動を休止して「いまどうしているんだろう」という作家の友人も多い。そんな中でこうして制作を継続し自身の表現を深化させている作家の存在は大きい。

「いまどうしているんだろう」が単にその情報を私が知らないだけ…ということはじゅうぶんにある。
これもやはりネットの弊害かもしれない。頼ることも頼り過ぎることも注意はしているのだが。(汗)
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by aura-21 | 2007-06-14 23:13 | ART
2007年 06月 13日

浮世絵 西富 たらポッキ

今日も暑い。
大間からのハガキ…ありがとう。
風景印を欲しくてちょっとオネダリ。



弘前市立博物館へ「冩楽・歌磨・北斎・広重 四大浮世絵師展」を観に行く。
弘前公園の敷地内ではアカシアの花の匂い。道中もアカシアの花の満開を車窓から見てきたが、一歩外へ出るとむせ返るような香り。

博物館の中では光量を些か落して額に入った浮世絵が並ぶ。写楽からスタート。一番見たかったのが写楽かもしれない。
大首絵。私は印刷された浮世絵版画からは図像としては知らぬ間に刷り込まれた情報がありましたが、こうして知っていたとしてもそのテクスチャーにはさすがいろいろ発見があります。「生」は違います。版画ですからその1点1点のコンディション(刷りと保存の両方で)は最高とは言えませんし、展示のためにマット付きの額装ではどうしてもその周囲がすこし切れた額装に残念な気もしました。が、それらを除けば、実物に触れ得るいい機会でした。

黒雲母の背景は微妙な黒です。和紙にモッコリとのった質感は漆のようでもあります。空刷りでの印圧の強さも線や面を和紙にシッカリクッキリと(しかも繊細に)押し付けた力技もこれらの絵に備わる強さです。ここら辺は職人の技です。すごいものです。こうしたものが一体何枚刷られたんでしょうか? 日本の版画の中でもその中心をなしていると言って過言ではありませんし、結果的に世界に通じるということはローカリティにあるということでしょうか。外国からの情報を制限されていた時代が持つ独自性で、今ではなかなか考えられません。



16時過ぎて腹が鳴る。昼食とらずに出歩いてた。
浪岡町で めん房「西富」へ。でもそこでラーメンを頼む。鳥ダシ濃厚。今度は蕎麦を試したい。
この店は昔1度だけ村上善男さんに連れてきていただいた店。懐かしく思い返す。
2人で青森から弘前まで私の車で走った時に立ち寄ったところ。

帰路には毎度の「たらポッキ温泉」、塩分の効いたサラサラ泉質。
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by aura-21 | 2007-06-13 23:11
2007年 06月 12日

モネちゃん

…モネりたい…ってン?何?


なんか そんな 感じ なんだ
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by aura-21 | 2007-06-12 22:42
2007年 06月 11日

ずれます

美術好きな人は多い。その誰もが美術との絆を大切に温めている。特別に「美術」とか「アート」という言われ方にこだわることなく絵や彫刻が好きで展覧会に行ってみたりもする。実物だけではなくそういった関係書籍を見ることが好きだったりもする。
そういう人にとって国際芸術センター青森や青森県立美術館の意味は特別大きいかもしれない。
同時にそうした場所で出逢う「美術」や「アート」が自分の考えていたものと違うことに戸惑う人もいる。なまものである美術をその歴史的な見地からも採れたてで味わってもらいたい側と、「見たい美術はそういうものじゃなく」な自らの趣味嗜好のはっきりあって受け付けない側もいる。どっちもある。

最近ではアートボランティアやアートサポートという人々も増えて、それを組織的に牛耳る感もある。
ほんの10年前にはそうした施設も組織もこの街にはまだなかった。現在では美術系の専門的な学校も未だ不十分なこの青森に、作家的な活動をしている人のネットワークよりも先に作家を支えるサポート運動のほうがむしろ目立って活動している。頼もしいがサポートされる作家がどうしても(現代美術系に)偏る傾向は否めないし、サポートそのものが「アート活動」とも受け取れなくもない。運動体として運営していく以上はそういう見られ方もあり得るのだが、作家を主体とするかサポート組織を主体とするかは共存協栄であるから、その両者のリスペクト度に任せるしかないだろう。

美術ボランティア活動を営利・非営利の関係なく取り仕切る組織とその周辺に集いだした多くの人々の動きの力強さに私などはいささかたじろぎながらも、今後の発展(新たな組織、既成の組織の統合・解体、ボランティアとは別の流れを持つ美術の活動形態の発足)の生成・推移も注目している。
明確なグループの色分けはまだないし今後の展開の先が見えない分だけ、「このままで行くのか?」。むしろまだ色見の少なさが価値観の偏りにも感じられてしまう。美術作品が少しずつ認知され周知されるように、アートの組織の活動がより一般化することも牛歩で進むことだろう。時に急激に知れ渡る場合もあるのだが、急激に知られることには注意深くなる傾向もある。情報として「知られる」というのはとにもかくにも唐突でコントロールの効かない分だけ得てして実状を捉えていないままの「虚々実々」であることが多い。実情とかけ離れ下駄を履かされているケースや、逆にどうしてもっと真価を認めてあげないのだろうかというズレを感じる思いは、傍で見ているといつもつきまとう。
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by aura-21 | 2007-06-11 22:40
2007年 06月 10日

ポロック

晴れ

市民図書館で借りてきた DVD「ポロック 2人だけのアトリエ」を見る。

監督・主演 エド・ハリス。アメリカ・モダンアートの巨人 ポロックとその彼を支えたリー・クラズナーを描く。
絵を描いている姿を役者が演じるのは微妙で、たまに画家を取り上げた映画でもあまり描く姿は挿入されないことの方が多い気がする。しかしこの「ポロック」ではエド・ハリスがポロックになりきってカメラの前で描いている姿が映画に厚みをだしているように思う。
初期のポロックの絵とあの画風でスターとなった後とでは随分と違う。あのポロックの重層する「滴る線」の絵は確かに画期的だが手にした瞬間すぐに沸点に達してそれ以上の深め方がこの映画の中では伝わりにくいように感じる。それが晩年(とはいっても40代で自動車事故死している)の彼の(ストーリーの中での)描き方にも表われているようだ。

ペギー・グッゲンハイムに依頼され描く大きな作品(壁画)。それに着手するまでの白いキャンバスに向かい考え込むポロックの姿がいい。キャンバスに映る彼の影。その影とポロックのふたつがまるで別々の人格のように行き交う一瞬を私は見えたのだが、ドッペルゲンガー、あるいは二つの相容れない精神のような。いや、一瞬だしそんなに深い意図のある映像だったのかどうか……判らないが。
「ライフ」の記者のインタビューで「どの時点で絵が完成したと?」という問いに「メイク・ラブはどの時点で完成?」とポロックが逆に聞き返すシーンがある。
実話かな? …ちょっといい感じ。
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by aura-21 | 2007-06-10 22:39